越冬4
雪とヴェラは良く似合う。彼女の白い姿は雪の中へ溶け込んでいるようにも見えた。
熊の事件以降、ヴェラは剣を振るうようになっていた。その素振りの形はまさしく玄人であり、彼女が話してくれていた、かつての尼僧だった時代の努力と得たものを証明していた。
あの後、アルフは雪に埋まる前にギルの案内で鎧を拾いに行った。あの時、アルフが鎧に執着しなかったのは幸いだったとギルは言っていた。確かに、熊を相手にギルの強弓でも通らず、単純に打つ手が無かったからだ。アルフの一撃が無ければ、ギルは隙を見てヴェラを連れて撤退していたとまでも言った。その人懐こい笑みを浮かべて話していたギルが五日ぶりに姿を見せた。
「旦那!」
だが、アルフを呼ぶ声には必死な響きがあった。ヴェラは素振りを止め、アルフは頷いて丘の中腹まで下りギルを迎えた。
「どうした? 王国軍に俺の所在を明かしてしまったのか?」
「そんなことはしやせんって! 違うんでさぁ、それが軍は軍でも、傭兵団です。奴ら好き勝手やり始めて、気に入らなければ暴力に訴え、女を襲おうとしたりで、私らではとても」
ギルはそこで大きく息を荒げた。だが、その目が訴えている助けてくれと。
「ヴェラ、君はここで待てるか?」
「行くと言えば、あなたは私を守りながら戦う。私にそれなりの剣の覚えがあっても」
「その通りだ」
「では、待ちます。いってらっしゃい、私のアルフ」
「ああ、獣には気を付けて」
アルフはそう言うと、ギルに頷いた。
「案内しやす!」
ギルは深い雪の上を駆けた。アルフもこの冬ごもり生活で雪に対する足の感覚を掴んでいた。それでも鎧は重い。アルフは足を沈ませながらギルの後を追った。
2
雪化粧した街道に出て十五分ほど駆けたところで、立て看板を見付けた。霜で覆われていて文字までは読めないが、おそらくはギルの里を指しているのだろう。そうして再び僅かに駆けると、アーチが見えてきた。女の悲鳴と共に。
なるほど、里には酷い奴らがわらわらいた。その中の手前の男が若い女の服を引き破っていた。女は涙を流し、その顔がアルフを見た。
瞬間、アルフの鉄球は傭兵、いや賊の顔面に激突し、そいつはもう二度と動かなくなっていた。
「ギルさん!」
女が破れた胸元を隠して呼んだ。
「危なかったな、もう大丈夫だ」
ギルは纏っていた外套を女に渡し、隠れている様に告げた。
今、アルフが見ているのは、仲間の死に殺気立った無法者達の姿だった。
「破壊の傭兵だな? こいつはツイてる。お尋ね者と出会えるとは!」
無法者達は歓喜の声を上げた。
「懸賞金は俺達がいただきだ! 野郎ども、抜かるなよ!」
全員が戦人の目をしている。多少は手間取るか。
「旦那、援護は私が」
背から聴こえたギルの声にアルフは頷いた。そして頭上で鉄球を旋回し始めた。
大体が鉄の鎧を着ているが、安物だ。
「一番乗りは俺様だああっ!」
無法者の一人が剣を振り上げ、勇躍してきた。それに続いて、二人、三人と手柄に逸った者達がまばらに続く。こいつらは傭兵になってまだ日が浅いのだな。と、思い、それでも遠慮することなく鎖を薙いだ。
鉄球が強かに正確無比に先頭の賊の頭を割った。鎖を再び振るい、鉄球は浮き上がって蛇のようにもう一人の頬に激突し、最後の一人は慌てて立ち止まったところを、ギルの神業とも言える矢が鼻面を貫いて倒した。
アルフは鎖を戻した。家屋は離れ、開けた場所での戦いだった。動かなかった者達は死んでいった傭兵の成り損ないを利用し、アルフの技量を計ったのだ。
賊の誰かが口笛を吹いた。奴らはまだまだ余裕な面構えだ。
「三十八人」
ギルが告げた。
「大人しく里から出て行け!」
アルフが声高に言うが、相手は顔色を変えたりはしなかった。奴らにも奴らなりの殺しの経験があるということだ。
「鉄球アルフ、お前こそ、俺達に大人しく捕縛されろ。さもなければ」
一人が頷き、もう一人が事態を理解していない顔の子供を引っ張ってきた。
「このガキを殺す。そうだな、三つ数えよう。まずはこのガキ。次は他のガキか、女か、老人か」
アルフは相手を睨み付けた。
「一つ!」
賊の薄ら笑いだけが聴こえる。
アルフは鎖から手を放した。得物が地面に落ちて重々しい音を立てた。
「甲冑もだ! 甲冑も脱げ! 二つ!」
「分かった、脱ぐ」
アルフは惨めな姿になることに恥ずかしさなど感じなかった。問題は、自分の行動と考え次第で無益な死人が出るという事実だ。奴らは殺し慣れている。甘く見てはいけない。
アルフは急いで甲冑を脱いだ。まるで鉄の塊か満杯の土のう袋のように甲冑は地面にドサドサ音を立てて落下した。
鍛え抜かれた身体には肌着と薄手のズボンだけの姿にアルフはなった。
「ギル、彼女を頼む」
アルフはそう言うと賊どもを睨んだ。
「ケチな殺しは止めにして俺を王都まで引き立てて行くが良い」
アルフの言葉に賊らは人質をそれぞれ乱暴に開放し、早くも報奨金を得たかのように上機嫌で近付いてきた。そして賊らはアルフを殴り飛ばし、蹴りつけ始めた。アルフはビクともせず、冷ややかに賊達を見た。
彼らは舌打ちし、歩け歩けと言いながらアルフ囲んで街道の外まで連れて行った。アルフは彼らが慢心し、自分に縄をかけなかった浅はかさに助けられた。この幸運をいつ仕掛ければ良いだろうか。そんなことを考えながらアルフは囲まれながら歩く。その時、後方のどちらかの茂みが僅かに揺れる音が続いた。
有頂天な賊どもは聴き逃し、アルフは見た。前方右手の茂みに雪と枯草に紛れている狩人達の姿が。