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熊射ちギル

 本格的な冬の到来に備えて暖を取れる場所を探さなければならなかった。近頃は懸賞金目当ての賞金稼ぎ達が次々現れた。彼らは様々な方法でアルフを殺そうとした。寝込みを襲ったり、煙幕を投げ付けその煙に紛れて必殺の一撃を入れようとしたり、毒矢を射たりもしてきた。待ち伏せされ、追われ、あるいは遭遇し、アルフは精神的に追い詰められてきた。アルフは思い知らされたのだ。頑健な肉体を持ちながらも自分は心を鍛えることを怠ってきたこと。これまで地獄のような思いを味わってきたヴェラの方がしっかりしていた。そんな沈着冷静な彼女に叱咤され、アルフは今日も街道を行く。

「アルフ、大丈夫?」

 ヴェラが問う。威厳ある顔が心配そうに歪んでいる。

 彼女を守らなければなるまい。それが俺の役目だ。もし天が認めぬなら認めさせるまでだ。

 アルフは常人ならば潰れそうな重たい鎧を雷帝の足音のように轟かせ、歩み始める。そんな中、戦場で磨かれた耳は、ずっと後方右手側の茂みが揺れて続いて来る微かな音を聴き取っていた。

 また、追っ手だ。

「ヴェラ、俺の後ろへ」

 そろそろ追いかけっこは止めにしよう。アルフは立ち止まり、後方を振り返った。

「追われているの?」

「ああ」

 後ろに回ったヴェラに応じつつ、鉄球を頭上で旋回させる。風を打ち砕く鈍い音色が木霊する。

 その時、茂みから何か細い影が飛んで来た。アルフは鉄球を真っ直ぐ放った。すぐに手応えがあったが、感じ過ぎる程の手応えだった。

 鉄球に矢が突き刺さっている。

 これまでの雑魚とはちがうようだ。

 アルフは矢を抜くと鉄球を再び頭上で振り回し、茂みを睨んだ。

「卑怯よ、出て御出でなさい!」

 ヴェラが厳しく言うと茂みが揺れ、一つの人影が現れた。

 大きな長弓を手にし、弦を満月の如く振り絞っている。

「悪いな、破壊の傭兵アルフ、懸賞金のために死んでくれや」

 男の声だった。矢が飛んだ。何本も何本も飛んで来る。

 アルフは冷静に身体の前で盾の如く鎖と鉄球を回し、全ての矢を打ち落とした。だが、その手応えが凄かった、矢は鎖のそれぞれ輪の中に入り、奇妙な姿になっていた。アルフの鎖は通常よりも口が広い、そこに引っ掛かるほどの矢じりの大きさにも驚愕した。

 アルフは頭上で鉄球を振るおうとしたが、鎖が矢を噛み、上手く回らなかった。

「これが狙いだったか」

「そういうことだ。悪いな、破壊の傭兵、お前のタマはこの熊射ちギルがいただいた」

 考えたものだ。アルフは窮地に陥りながらもこの状況を意外に思っていた。人間いつかは死ぬものだ。こうも刺客に追われていては、神も誰かしらに幸運を与えるだろう。ここら辺が、年貢の納め時か。こちらに向けられる矢じりを凝視し、鉄球を下ろしたアルフはそんな弱気な心に心地良く耽っていた。

「アルフ、諦めては駄目!」

 後方でヴェラが叱咤し、アルフはハッとした。心の霧が晴れる。ヴェラの心の剣で弱気はすっかり切り裂かれ、微塵となった。

 アルフは前方を一睨みし、縦に鉄球を振るった。大地を鉄球が穿ち、その衝撃で鎖に入り込んでいた矢が全て跳ね落ちた。

「何だと!?」

「さらばだ、熊射ちギル!」

 アルフは鉄球を左右に縦に振り回しながら、ゆっくり相手に近付いて行った。

 熊射ちギルは背中の矢筒を確かめ、最後の一矢の影を取り狙いを定めていた。

 その狙いがヴェラへ向けられた。

「させん!」

 アルフはそのまま右手で旋回させていた鉄球を投げ付けた。凄まじい速度で鎖は飛び、熊射ちギルの胴を強かに打った。

「うげぇ」

 ギルはそう呻くと地面に倒れた。

 アルフはヴェラに向かって頷いた。彼女が後に続いて来る。

 熊射ちギルは、泡を吹いて仰向けに倒れていた。毛皮のマント、固い皮の鎧。腰には屈強そうな短剣が四本ぶら下がっていた。

 年の頃は四十ぐらいだろうか。茶色の顎髭を尖らせていた。

 アルフが鉄球を回収すると、ヴェラが屈んで男の胸に触れていた。

「止めを刺す」

 アルフは腰にぶら提げていた野営用の短剣を取り出す。

「待って」

 ヴェラが言った。

「これを見て」

 ヴェラが男の首にぶら下がっているオニキスの飾りを見せた。

「この人はたった一人で挑んで来た。蛮勇だったかもしれないけれど、そんな人が好んで魔除けなんてつけるかしら?」

「家族が居るということか」

 アルフの言葉にヴェラは頷いた。

「アルフ、今回だけはこの人に機会を与えましょう。秘術を施します」

「君が言うならば」

 と言いつつ、アルフは智慧の回る熊射ちをもう一度敵に回して次に勝てるか考えていた。

 ヴェラが何事か呟き、両手が淡く白い光りを放った。

 内臓と骨が修復され、やがて元通りになるだろう。アルフはヴェラの情けを目を覚ましたギルがどう受け止めるか、そればかりを考えていた。

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