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破壊の傭兵

 重々しい音が空を裂く。鎖が残像を残し旋回している。その先端には人の顔よりも大きな鉄球が付けられていた。

 分厚い鎧で身を固め、城壁上から狙う嵐のような矢をものともせず、アルフは更に得物を振り回す手を強めた。たった一人の男が残存兵とはいえ五百以上を相手にしている。と、思うであろうが、アルフが向き合っているのは分厚く強固な木の城門だった。その閉ざされた門を開けるのがアルフの役目であった。雷雲が稲光を走らせる。アルフは鉄球を放った。

 凄まじい衝撃が走り、門が歪んだ。アルフは更にもう一発、そしてあと五発も必要とした。門は文字通り木っ端微塵となり砕け散った。

「今ぞ!」

 後方から声が上がり、味方勢が徒歩で攻め寄せる。今回の門はさほど手を煩わせる程では無かった。味方勢が破れた門を潜り抜け、敵の殲滅に当たる。アルフにはこれだけで高い褒賞が出るが、いつも仕事にありつけるとは限らない。アルフは高値の仕事しか引き受けない言わば神懸りな傭兵として一目置かれているからだ。金払いの悪い国は、アルフを軽んじ、戦を理由に付け上がっている汚い傭兵だとし、嫌っているが、籠城されると、重い腰を上げて大陸中を駆け巡らせてアルフを探し雇う。

 木っ端となり蝶番が剥き出しの城門をアルフは潜った。其処彼処で戦端が繰り広げられている。雷鳴ももはや戦場の音を掻き消すことは不可能だった。

 これが門破の傭兵ならぬ、破壊の傭兵アルフであった。

 



 2



 数日後、論功行賞が行われた。

 アルフの戦功は大きい。彼がいなければこの城を前に囲んで干殺しにするしか道は無かった。大いに時間を短縮できたのはアルフの活躍があってのこそだ。

 だが、アルフの名前はなかなか呼ばれない。アルフはただジッと顔を伏せているだけであった。他の傭兵なら換金所へ行くが、アルフは騎士と同等の待遇を受けてこの場に並んでいる。たかが傭兵と侮蔑する視線や陰口にはもう慣れた。

「次、傭兵アルフ。前に出よ」

 大臣に言われ、アルフは顔を上げて進み出る。末端の席にいたため、騎士らの前を横切って行くしなかった。

 王は老いていた。しかし、その隣の一見すれば三十前後の歳と思われる王妃は美しかった。アルフは知っている。相手も知っている。二人の関係は内密に親密なものであった。金など要らん、君が欲しい。平静を装うアルフの中で彼は欲望と葛藤していた。決して結ばれることの無い間柄だ。

 王妃ヴェラは艶やかな青い髪をし、釣り目をしていた。少し面長の逆三角形の顔の中に高い鼻筋と薄い唇がある威厳と気品のある女性だった。

 アルフは王の前で片膝をついた。もはや精も出るのか疑わしい老いたる王は深い皺に囲まれた目を光らせ、アルフを見た。

「そなたの功に見合うものは何だろうか? 遠慮せずに申してみよ」

 王がここまで寛大なのは、アルフの武功の大きさを知ってのことだろう。

「ヴェラ王妃を頂戴致したく思います」

 その言葉に、周囲は一瞬静まり返り、大臣が鉄の鞭でアルフの頬を打った。

「思い上がるな、傭兵!」

「そうだ、分を弁えよ!」

 騎士らも声を上げる。

 老王はうーむと、頷いて鋭い視線を向けた。

「悪いが、ヴェラを手放す気は無い。それに見合う報奨金で手を打たせてもらう」

 王が頷く。大臣がうず高く積もった巾着袋の山をアルフに差し出した。おそらく、気前の良いことを言って、寛大さを周囲に示すだけ示し、最初から金で手を打つつもりだったのだろう。アルフは黙って巾着の乗った板を受け取った。

 末端の席へ下がる直前にヴェラ王妃の顔を見た。冷厳な瞳は熱くアルフを見詰めていた。



 3



 エリストール国の傭兵を辞めないのはひとえにヴェラ王妃の存在があったからだ。彼女はある晩、アルフを訪ね、そこで濃密な関係を結んだ。アルフにはそれが忘れられない。相手にする女はヴェラじゃなければ駄目だった。

 高級宿へ入ると、顔見知りになった支配人が恭しくカウンターから出て来た。

「アルフ様、お部屋にお客様を通してございます」

 アルフは支配人に金貨を幾つか気前良く渡し、階段を上った。

 部屋の扉を開けると、そこは広い部屋で、香しい匂いに満ちていた。

「アルフ」

 腰まで伸ばした黒い髪のカツラを捨てて、ヴェラがベッドに腰掛けて名を呼んだ。

「待たせた」

「ええ。御出でなさい、私からあなたへ褒美を授けましょう」

 アルフは甲冑を脱いだ。

 濃い時間を過ごした。アルフはヴェラの中で何度果てたか分からない。今まで何度もそうして来たのに、子は出来なかった。

「王は?」

「落とした城の女達にうつつを抜かしている頃でしょう」

 ヴェラは特に思うことなくそう言った。

「……このまま帰るのか?」

 アルフは愛の無い王によって見世物として傀儡として王妃にされたヴェラが憐れで仕方なかった。王妃は冷厳な瞳を向けた。アルフは言った。

「俺と来ないか? 王族の身分に未練が無ければの話だが」

 ヴェラは少し目を見開いた。

「連れ出していただけるの?」

「我が命がある限り。どこへだって連れて行こう。ヴェラ」

「アルフ。ええ、お願い連れて行って」

 二人はベッドの中で深い口付けを交わした。

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