64 これが自由ってことだよ
イコライとケンが着陸し、駐機作業を終えて地上に降り立つと、カイトが真っ先に駆け寄ってきた。
「お疲れ! 思ったより激戦になったな」
「ああ、全くだ」
カイトから飲み物を受け取りつつ、イコライは言った。
「あれほど腕の立つパイロットはそうそういないぞ……一体、どこから連れてきたんだ?」
「んー、それがおかしいんだよ。マルコに聞いたんだけど、派遣会社から適当に単価の安いパイロットを送ってもらっただけだ、って言うんだ」
「妙だな……」
「きっと向こうも何か訳ありだったんだろう」同じくカイトから飲み物を受け取りつつ、ケンが言った。「白昼堂々と、連邦軍にご同行されるぐらいだからな」
ケンが言ったとおり、サヤカこと試験官Aは、突如として現れたフェアリィ社のミキ・イチノセ中尉によって「捜査上明かせない理由」によって連行されてしまった。戦闘機に乗ったままで、だ。「ミキ! またお前か!」などと驚いている暇も言っている余裕もないくらい、あっという間の連行劇だったので、イコライたちは最後まで試験官Aの顔も見れなかった。
「カイト」とイコライ。「お前、管制役もやってたから、少しぐらい話したろ。どんなやつだった?」
「ああ。必要最小限のやり取りしかしなかったが、試験官Aは女の声だったな」
「女?」ケンは目を丸くする。「いや、これは決して女性差別ではないんだが……現実問題として、女性の戦闘機パイロットは珍しいよな。SHILFではそうだった。連邦でも同じだろ?」
「ああ、同じだよ」とイコライ。「女で、しかも強いやつとなると、これまで出会った中でも数えるほどだ」
イコライは、学生時代に模擬戦で対戦した、ミキやサヤカの顔を思い浮かべる。あのレベルの女性パイロットとそのへんで出くわすなんてことは、少々考えづらいのだが……。
と、その時だった。
「女がどうとか聞こえてきたが。安心した途端、女性の話か?」
マルコを伴い、遅れて近づいて来たギュンターが嫌みたらしくそう言う声が聞こえて、イコライたちは会話を打ち切って振り返った。
「仕事の話ですよ、隊長」とイコライ。「近頃は腕の良い女性パイロットが増えてるんだな、って話です」
「ふむ。男女平等は結構なことだ。女性をモノ扱いする男よりよっぽどマシだね」
「……」
イコライはギュンターは自分のことを言ったのだと思ったが、ここは黙っていることにした。
「それはそうと」とギュンター。「改めて、ケン・ブライトニー君。君の実力は確かに見せてもらった。ぜひ我がブルーオーシャンエージェンシー社・第三戦闘飛行中隊に歓迎したい」
「ありがとうございます」
差し出された手を握りつつ、ケンは一言付け加えた。
「お互いに気持ちよく働いていけるよう、努力していけたらいいと思います」
「……ああ、全くだな。私も少し、気をつけるべき点があるかもしれない」
ギュンターはここはケンの顔を立てておこうと思ったのか、一歩だけ譲歩した後、こう続けた。
「それでだ、ケン。君の給料のことなんだが、いくらぐらいを希望しているのかね」
「え? ええっと、それは」
希望する報酬など聞かれたこともなければ考えたこともなかったので、ケンはつい戸惑ってしまった。
「た、高いに越したことはありません」
「ふむ。それでは……」
「待った」
と、イコライが急に割り込んできた。
「最初のうちは、単価は低い方がいい」
「え?」ケンは目を丸くする。「どういうことだ、イコライ」
「いいから言う通りにしろ。悪いようにはしない」
「……ケン?」
胡乱げな目を向けてくるギュンターに、ケンはどうにか答えた。
「ええっと……やっぱり、単価は低い方がいいです」
「しかし、それではな……」
「ギュンター隊長」と、これはマルコが言った。「経理担当として言わせてもらえば、悪い話ではありません。ここは受けておくべきかと」
「……わかった。いいだろう。だが、君の腕前では、他の社員の手前、すぐに単価は上がってしまうだろうということも、付け加えておくぞ」
「ええ、わかりました」
「では、二人とも着替えろ。会議室を取ってあるから、そこで詳しい手続について話す」
そう言うと、ギュンターはマルコを連れて遠ざかっていった。
「イコライ」
声が届かない距離までギュンターが遠ざかるのを確認すると、ケンは言った。
「どういうことか説明しろ。なんで給料が低い方が良いんだ?」
「あのな、ケン」イコライは真剣な面持ちで言った。「これは連邦で傭兵をやる時は常識だから、よく覚えておけ……単価が高い傭兵はな、より危険な仕事に回されるんだよ。これまでの例から考えても、あの人は俺たちに危険な仕事をさせたがってるのは間違いない。注意しろ」
「……」
「最初のうちは色々慣れないこともあるだろうから、大事を取って安全なポジションにいた方がいい……ケン。お前、他にも色々知らないことがありそうだからな。これからは、ギュンター隊長に何か言われても即答はするな。まず俺たちに相談しろ」
「わ、わかった……」ケンは難しげに腕組みをして言った。「連邦で働くというのは、大変なんだな……上司ですらも、信用できないとは」
「へへ。ようこそ、連邦に」すると、カイトがさも面白そうにニヤニヤと笑いながら言った。「これが自由ってことだよ、同志」
続けて「上司が信用できないのが自由なわけないだろ」「わかってねえなあ、同志」「お前に同志と呼ばれるいわれはない」などと喧嘩を始めた二人を、イコライはどことなく、微笑ましげな様子で見守るのだった。




