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疲労困憊

 アルフは村の門番を殴り飛ばすと、鉄球を振り回した。

 のどかな村に起きた悲劇、いや荒事。いずれにせよその首謀者は自分だった。

「アルフだ! 捕まえろ! 懸賞金をいただくんだ!」

 村人達が、鉈や小剣、手斧、中には戦場に出た経験があるのだろう、立派な槍を手にしている者もいた。

 ヴェラの疲労が濃かった。プルレの屋敷では本当に僅かな間しか休めなかったためだ。その後を、冷たい雨の中、二人でここまで歩き続けた。もはや、ヴェラの疲れを取り除くには熱い風呂に基本的なベッドと厚い肌掛けと毛布しかなかった。アルフの正体を知った門番が声を上げたので、殴り飛ばした。それがこの荒事の始まりだった。

 冬晴れの眩しい陽光が照らすのはアルフの頭上で旋回する黒い鎖と黒い鉄球、前方から恐る恐る詰め寄る村人達の得物の切っ先であった。

「一晩、宿を借りたい! こちらの願いはそれだけだ! それと、肉とパン! 数で優っているからと言って勝てるとは限らない。余計な悲劇は生みたくない!」

 アルフは必死に説いたが、懸賞金に目が眩んだ村の男らは迫り、同じく懸賞金に狂わされた女達は声を上げて男衆を叱咤した。

「アルフを捕まえろ!」

「何なら殺してしまえ!」

 村の男達が向かって来る。

 神よ、いるなら許したまえ! この罪は俺一人にある! ヴェラには無い!

 アルフは鉄球を大きく薙いだ。手加減無用の一撃は村人の側頭部を次々打ち壊し、飛んで来る矢を、鎖を引っ張り、振り回して鉄球で圧し折った。村人の戦意はまだまだ喪失していない。むしろ彼らを怒らせた。もう二十人ほど殺さねばなるまい。

「アルフを殺せ! 生かしておくな!」

 村人らが突撃して来る。

 アルフは鉄球を薙ぎ払い、再び複数の頭部を割り、接近してきた者を殴り飛ばした。

 その時、ヴェラが飛び出し、上に蹴りを繰り出した。汚れたドレスのスカートの下から白くて魅惑的な脚が伸び、一人の男の顎を割っていた。アルフは誰よりも驚いていた。ヴェラがここまで見事な格闘術を秘めていたとは知らなかった。

 アルフは同じく呆気に取られている村人を鉄球で叩きつけ、打ちのめし潰して殺害し、睨みを利かせた。

 その場は阿鼻叫喚の世界だった。

「俺は言ったぞ。こうなることは分かっていたはずだ」

 一転して悲しみに暮れ、亡骸に寄り添う女や子供を無視し、アルフはヴェラを伴い、一つの丘の上の家屋に目を付けた。

「人殺し!」

「殺人鬼!」

 アルフの背に彼の心を傷つけようと抵抗する女に子供達の声が届く。

 アルフは俯いた。ヴェラがアルフの手を取った。



 2



 丘の上の家屋には誰もいなかった。

 風呂があり、アルフは開け放たれた扉の外に耳を澄ませながら準備をする。近くの井戸から水を汲み、湯船に張る。重労働というよりは、飽きる作業だった。組み上げた水桶も小さくて力仕事にもならなかった。それでも、ヴェラを喜ばせたい一心で、ヴェラに施錠するように言うと、自分は外に出て、湯船の下に薪を放り込んで火打石で火を点ける。湯が沸くまでまだまだ掛かるだろう。

 アルフはそのまま火の番をしていた。

 壁に背を預けることも無く、不動王とも言うような渾名が似合いそうに佇立し、鎖を手で軽く握り締めて周囲に気配を向けていた。

 今頃、村の中央ではどのようなことが起きているだろうか。女達が結託し、男達の仇を取ろうと決起しているか、他の村や町、あるいは王都に助けを求めて走ったか。

 人殺しという言葉には慣れていなかった。戦場で多くの人を殺戮してきた自分だが、まさか一般人を襲い、虐殺する羽目になり、女や子供から憎しみを買う。それはアルフにとって悲しく辛いことだった。だが、悪いのは俺だ。罪は俺にある。

 湯浴みする音が聴こえ、アルフは我に返った。陽は傾き沈もうとしていた。

「ヴェラ、湯は大丈夫か?」

「問題無いわ、アルフ。あなたもいらっしゃい」

 その言葉にアルフは少しだけ驚いた。魅力的な誘いだ。ヴェラの裸が見たい。その白い肌を抱き締めたい。そして願わくば再び一つに重なり合いたい。愛を確かめ合いたい。彼女に癒されたい。

「俺はここで番をする。村の生き残りが襲って来る可能性がある」

 欲望を振り払いアルフは応じた。

「そう、残念ね」

 ヴェラが言った時だった、アルフは自分が疲れ果てているのを悟った。妃を誘拐するということがこれほど大変なことになるとは、いや、思ってはいたが、今は急激な疲労に見舞われている。アルフの抑えた欲望が再び首を上げる。

「ヴェラ、やはり、俺も」

「ええ、御出でなさい」

 アルフは家の入口へ回り、扉を施錠し、厚い鎧を脱いだ。鎧はゴトゴトと音を立て床を軋ませた。鉄球も置くと、彼は汗臭い薄手の服を脱ぎ始めた。鎧戸を下ろした室内は肌寒く、薄暗かった。

 アルフは湯殿の簡素な木の扉を開いた。ほんのり湯気が立ち上っている。

 その湯気の下で、ヴェラが湯船に肩下まで浸かり横顔を見せていた。白い肌を紅潮させている。その赤い頬がアルフの欲望に火を点けた。

 アルフは掛け湯をすると、湯殿へ入った。湯は温かい、が、対座するヴェラへ迫り、深い深い口付けを交わした。

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