1話:いつも通り朝
今日も朝が来た。
私は、まだ眠たい目を擦って起き上がる。
只今の時刻は7:20
まぁ、早くも無く遅くも無く……な、時間だ。
私はいつもの日課で、お父さんの仏壇がある部屋にいく。
一本線香を取って、火をつける。
煙がもくもく……線香の独特な匂いが広がる。
……前は嫌いだった。
けれど、今はとても落ち着く。
だって、この匂いはお父さんに繋がっているから。
そう思うと、自然と親しみを覚えた。
「お父さん、おはよう!」
写真に向って合掌してから、朝の挨拶。
「今日も頑張って、学校行って来るね!」
そう言って、私は花瓶の水をかえに部屋を出る。
ウチは狭いアパートなので、台所を通らないと洗面所にたどり着けない。
「美郷〜早く食べなさい!
水は後でも良いんだから……」
「いいの!
朝かえる!!」
「だったら、もぅ少し早く起きなさいよーまったく美郷は……」
「はいはいっ」
お母さんは今日も口うるさい。
適当に流して聞いて、洗面所で花瓶の水を捨てる。
ちゃんと、茎を切ってあげて
水分を吸いやすくしてあげる。
そうすると、花は以外に長持ちするのだ。
そして、水をかえてあげてから十円玉を数枚落とす。
これも加藤家の食卓で得た、花を長持ちさせるテクニックだ。
「よしっ、完了♪」
私はまた、仏壇のある部屋に行った。
「花ももう少しで枯れちゃうから、今日摘んでくるね♪」
そうお父さんに話し掛け、また台所の部屋へ行く。
「もぅ、時間内から早く食べなさいよ〜」
「わかってるって!」
そそくさ食べて、食器を水に浸す。
「ごちそーさまでしたぁー!」
「気をつけて学校にいってらっしゃい!!」
「はぁーい」
玄関を勢いよく開けて飛び出した。
私が住んでいるアパートは、とっても古びている。
そこの二階の205号室が私達の家だ。
二階からだけど、少し目線が高くなるので
ここからの眺めが結構、気に入っている。
「美郷ぉ〜はよーせんと、学校遅刻してまうでぇ!」
下から声がする。
いつもの関西弁。
亮兄ちゃんだ!!
「今行くー!!」
「慌てて階段から、転げ落ちんでなぁー」
「落ちないよー!」
―――ダッダッダッダッダッダ!!
急いで降りると、凄い音がする。
壊れないと良いけど。
「おはようさん♪」
「亮兄ちゃんっはよー♪♪」
「ん、挨拶でけたな!
偉い子やねぇ〜〜」
「もーっ!
子供じゃないんだから、そんなんで撫でないでよぉ」
いつも子供扱いする……。
まぁ、年下だからしょうがないのかも知れないけど。
この人は、忍冬亮司。
近所に住んでいる、お兄ちゃん的存在。
小さい頃から、お世話になっている。
「しゃぁないやん♪
美郷は俺にとって妹みたいで可愛いんやからぁ〜」
「私もお兄ちゃんみたいだっては、思ってるけど……
もう、小5だよ?」
「いんや、まだまだ可愛い年やんか!」
「そ、そうですか……」
亮兄ちゃんには適わない。
たまにオタクっぽい所もあるけれど
優しいし、気さくだし……私は好きだ。
……もちろん、お兄ちゃん的として…だよ?
ちょっと離れた"炎帝学園"の中等部に通っている。
今年で中学3年生。
ちょっと格好良いので、女子に大人気……らしい?
私はお兄ちゃんとしてしか見えないから、そういう風には思えない。
私たちは歩きながら、途中の分かれ道まで歩いた。
亮兄ちゃんは、駅で炎帝まで通っているからそこまで一緒に行っている。
今日は新学期の始まり。
途中の桜並木が綺麗に咲いている。
ちょうど満開の時期だ。
「はぁ〜あ」
「なんや、ため息ついて?
幸せ逃げるで??」
「だって、学校がユウウツなんだもーん」
「ええやん、小学生なんて遊びに行っているようなもんやし」
「失礼なっ」
「小学校時代は退屈やったなぁー
授業が簡単すぎて……」
「そう言うの、亮兄ちゃんだけだよ……」
私は成績が低いほうではないが
それなりには苦労して勉強している。
亮兄ちゃんは、頭が飛びぬけて良く……。
今は先取りで、高校の勉強範囲を学習しているそうな。
うらやましい。
「やから、勉強やったら
いつでも教えてやるからなぁ〜」
「お願いします、忍冬せんせ!」
「まかせろや♪」
自信に満ちた笑顔で答えた。
「……というか、私がユウウツなのは
勉強でも体育でも無く……交友関係なんだけどねぇ」
「なんや、まだ言われとるん?
あいつらシツコイなぁーー」
「うん、面白がってるよ……」
「俺が懲らしめたろか??」
「いいよー……」
というのは、私が学校で受けているイジメだ。
大したことは無い。
毎日線香を上げているから、線香の香りが身体にこびり付いたみたいで。
主に男子が「くせー!」とか「近寄るな!!」とか言うレベルだ。
「辛かったら、せめて俺に相談しろや、な??」
「別に辛いとかは無いけど……
うるさくって……ちょっとストレス」
「……やっぱり、そいつ等しめたる………!!」
亮兄のめがねがキラリと光る。
このときの亮兄は少し、怖い……。
握り締めている拳がプルプル震えている。
……何かやらかしそうで。
そんな話をしながら歩いていると、すぐに駅に辿り着く。
「ほんま、大丈夫かぁ?」
「平気だって〜〜」
心配性だなぁ〜亮兄は。
まぁ、私がイライラするなんて言ったのがいけなかったのかも。
ちょっと反省。
あまり、愚痴も漏らさない様にしよう!
「美郷?……あかんで?
俺には何でも話さな!!」
「あ、ばれた?」
「当たり前やん!
俺はホンマに美郷のこと、思ってるんやからなぁ」
「……ありがと」
そうやって思ってくれると思うと、心強い。
でも、私はそんな亮兄だからこそ……心配はかけたくないのだ。
亮兄は何度も振り返り「大丈夫か?」なんて、言いながらも
やっと駅の中へと消えていった。
「さて、いきますか!」
頬をぱんっ!と叩いて、気合を入れる。
私は、ゆっくりと歩き出す。