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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第3章 プレミアム・ハンド
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03 着陸

 それから一週間ほど経った頃、イコライたちのクライアント……つまり戦争中の空中都市だが……は、敵方と一時休戦を結んだ。表向きは和平交渉をしていることになっているが、実態は戦力を補充するための偽装休戦だというのがもっぱらの見方だった。もっとも、敵方も同じ思惑で休戦に同意したので、誰も批判する者はいない。


 そういうわけで、休戦の趣旨にのっとり、イコライたちの飛行隊でも戦力の補充が行われることになった。


「予定より遅れているな……」

「ひょっとして、長距離航法が苦手なタイプか?」

「そうとは限らないだろ。何かトラブルでもあったのかもしれない」

「皆さーん、コーヒーはいかがですかー?」

「「「お願いしまーす!」」」


 青い空を見上げながら、口々に勝手なことを言っているケン、カイト、イコライの三人組に、ソラが魔法瓶に入れてきたコーヒーを配って回る。


 ケンが「くっ、ついありがたく受け取ってしまったが、女性にお茶くみをさせるとは不覚だ……」と何やら悔しがり、カイトが「関係ないだろ。気づいた人がやってくれればいいんだよ」と言っている。イコライは「やっぱソラの淹れたコーヒーは最高だな!」と露骨にソラの機嫌を取りに行き、ソラは「はいはいありがとうございます」などと適当にあしらっていた。


 四人がいる場所は、都市のグラウンド・フロア最外縁にある、飛行場の滑走路だった。都市の反対側にある貨物機用の滑走路では、いまも盛んに物資の搬入作業が行われていたものの、イコライたちがいるのは戦闘機専用の滑走路で、休戦中の現在は静かなものだった。


 それを良いことに、イコライたちは滑走路脇にアウトドア用の椅子やらパラソルやらを並べて陣取っており、軽く傍若無人であった。遠目から見れば、たちの悪い若者集団にしか見えなかっただろう……遠目で見なくてもそうだったかもしれないが。


 何にしても、四人はそうしてわざわざ「派遣の戦闘機パイロット」を出迎えに、滑走路まで出張ってきていた。

 普通はそこまでしないのだが、先日の話し合い以来、イコライたち三人のパイロットには、ちょっとした心境の変化があった。

 仲間はもっと、大切に扱おう……たとえそれが、短期派遣のパイロットであったとしても……と。


「ん……来たみたいだ」

 片耳にイヤホンを入れて航空管制を傍受していたカイトが、他の三人に知らせる。

「真っ直ぐ進入してくる。この滑走路で間違いない」


「よし」とイコライ。「さーて……お手並み拝見といくか」


 戦闘機パイロットの技量を測る一番手っ取り早い方法は、そのパイロットが着陸する様子を見ることだ、と言われている。


 もちろん、スムーズに着陸ができたとしても、それだけで戦闘における全てのスキルを測れるわけではない……だが、そのパイロットが「自分の仕事というものに、どれだけ真剣に向き合っているか」を見るなら、着陸の様子を観察するだけで十分だった。「着陸なんて、多少不格好でもいいや」などと思っているパイロットは、やはりその程度の着陸しかできないものである。


 そうしたわけで、三人のパイロットたちは、ついさっきまでの緩んだ表情を一変させて、滑走路に進入してくる戦闘機を真剣な面持ちで見つめ始めた。


 戦闘機が高度を下げるにつれ、だんだんと細部が見えてくる。


 流れるように美しい丸みを帯びた、小柄な機体。特徴的な前尾翼。大きめのクリップトデルタ翼。

 対地攻撃がほとんどできないキメラを補う多用途戦闘機として、連邦軍にも制式採用されている名機……グリフィンだった。


 口に手を当てて考え込む仕草をしながら、ケンが言う。


「機首に突起がある。あれがIRSTか。本当に最新型のブロック七二なんだな」

「赤外線を感知して、電波を一切出さずに前方を走査できるんだよな」とカイト。「奇襲攻撃や、悪天候時の地形追随飛行に使える」


 さらにイコライが言う。


「HMDもついてて、オフボアサイト攻撃能力もあるんだろ? かなり高価な機体のはずだ」

 すると、カイトがぼやくように言った。

「派遣ってのは、そんなに儲かるもんなのかね」

「それは、腕前次第だろう」


 ケンが淡々と言った後に、イコライが重々しい声で続ける。


「……高性能な戦闘機に乗るのと、気心の知れた仲間と一緒に戦うのと……どっちがいいんだろうな」

「……やめようぜ! なんだか暗くなっちまった!」

「そうだな。出迎えは明るいのに限る」


 カイトとケンがそう言ったきり、一同は黙った。

 グリフィンは、四人の前で見る見るうちに高度を下げ、近づいて来て……ついに、イコライたちの目の前にある滑走路に、タイヤが擦れる「キュッ!」という高い音を立てて接地した。


 その後、地上を滑走して減速するグリフィンを見送っている間も、イコライたちは黙ったままだった。


「あのー……」

 ジェットエンジンの騒音が遠ざかった頃、見かねたソラが聞く。

「どうだったんですか、着陸の腕前は?」


「うーん……まあまあかな!」

 イコライを皮切りに、カイトとケンも口々に言った。

「そうだな! まあまあってところだな!」

「まあ、ひいき目に見ても『そこそこ』ってとこだろうな」


 だが、三人がニコリともせず固い顔で言っているのを見て、ソラは察する。かなり上手かったんだな、と。


 しばらくすると、グリフィンは誘導路を走ってイコライたちの方に向かってきた。この滑走路からだと、そこを通らないと格納庫へ行けないのだ。

 そのタイミングでカイトが「止まれ。話がある」と書かれたプラカードを掲げると、戦闘機はイコライたちの前で停止して、キャノピーを開いた。


「なんなんだ、あんたら」パイロットは女の声で言った。ジェットエンジンに負けない大声だ。「冷やかしならお断りだぞ」

「リズベット・アドラーで間違いないな?」


 イコライは相手が否定しないのを確認して、続けた。


「ブルーオーシャン社の者だ。今回の仕事で、あんたと組むことになってる。今日は歓迎のため出迎えに来たんだ」

「は? 歓迎? ……物好きな人たちだな。駐機した後にしてくれ。燃料代がもったいない」


 言って、リズベットはキャノピーを開けたまま機体を発進させ、イコライたちの横を、ジェットエンジンの轟音を響かせながら通り抜けって行ってしまった。


「感じの悪い女だ」轟音が過ぎ去るのを待ってから、カイトが文句を言う。「俺たちより、燃料代の方が大事だってか」

「照れてるのかなあ……」イコライは頭をかきながら、ソラの方を向く。「ソラはどう思う?」

「そうですね、男の人が三人も出迎えに来たんで、ビックリしたんじゃないでしょうか?」

「あーそうか!」頭を抱えたのは、イコライではなくケンだった。「俺としたことが、配慮が足りなかったか……」

「お前ってさあ……」

「なんだよ、カイト」

「……いや、何でもない」

「うーん」とイコライ。「腕の良い戦闘機パイロットが、そんなことで驚くとは思えないけどなあ……まあいいや。とにかく、格納庫に行こう」

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