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3「待ち合わせ」


 生まれて初めて、一人で新幹線に乗った。幼い頃に親に連れられて乗った時は、とてつもない大冒険に心が踊ったものだ。今はまた違う意味で、心臓がバクバクいっている。

 お互い仕事もしていないので、トントン拍子に日にちは決まり、今俺は“コラボ”のために彼の家に向かっている。旅費は先月までしていたバイト代でギリギリなんとかなったし、旅費の迷惑をかけた分、滞在中の金銭面は任せろと彼が言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。

 やや人の多い自由席。ここではさすがに、彼と繋がることは出来ない。片道二時間程の、長い長い――彼の声を聞けない時間。今や生活の一部、いや全部といっても過言ではない彼の存在が、俺の胸を締め付ける。こんなに“長い時間”、彼の声を聞かないことはなかった。耳が、脳が彼の声を求める。キリキリと、音が鳴り出しそうな程、恋い焦がれる。

――会ったら、どうなるんだろう?

 自分の思考に、自分自身が一番どきりとした。今夜はお泊まり。大好きな彼と。そう、大好きなエイトと、一緒に……

 テーブルに出しっぱなしのスマホから着信音が響いた。数秒で途切れたそれは、メッセージアプリの着信だ。彼専用の“音”を設定出来ないのだけが不便なアプリ。

『何分着の新幹線?』

 文字だとそっけない彼の文章。言葉を甘く味付けするには、彼の声がないといけない。電子の上での文字の配列ごときに、愛だのなんだのは語れないのだ。

『二十五分着だよ。今名古屋過ぎた』

 俺も短く文章を返す。男同士なんて、文章だけならこんなもんだ。

『改札出たら西口に出て来て。ロータリーんとこに車まわしとく』

 指示と一緒に、彼の愛車の写真も送られてきた。なんか、すっげーギラギラしてる。

『やらしい車ってよく言われるけど、目立つ目印や思て許してや』






 西口から無事に、関西屈指の都市に降り立つ。背の高いビルが立ち並ぶ姿は、関東となんら変わらない。だが、確かに喧騒のなかに、愛しい彼と同じ言語が飛び交っているのを感じた。

 ここが彼が、生まれ育った場所。

 改札を出てすぐそばの階段を降りると、待ち合わせ場所のロータリーが正面に見えた。中途半端な時間のせいか、ロータリーにあまり人待ちの車の姿は無く、彼のよく目立つ車は案外すぐに見つかった。

 丁寧に手入れされている白のスポーツカーだ。落とした車高にギラついたホイールが映える。フルスモークの窓ガラスって、確か条例違反じゃなかったっけ?

 こちらに気付いたのか、スポーツカーの運転席からエイトが降りてきた。開かれた地面スレスレのドアの奥から、軽快なEDMが響いてくる。低音、凄い……心臓に響く。

「サク! ようこそ関西へ」

 そう言って満面の笑みで歩み寄ってきたエイトに、俺はつい俯いてしまう。

 カッコいい。画面越しなんかよりよっぽど。

 太陽の日差しを浴びて、彼の健康的な褐色の肌からは、画面越し以上に色気を感じてしまうし、しっかりセットされた短い黒髪と比べたら、自分の黒髪のなんと不潔そうなことか。黒のシャツに細身のボトムを合わせただけのシンプルな服装なのに、これ以上ない程着こなしている。

 それに、声だ。機械越しではない彼の声。ちょっと後ろの爆音がうるさいけれど、それでも彼の声が、ダイレクトに俺の耳に届いたのだ。生で彼の声に貫かれる。嬉しい。

「エイト……」

 思わず心のうちを全てぶちまけてしまいそうになる。ここは外だし、現実的には俺とエイトは初対面だ。呼吸が苦しいような気がして、胸がぎゅうぎゅうに締め付けられる。言葉にならない、気持ちが逃げ場をなくして顔が歪む。

 俺の表情の変化に気付いたのか、エイトの顔色が変わった。心配そうな顔をしながら、突っ立ったまま泣き出しそうな俺を抱き締めてくれた。どこまでも優しい。声のままの、愛しい存在。

 このまま、時間が止まってしまえば良いのに。

「……落ち着いた?」

「……う、ん」

 力強い彼の抱擁に、本当は全然、ドキドキが落ち着かない。でも、ここは外だし……そうだ! 外だ!

「ご、ごめん! 大丈夫!」

 慌てて彼を押し返し、まわりを見渡す。幸い道行く人々は、皆忙しなく歩き去っていくのみだった。

「サクってリアルでも可愛いんやなぁ。駅まで迎えに来て良かったー」

 エイトが吹き出し、笑顔でそう言ってくれた。真正面からの笑顔、凄くかっこいい。彼の瞳のなかに、機械ではない、俺の姿が映っている。

「こんな可愛いサクのこと、放っておけんもんなぁ」

 頭をガシガシと撫でながら、エイトは俺を車へ誘う。

「さぁどうぞ、オレの愛車へ」

 地面スレスレのドアを開けながら、彼がこちらに手を差し出す。

「えっと、まずこの荷物を……」

 俺はコラボのためにゲーム機本体と周辺機器、それにお気に入りのヘッドセットを旅行鞄に詰めて持って来ていた。もちろんゲーム機は携帯ゲームじゃない。持ち歩いたのなんて初めてだ。

「そんなん後ろ入れたらええから」

 少し強引な手付きで、俺の荷物は後部座席に放り込まれた。うわ、観音開きのドアなんて初めて見た。後部座席は座席というには、あまりにも狭い。

「サク……」

 手ぶらになり、どうしたら良いか戸惑っている俺に、彼が手を伸ばしてきた。愛おしそうにその手が俺の耳に触れる。細身なくせにゴツゴツした、色気のある指先。少し冷たい感触にゾクゾクする。

「早く……独占させてや」

 肉食動物のような瞳の下で、薄い唇がそう告げた。


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