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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第3章 プレミアム・ハンド
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02 本物の戦闘機パイロット


 事の発端は、ケンがついに怒りを爆発させたことだった。


「ふざけるな!」


 と叫びながら、飛行隊が借りている事務所に飛び込んでいくケンを、イコライとカイトが慌てて追いかける。


 事務所は、机が六台並べられ、狭い打ち合わせスペースがとってつけたようにあるだけの、小さなオフィスだった。机のうち一台が飛行隊長のギュンター、一台が事務担当のマルコに割り当てられ、残りは隊員が必要に応じて使う、一種のフリーアドレスになっている。


 ケンが血相を変えて飛び込んで来た時には、ギュンターもマルコも在席だった。マルコはギョッとした顔で、ギュンターは余裕の表情で、肩を怒らせて入ってきたケンを見た。

 ケンは憮然とした顔でその視線を受け止めながら、低い声で言った。


「……あのパイロットを雇ったのは、どっちですか?」


 それに対して、マルコは目をぱちくりさせ、首をすくめて恐る恐る聞く。


「あのパイロット、というのは?」

「今日死んだあのパイロットのことです!」


 ケンはマルコに食ってかかった。


「あんな何の教育も受けていないようなパイロットを、実戦に投入するなんて……マルコさん、あんた何を考えてるんだ!」


 すると、後ろからついてきたイコライとカイトが、口々に言う。


「まあまあ、落ち着けよ、ケン」

 と、イコライはケンをなだめ、

「お前にも、こんな風に怒ることがあるんだなあ……」


 と、カイトは何やら感心している。

 だが、イコライもカイトも、ケンの怒りにはうなずけるところがある、とは思っていた。




 ケンの怒りの原因は、こういうことだった。


 ケンが入社してからの四ヶ月間で、飛行隊は三件の戦争をこなした。

 ところで、戦闘機パイロットは、二人一組でコンビを組んで、戦闘中はお互いを助け合う。基本的にはよくできた仕組みなのだが、これが時として問題の種になる。


 一件目の戦争の時は、イコライが自らケンと二機編隊を組んだので、問題は生じなかった。

 問題は二件目の時に起きた。カイトがイコライとのコンビ解消に不満を見せたため、イコライは再びカイトと組み、ケンには新人と組んでもらうことにしたのだ。


 だが、この新人というのが、酷いパイロットだった。


 遠距離からミサイルを撃ち合っている間は良かったのだが、敵の隊形に隙ができたのを見て編隊が接近戦を挑もうとしたところ、なんとこの新人は「接近戦は危険だ。自分は行きたくない」と言って命令を拒絶したのである。そのせいで、イコライたちは接近を中止せざるを得なかった。


 当然、この新人はすぐにクビになったのだが、ケンは怒り心頭だった。もし俺が不意打ちを食らっていたら、きっとあいつは助けずに逃げ出していたに違いないとケンは言ったし、イコライも、まあ多分その通りだろうなと思った。


 実を言えば、飛行隊長のギュンターは、紹介で入社するパイロットには高い技量を求めるものの、単価の安い新人の技量はあまり重視しない傾向があった。


 マルコから聞き出したところによると、その理屈は次のようなものだった。紹介で入社したパイロットは、派閥を作って上司に対抗してくるリスクがあるから、高い技量を持っていてくれないと割に合わない。しかし、新人にはそうしたリスクがないから、単価さえ安ければ、練度が低くても構わない、と。


 そして、今回の三件目でも、ギュンターは穴埋めに単価が安くて練度が低いパイロットを雇い、ケンにあてがった。だが、そのパイロットは今日、名前もろくに覚えられないまま死んでしまった。前のパイロットは臆病すぎたが、今回のは血気盛んすぎた。彼は周りが止めるのも聞かず、敵の見え透いた誘いにまんまと引っかかって、死んだ。


 いまごろ敵は「撃墜報酬、おいしいです」とでも言っているかもしれない……。


「不愉快な思いをさせたようで、申し訳ないね、ケン君」


 マルコが怒り狂うケンを前に縮み上がって何も言えなくなっているのを尻目に、ギュンターは、こんなことは予想していたとでも言わんばかりの、余裕たっぷりの声で言った。


「しかし、君たち三人の単価は高い。もしそこに、もう一人単価の高いパイロットを入れてしまうと……後は、言わなくてもわかるかな?」

「なっ……」


 戦闘機は二機一組で戦う……と言っても、さすがに二機だけでは戦力として心もとないので、二機編隊を二つ組み合わせて、四機編隊を組むことが多い。この四機編隊が、航空戦の基本単位だ。


 イコライ、カイト、そしてケン。三人とも優秀なパイロットだが、三という数は、この世界では中途半端だった。このままでは、どうしても部外者を一人入れなくてはならなくなる。


 もしそこに、単価の高いパイロットを入れたらどうなるだろう。イコライたちの四機編隊は単価の高いパイロットばかりとなり、必然的に、危険な任務が割り当てられやすくなる。上司からすれば、そうしなければ利益が出ないのだから当然だ、という理屈だ。


「……」

 ギュンターから暗に指摘されたケンは、何も言えなくなってしまい、黙りこんでしまう。

 だが。

「……俺は、それでもいいと思うけどな」


 イコライがそう言うと、全員の注目が、一転して彼に集まった。


「イコライ……?」

「単価の高いパイロットを入れてもらう。その代わりに、危険な任務を引き受ける……俺は、それでもいいと思う」

「ほ、本当に、いいのか?」


 そう聞くケンに対して、イコライは堂々とした表情で言った。


「前々から思っていたんだ。最近は練度の低いパイロットが多すぎる、もっと練度の高いパイロットだけを実戦に投入するべきだ。俺たちだって、たとえ危険な任務に放り込まれるとしても、優秀なパイロットと組んだ方が、生き残れる確率は高くなるはずだよ」


「イコライ、お前……」


「ケンが言い出してくれたのは、良い機会だ。もう一人、単価の高いパイロットを……本物の戦闘機パイロットを入れてもらおう。ああ、カイト。もちろん、お前さえよければ、だけど」


「とってつけたように言われてもな」カイトはどこか不満そうに肩をすくめつつも「でも、いいよ」と言った。

「俺も、どうせ一緒に仕事をするなら、優秀なやつと組みたい。その方が、働いてて気持ちがいいよな。危険な任務だって、言い換えれば、やりがいのある仕事、ってことだし」


「決まりだな」


 そう言うと、イコライは、真っ直ぐにギュンターの方に向き直った。


「ギュンター飛行隊長。お聞きの通りです……単価が高くても構いません。もう一人、優秀な戦闘機パイロットを入れてください」

「……そういうことなら、私も歓迎するよ」


 ギュンターは、珍しく笑みを見せた。単価が高いとはいえ、危険な任務を任せられる四機編隊。彼にとっては、使い勝手の良い駒だろう。

 ギュンターは白々しい笑顔を能面に貼り付けて、マルコの方に向き直る。


「マルコ?」

「えー、わかりました。おっしゃる通りにしましょう……ただし、すぐには補充できませんので、それまでは当面、派遣社員のパイロットを入れることにします」

「それも、優秀な派遣を頼む」

「わかりました」


 こうして、イコライたち三人の元に、もう一人の「本物の戦闘機パイロット」がやってくることになった。


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