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1「画面越し」


 俺は今、大好きな実況者とコラボしてる。大好きな彼の家に招かれて、配信のたびに釘付けになったあのソファに、一緒に座っている。

 そう。一緒に。

 大好きな彼に後ろから抱き締められながら、その声に、吐息に耳から、脳から犯される。

「お気に入りのヘッドセット、わざわざ持って来たん?」

「う……う、ん……コラボだから……持ってこなきゃ……」

 彼の声が耳の中から外から重なって、思わず小さな声が漏れる。

 彼の声だけを聴きたくて買った高級ヘッドセットのノイズキャンセリング機能は絶大で、自分の声なんて気にならない程、彼だけに没頭させられる。

「なぁ、ほんまに?」

 機械越しに耳を舐めあげられた。

「ほんまのこと言って? オレの声だけ聞いてたいんやろ?」

 更に続けられた言葉に、自分の顔が赤面するのがわかる。心臓がバクバクいっているのもそうだが、目の前のモニターに映った自分の表情が恥ずかしくて見れない。

『サクちゃん照れてるwww』『エイトさすがドSwwww』『ホモォ』『俺達は何を見せられているんだ』

 画面に流れるコメントがいつもより多くて、観覧数の表示を確認する。

――人多い……恥ずかしい。

「やっぱエロっちいのは観覧増えるなぁ」

 彼があっけらかんとした声を出す。それに反応し、すぐにコメントの空気も変わる。

『女とやれwwww』『エイトがリア充なのは確実』『本気かと思ってびびったわwwww』『相変わらずイケメンは顔近い』

 画面の反応にクスクスと笑う彼が、カメラの死角へ手を動かす。

――それ、ダメ……

『サクちゃん顔エロくない?』

――バレちゃう……

「じゃ、これからコラボライブ始めまーす」









『よろしくお願いしまーす』

 耳元から突然明るい声が響いて、俺は心臓がオーバーヒートするかと思った。男らしい低音に関西特有の訛りが加わって、妙な色気を感じさせる。

 初めてその声を聞いて、初めてずっとそれを聞いていたいと思ってしまった。同性の男の声に。ほとんど一目惚れみたいな感覚だった。





 マルチプレイがウリのファンタジーRPG。俺はそのゲームにハマってしまった。

 高校を卒業してから仕事にも就いていないボッチの俺に、一緒にマルチをする友人なんているはずもなく、軽い気持ちで始めたゲーム実況のネタにと、野良の募集を立てた時だった。最大四人でプレイ出来るこのゲームだが、ゲームクリアには仲間内での魔法の連携等、なにかとコミュニケーションが必要な場面が多く、俺は効率を優先するために音声チャットでの交流が出来る人のみを募集していた。

 そこに彼が――エイトが入ってきたのだ。たまたま二人きりでダンジョンを進むことになった。

『サクさん、オレの言葉わかりにくくないですか?』

 エイトは関西在住らしく、標準語の俺――キャラ名はサク――に気を遣ってくれていた。ハキハキとした話し方から明るい性格なのが伝わってきて、画面の向こうの彼を夢想してしまう。

「大丈夫ですよ! エイトさん凄く上手いし、話しやすいし嬉しいですよ」

『そんなん言われたらオレも嬉しいです。サクさんも上手いですね』

 自分のプレイングに自信がないわけではなかったが、エイトの技術は少なくとも自分以上であった。でもそんな彼の謙遜も、イヤミには聞こえない。声が、吐息が、普通に笑うそんな声も、彼の発する全てが俺の耳を刺激してくる。

「一応これでも動画投稿してるんで」

 ほんのちょっとのプライドと、宣伝したいという気持ちからそう告げた。彼に自分を知ってもらいたい、そんな言葉は心のなかに閉じ込めて。すると彼から、思ってもみなかった言葉が飛び出た。

『え? オレもやってるで。良かったら教えてください。コラボしましょうよ』








 それから毎日、彼とずっとマルチに潜っていた。ずっと二人で。二人きりで。二人だけの時間。

『オレらずっと二人でクリアする動画ばっか上げてるけど、サクはこれで良いん?』

「うん。俺は楽しくクリアする、エンジョイ勢だから」

『そーでっか。ま、オレもサクが楽しいならそれで良いんやけど』

 二人の時間は楽しかった。寝る時以外はほとんどずっとネットを繋いで、彼と電子の上で繋がり続けた。動画の編集の時も食事の時も、ずっとずっと音声チャットを繋ぎ続けて、俺の日常の全てに、彼の言葉が溶け込んでいた。彼に全てを聞かれていて、彼の声に密かに欲情している。その事実を考えるたびに、快感が走り抜けた。


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