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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
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65 名推理

「サヤカ。どういうことか、説明してもらいましょうか」


 ミキとサヤカは、サン・ヘルマン島の近くにある別の島の滑走路に降り立っていた。

 戦闘機から降りるなり、ミキがサヤカに詰め寄ると、サヤカは「うう……えっぐ……えっぐ」などとむせび泣きながら、こう供述した。


「あいつらを殺そうとしたんですけど……負けちゃいました」

「あいつらって?」

「イコライとケンです」


 サヤカは洗いざらい白状した。ミキの落ち込みようを見て、あの二人への復讐を決意したこと、実技試験のどさくさに紛れて撃とうとしたこと、しかしドッグファイトで負けてしまったこと、仕方なく後ろから撃とうとしたら、ミキが駆けつけてくれたこと。


「なんてことを……」

「お、お姉さま……どうしてあたしがあそこにいるって、わかったんですか」

「まず、朝起きて……もう昼に近かったけど……この遺書を読んだ」


 ミキはサヤカの目の前に紙切れを突きつけた。そこには、ひどく下手くそな字でこう書かれていた。


「いままでお世話になりました。本当にありがとうございます。今日、あいつらが死んだら、やったのはあたしです。お姉さまだけは、どうか覚えていてください。さようなら。■■■■■■」


 最後の部分が何やら塗りつぶされてはいたが、ともかくこれを読んで「サヤカが何か事件を起こしたら、自分も責任を問われるかもしれない」とあわてふためいたミキは、次のような行動を取った。


「まず『今日、あいつらが死んだら、やったのはあたしです』と書かれていることから、サヤカは自分がやったとバレない形で誰かを殺そうとしていると推理した。でも、サヤカは暗殺に関しては素人でしょ? だからきっと、戦闘機で殺そうとしてるんだと思った。乗り込む時さえ身分を偽っておけば、誰がやったのかすぐにはわからないからね。それでフェアリィ社の制服を着て空港に行って、スタッフに片っ端から聞いたの。『男みたいな名前の女の戦闘機パイロットがいなかったか』って。戦闘機パイロットのほとんどは男だから、女の身分を借りるのは難しいはず。だから男の名前を騙るはずだと思った……そしたら、ビンゴ。後は試験空域まで飛びながら、空港職員にフェアリィ社の社員証をチラつかせて聞き出した周波数で無線を傍受し、一切喋らないあなたの乗機を特定」


「すごい!」驚きのあまり、サヤカの涙が止まる。「お姉さま、名推理! 名探偵! すごい!」

「フッ。これぐらいどうってこと……じゃなくて! あなた、一見すると計画的だけど、実は全くの無計画でしょ! 殺した後はどうするつもりだったの? 逃げ切れるわけないでしょ、こんなの!」


 すると、サヤカはションボリと、いじけたようになってこう言った。


「燃料が切れるまで飛んで、最後は海に沈むつもりでした」

「は? 正気?」

「はい。そうしたら、あたしは行方不明、殺人犯も不明で、事件は迷宮入り、ってことで処理されると思いました」

「そ、そんなわけないでしょ!」ミキは怒鳴った。「女の戦闘機パイロットが同じ日に殺人を犯して、行方不明になったら、誰だって別人だとは思わないでしょうが!」

「……あ、そっか」サヤカはボソボソと元気なく言った。「すいません。あたしバカなんで」


「ほんとにもう……ねえ、それじゃ、本気で死ぬ気だったの?」

「はい」

「どうして……どうして、そんな簡単に」

「だって……お姉さま、転職しちゃうから」

「はあ?」

「お、お姉さまが転職しちゃったら……あたし、独りぼっちになっちゃうから」


 ……ああ、そういうことか、とミキは納得した。

 サヤカみたいな問題児を扱えるのは、フェアリィ社広しといえどミキぐらいのものだろう。

 だから、ミキが会社を離れたら、サヤカは社内で孤立してしまう。

 会社の中で孤立するというのは、学校の教室で孤立することより、何倍も恐ろしいことだ。

 だからサヤカは将来を悲観して、思い詰めてしまった……そういうことなのかな、とミキは思った。

 もちろん、それはひどい勘違いなのだが。


「ったく。しょうがないな、もう……」ともあれ、ミキはこう言った。「じゃあ……一緒の転職先、探す?」

「え?」サヤカの顔が、ぱあっと花が咲くように明るくなった。「そんなこと、できるんですか?」

「優秀な部下と一緒にチームごと転職……ビジネスエリートの間じゃ、たまにあることだよ」


 まあ、ミキやサヤカみたいな新人にはまずあり得ないことなのだが、それはミキは黙っていた。この狂犬には首輪をつけておかなければ危険だし、もし本当に一緒の転職ができれば、その戦闘能力の高さはいくらでも使いようがある。


 今回だって、サヤカが負けたのは慣れないJan-12を使ったからだし、(後で詳しく聞いた時にミキは知ることになるのだが)サヤカは負ける前にスナップショットを撃つ機会が二回あった。実戦なら、そのうちのどちらかで相手を撃墜していた可能性が高い。


「ほ、ほんとに……ほんとにいいんですか?」

 と聞くサヤカに、ミキは言った。

「まあ、できたらね。できたら……だから、あんたも頑張ってよ。転職活動」

「は、はい!」サヤカは弾けるような笑顔で言った。「あたし、頑張ります!」

「……じゃあ、まずはサン・ヘルマンに戻りましょうか」


 ミキがそう言うと、二人は別れて戦闘機のコクピットに戻って、離陸準備を始めた。

 座席についた後、ふと、サヤカはミキから突き返された紙に目を落とす。


 ミキが遺書と呼んだその手紙の末尾は、黒く塗りつぶされていた。

 だが、その部分には、最初はこう書かれていた……「愛しています」と。


 ミキの重荷になるのが嫌だと思って慌てて消して、でも本当にそれで良かったのかとさっきまで悩んでいたのだが、結果的には、そうして良かったとサヤカは思う。

 そして、一息ついたら、またお馴染みのコーヒーチェーンで、ブラックコーヒーを飲もう、と思った。


 人生最後のブラックコーヒーを楽しむには、まだちょっと早かったみたいだ。

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