2.事実
…………ん?
「え、君もしかして、新しく入ったメイド?いや違うな、めっちゃお洒落してるし……」
王女様は首を傾げて考え込んだ。
そしてはっと何かを思いついた顔つきになり、瞳から更に大粒の涙を溢す。
「も、もしかして……僕を暗殺しにきたとか?」
んん?暗殺?
とんでもない方向に進んでいる。私は訂正しようと口を開こうとするも、王女様はガタガタと震え出し、私の姿を凝視しながら泣き出す。
「あああああ絶対そうだ、僕みたいなポンコツは要らないから、父上がそろそろ潮時だーってなって僕を始末するよう暗殺の依頼を出したんだ……!やだ、無理、殺さないで、まだ生きたいの!僕は!」
こんな真っ昼間からふりふりのドレスを着て王族を殺しに来る暗殺者がいるか。
王女様はものすごい速さでベッドを降り、私の腕を掴む。
「お願い、殺さないで、なんでもするから……欲しいものあるならなんでもあげる!やっぱ暗殺の依頼受けるってことはお金が欲しいのかな、じゃああげる!って言っても僕お金持ってないし……どうしよどうしよどうしよ、このままだと僕殺されちゃう!」
「えっと、あの」
「ねえ君、考え直してみて?僕15歳なの。まだ人生ちょっとしか生きてないの。かわいそうだと思わない?こんないたいけな少年……いや、今は少女だった……を惨たらしく殺すの?君は心ある?あるよね。見た目的にありそう。ねえ、お願い、ねえ」
もう訳がわからない。
早口で紡がれる言葉は突っ込み所満載だが、ありすぎて頭がうまく回らない。
「あなたは王女様……ですよね?」
「そうですそうです。いや、正確には違うけど。一応王子だけど。いやでもこんな姿してるから説得力ないか……って、王女ですって言っちゃったじゃん!あー嘘つけばよかった、最近入った新入りのメイドですとか言っとけばよかった。そしたらなーんだ人違いか、っていって殺されずに済んだかもしれないのに。あああああ最悪だ、こういうところがポンコツなんだ、だから僕は今から死ぬんだ……」
正確には王子?
どういうことだろう。でも、「僕」って言っているし。
――まさか、男?
その時、ガチャリと扉が開いた。
「朝から騒がしいね」
落ち着いた清涼な声。振り返れば、王女様と同じ銀色の髪に、瞳は光り輝く金色の青年が扉の前に立っていた。
先程まで滝のように涙を流し、早口で捲し立てていた王女様は、ぴたりとその動きを止めた。
「兄上……」
「おはよう。ずっと泣いてばかりいちゃダメだよ、サール。レオノラ嬢が困っているでしょう?」
穏やかに微笑んでいるが、立ち居振る舞いに隙がない。それに、どことなく圧を感じた。
顔は知っている。第一王子、ラルフ・フォン・アレクサンドル。20歳以下の剣術大会で優勝していた。研究も行っていて論文も書いていると聞くし、王太子としての公務もこなす、完璧な王子様。
だが柔和な見た目とは裏腹に、貴族全員が恐れているらしい。父上曰く、「国王よりも得体の知れないところがある。十分気をつけろ」だなんて忠告されたくらいだ。
きゅ、と身を引き締める。
私の警戒心が高まったことを瞬時に見抜き、王太子様はにこっと微笑んだ。
「貴女まで緊張しなくていいよ。別に今何かするつもりなんてないから」
今は、って。これからは保証しないよ、ということか。
悪役のような台詞に身震いする。少なくともキラキラオーラを全身から放つ王子様がいうべき言葉じゃない。
「兄上、この女性は誰ですか…?やはり父上が僕を見限って暗殺者を送り込んだんですか?」
「父上じゃなくて僕が弟を殺す為に送った、と言ったら?」
「え」
それきり王女様は固まってしまった。
というか今、「弟」って言った?
しかも私が暗殺者って……
「二人してそんな顔しないで。もちろん嘘だよ、サール。安心して?可愛い弟を殺すわけないでしょ」
「……え、……あ、はい……」
王女様は見事なまでの顔面蒼白ぶりだ。口をパクパクさせ、すっかり黙りこくってしまった。さらりと大嘘をついておきながら、王太子様は朗らかに笑っている。
というか、嘘をついた時の目が若干据わっていたから、控えめに言ってめちゃくちゃ怖かった。
「で、この人はスティール公爵家のレオノラ嬢だ。サールの婚約者で、ゆくゆくは結婚する御令嬢だよ」
「え、あああ兄上。僕、じゃなかった私は何も聞いておりませんが……」
「ああ、言ってなかったか。ごめんね」
当の本人が何も知らないなんてことあるのか。
私がものを言えないでいると、王太子様は私に向き直る。
「会話とか、言動とかで薄々察してたと思うけど」
王太子様は困ったように微笑んだ。
「第二王女は、れっきとした男だよ」