越冬5
狩人達の眼前で、アルフは事に及んだ。
油断している一人の腕を取り、捩じり上げて圧し折った。
そしてそれからはあっという間の出来事であった。右手から次々に矢が射られ、綺麗にアルフを避けて賊達を貫いた。
「里の猟師を舐めるで無いわ!」
白髪頭の狩人が最初に出て来る。茂みを掻き分け、一人、二人と続いた。
「旦那!」
ギルが呼んだ。
「悪いな、助かった」
アルフは素直に礼を述べた。狩人らは賊の亡骸から矢を引き抜いていた。そんな中、最初に出て来た白髪頭の男をギルが紹介した。
「アルフの旦那、これはうちの里長です」
里長は白髪頭を短く刈り揃え、力漲る眼差しをしていた。
「里長だ。破壊の傭兵アルフ殿、我が里のために身を挺してくれたことに礼を述べる。いかなる手段で聞き出そうとされても、我々はお主らのことを秘密にすることをここに誓おう」
「それはありがたい」
アルフと里長は握手を交わした。
賊の亡骸をこのままにもできず、アルフも手伝って里へと届けると、酒宴に誘われたがアルフは丁重に断った。ヴェラも是非呼ぶようにも言われたが、今は彼女と二人、静かな場所で過ごしたい気分だった。
ならばと、たくさんの食料を手土産にされ、アルフは山小屋へと戻った。
2
小屋の前ではヴェラが素振りをしていた。年代物の剣の刀身が黄金色に輝いて見えたのは気のせいだろうか。アルフは丘の中腹で気付いた。ヴェラの剣はやはり輝きを放っている。秘術だろうか。
「アルフ、戻ったのね」
「ああ。ひとまずは戻れた。俺は随分慢心していたようだ」
「少々痛い目に遭ったようね」
「ああ」
まさか、人質を取られるとは思わなかった。人質を取られては、自慢の鉄球も分厚い鎧も何もかもが役に立たない。今回は狩人達のおかげで無事だったようなものだ。
アルフは土産と礼に持たされた干物などを置くと、ヴェラの剣を見た。
「君は秘術を使ったのか?」
「いいえ。だけど、不思議なの。この剣、よく見てちょうだい」
ヴェラは年代物の剣の刀身を示した。解読不明な文字が刻まれていた。
「ルーン文字だと思う」
ルーン文字。魔力的要素を秘めた古代文字であった。アルフが知っているのはそれだけだ。しかし、何故、そのルーン文字が発光するのだろうか。
「離れて」
ヴェラに言われ、アルフは少し距離を取った。
ヴェラが剣を振るうと、刀身に刻まれたルーン文字が光る。アルフはこれを知っていた。だが、まさかとも思った。しかし、以前、あのプルレも言っていたでは無いか、ヴェラには魔術師の素質があると。魔術師は主に杖を持っている。それにはルーン文字が刻まれ、それを媒介にして力を魔術に変えて放つのだ。
ヴェラは既に理解していたようだ。
「頑張れば、あなたの大きな助けになれるかもしれない」
こちらを見る彼女にアルフは曖昧に頷いた。ヴェラの手を煩わせたくないと思ったのだ。だが、いつぞや誓った。罪は分かち合うと。ヴェラの視線はそのことを思い出させていた。
「万一の時はよろしく頼む」
アルフは改めてそう述べた。
「それで、君は何か魔術を発動できたのか?」
「いいえ、それはまだ。ただ、今は炎を頭に思い浮かべて剣を振っているの。念じる力、イメージする力が、魔術となって現れると聴いたことがあったから」
「何故、炎なんだ?」
「寒いからよ」
その答えにアルフは軽く笑った。ヴェラもはにかんだ。アルフはヴェラの首に手を振れた。
「あなたの手、冷たいわね」
「君もかなり冷えている。ストーブにあたろう」
ヴェラは頷いた。
「その前にアルフ、一つ、試したいことがあるの」
「何だい?」
「薪を一本切ってみたいの」
「薪割りも良い修練にはなるが」
「試したいことがあるのよ」
ヴェラにしては力強く言われ、アルフは裏手へ回って薪を一本持って来た。
「放り投げてちょうだい」
ヴェラに言われ、アルフはてっきり薪割りをしたいのだと思っていたので首を傾げた。だが、ヴェラの言うことには必ず意味はある。
アルフは薪をヴェラ向かって放り投げた。
刹那、ヴェラの剣閃が走り、二つに分かれた薪はそれぞれ火に包まれ、雪を溶かして沈んでいった。
アルフは驚いた。もうここまでできているとは思わなかった。
「できた」
ヴェラも少々放心気味の様であった。
「凄いぞ、ヴェラ、秘術に魔術に剣術。君は三つの術を体得したんだな」
「いいえ、まだまだ修業が足りないわ。あなたの助けになるにはまだまだ不足よ。どこかで魔術師に指導を仰げれば良いのだけれど」
ヴェラはそう言い一筋の細い煙りを上げて燻る木切れを見ていた。
アルフはヴェラを背後から抱き締めた。
「良いかい、もう一度言う。これは凄いことなのだぞ、ヴェラ。素直に喜んでおかないと身体に悪い」
「ありがとうアルフ、嬉しいわ」
ヴェラは微笑んでアルフ首に腕を回したのであった。