帝都への旅路
シンキとヴェラはそれぞれ馬上だが、動きの重いアルフに合わせているため、脚は遅かった。
道々語ることも無かった。気まずさも特に感じない。だが、若い隊長はついに口を開いたのであった。
「我が国は西方のマスタング王国との小競り合いの最中だ。状況は芳しくは無い」
若い隊長は低い鼻筋の下で薄い唇を動かした。
「戦争など無ければ良いものを」
アルフと馬上のヴェラは顔を見合わせた。先のヴェラを巡る一騎討ちの様子から戦好きなのだとばかり思ったからだ。
「傭兵、貴様、もし戦が無くなればどう暮らして行くのだ?」
シンキがアルフを見下ろす。
「彼女さえいればいい。安全な山奥にでも家を建てて篭るさ」
「フン、恋人がいるというのは良いものだな」
シンキはそれっきり喋らなくなった。野営の間も必要最低限のことしか口にしなかった。
ヴェラが眠り、アルフとシンキが見張りを交代しようとした時に、アルフは尋ねた。
「戦いが好きじゃないのか?」
「以前ほどはな。子供の頃は男なら誰だって騎士に憧れる。俺は兵士だが」
悪い人物でもなさそうだ。
「では、何故、兵士なんだ?」
「今も言った。憧れだ。いつか騎士へ抜擢されるのではないかという淡い夢を抱いている。何度もこの夢を捨てようと思っても捨てきれない。俺が剣を置けば、誰が民を守る」
「使命感が強いのだな」
「……朝まで見張りを頼むぞ」
シンキは地面に寝転がった。
こいつも死なせるには惜しい男だ。アルフはその背を眺めて思った。
夜は白々と明けて来る。
ヴェラが目を覚ました。
「おはよう」
「おはよう、アルフ」
そしてシンキが起き上がった。
「朝食を済ませたら行く」
シンキはそう言うと保存食のパンと干し肉を取り出して渡して来た。
「ありがとう」
ヴェラが言うと、シンキは頬を赤くし、横を向いた。
「綺麗な女性だ。大事にしろよ」
「分かっている」
アルフは応じた。
それから歩き通しだった。村に着いたのは夕刻間近であった。
「今日はここで宿を取る」
シンキが言った時だった。
「軍人さんだ!」
声が上がった。途端に村の門は開かれ、大勢の女子供が駆け寄って来た。
「軍人さん、うちの旦那はまだ戻れないんですか?」
「軍人さん、私の弟はどうして戻って来ないのですか?」
シンキの前には男達の帰りを待つことに限界を感じた女子供、そして老人が追いつき、質問を浴びせ続けた。
シンキはタジタジの様子は見せず、それに胸を張ることもなく言った。
「皆には迷惑をかけるが、必ず戻って来る。退いてくれ、宿に向かいたい」
シンキが宥めるように言うと、人々は渋々道を開けた。
シンキが歩んで行く。
「来い、二人とも」
シンキに言われ、アルフとヴェラは訝し気な視線の中を若い隊長の後に続いた。
部屋はヴェラが別でシンキはアルフを見張るために同じ部屋になった。ヴェラとの情事も久しくお預けだ。猟師小屋で何度も身体を合わせたが、それでも欲望は顔を出す。だが、隣にいるのはシンキだ。そう思うと熱い性欲も萎えていった。
翌朝、日が出た頃、一番鶏が鳴き、目を覚ました時に、アルフは外が俄かに騒がしいことに気付いた。
「シンキ、起きろ、何か変だ」
「何だと?」
シンキはあくびをする間もなく耳を欹てていた。扉が開かれ、ヴェラが言った。
「エリストールからの追っ手よ」
「何、追われているのか?」
シンキが驚き、目を走らせた。
「ああ」
「何故、お前達などを?」
「外の奴らが教えてくれる。俺は行くぞ。ヴェラはここに居てくれ」
アルフは甲冑に着替え終え、鉄球を手に部屋の外へ出た。
宿の主が困ったような顔をし、乱暴に叩かれる扉を離れたところで見詰めていた。
「迷惑かける」
アルフはそう言い、閂を開いた。途端に雪崩れ込む一人を蹴り飛ばし、外へ出ると、ならず者風の男達が二十人ほど待ち受けていた。近くの民家の窓から村人達が事態を見守っていた。
陽光降り注ぐ朝に、まだパンすら食べていないというのに賊は現れた。いや、奴らにしてみれば俺が賊なのだ。
「アルフ! その首取って、王妃様共々エリストール王へ献上せん!」
「それは困るな」
後ろからシンキが現れた。
「このアルフは、我が帝国が必要としている存在、貴様らには渡せぬ」
「何だ、小僧、いっちょ前の恰好しやがって、軍人ゴッコしたいわけじゃねぇんだよ」
「ゴッコ遊びと思うのか、試してみろ」
シンキが進み出て剣を鞘走らせた。
一つの首が宙へ飛んだのであった。




