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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第1章 エンゲージメント
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6 進歩

 そして、話は三日後に戻ってくる。


 会議室は剣呑な空気に包まれ、場の雰囲気を和ませようとして軽口を叩いたつもりのカイトも、むしろ火に油を注ぐ結果となる(カイトはわりとよくそういう失敗をやらかす)。


 ミキは三人を会議室に案内した後、「報告書の印刷がそろそろ終わる頃なので、取ってきます」と言って部屋を出て行った。そのすぐ後、イコライはトイレに行くと言って、同じく部屋を出て行く。


「ソラちゃん」

 カイトがソラに向かってささやいてくる。


「あれには深い意味はないと思うよ……あいつは昔から、大事な何かの直前にトイレに行くんだ。あと、空気が読めないのも昔からだ」


「それぐらいわかってます」ソラはむくれ面になって言う。「心配し過ぎです、カイトさん」

「そうか……じゃ、これはわかってるかな?」

「え?」


「あいつはきっと、ソラちゃんを泣かすようなことはしないよ……昔からイコライは、一度好きになった相手にはとことん尽くすタイプだった。尽くし方がちょっと歪んでいるだけで、本人に悪気はないんだ」


「……それもわかってます」とソラ。「でも、そうですか。昔からなんですか。それは知りませんでした」

「……」


 余計なこと言わなきゃよかったな、などと、カイトは彼にしては珍しく反省した。



 トイレから戻って来て、会議室のドアの前まで来た時、イコライはミキと鉢合わせた。フェアリィ社の白い軍服をビシッと着こなしたミキ。学校の制服を着ていたあの時と変わらない。かっこいい。


 なんだか学生時代にもこんなことがあったような気がするな、と思いながら、イコライはハンカチをしまい、ミキよりも先に、会議室のドアノブに手を伸ばそうとした。


 が、そのタイミングで、ミキが話しかけてきた。

 昔から、ミキの方からイコライに話しかける時、用件は一つしかない。ミキは怒っていた。


「ねえ、あのロボット、なんでここにいるの?」

「え?」イコライは虚を突かれて聞き返す。「どういう意味だよ?」


 すると、ミキは表情に一層の苛立ちを滲ませて言った。

「ロボットは呼んでないんだけど」

「ああ、そういうことか……メールには全員で来いって書いてあったから、てっきり」


「とぼけないでよ」

「は? とぼけるって、何を?」


「あのロボット、私に見せつけるために連れてきたんでしょ」

「……」


 その時、イコライは、自分がミキに対して怒るのは初めてかもしれない、と思った。


「あのな、ミキ。俺にとって、ソラは人に見せつけるような『モノ』じゃないんだ。俺はソラのことを人間と同じように扱うことにしてる。なんでだかわかるか?」

「さあ? 使っているうちに情が移ったから?」


「俺は、学校を中退してすぐ働き始めた。実戦に初めて出たのは四年前かな。たくさん撃ち落としてきたよ」

「いきなり何の話?」


「ミキ。お前は軍大学に進学した後、去年卒業して就職したんだよな。実戦にはもう出たか? 何機落とした?」

「三機」


「あの子はゼロ機だよ。ソラは誰も殺してない」

「だから、何の話?」


「俺たちは人間として生まれた。良い教育を受けて、学校の成績も良くて、五体満足で……なんだって出来たはずだった。その気になれば、世界を変えることだって、出来たかもしれない。でもいま、俺たちはその力を何に使ってる?」

「説教を聞く気はないんだけど」


「ソラは誰も殺してない。あの子の手は引き金を引くためにあるんじゃない。あの子の手は、料理を作ったり、掃除をしたり、服を繕ったりするためにあるんだ」

「だから、何の話なの!」


「あのな、ミキ……俺たちなんかよりも、ソラの方が、よっぽど人間らしいんじゃないのか?」


 イコライは、返事を聞かず、ドアノブを開けて会議室に入った。

 だが、ミキはすぐ後を追いかけて部屋に入って来て、イコライの背中に、こんな言葉を浴びせた。


「自分を振った女にそっくりのロボットを買って、慰み者にしてるような男に、人間性について語られたくない!」


 それを聞いて、カイトは口をあんぐりと開けて固まった。

 イコライは、唇をぎゅっと結んで、何も言わなかった。

 そしてソラは……真顔のまま立ち上がって、ミキの前まで歩いた。


 ミキが、ソラのことを面と向かって見返した、その時。

 ソラは、手を振り上げて、ミキの頬を張った。


 パチン、という破裂音がして、部屋の中は静まりかえった。


 信じられない、という顔をして頬を押さえるミキに向かって、ソラは言う。

「……昔、あなたとイコライさんの間で、何があったのかは知りません。でも、どうせあなたが一方的に悪かったんでしょう!」


「な、何を……」


「だってあなた最低だもの! ……イコライさんは、とっても優しい人なの。私みたいなロボットにも、ちゃんと優しくしてくれる人……そりゃ私だって時々、イコライさんがどういう人なのかわからなくなって、不安になることもあるけれど……でも、私にはわかるの! 本当はとっても良い人だって! そんなイコライさんに、あなた、一体どうしたらそんなひどいことを言えるの?」


 当然、ミキも言い返した。


「……あなたは、この男の本性を知らない。こいつ、頭がおかしいんだよ。いまは少し歳を取ったおかげで、まるで普通の人間みたいに振る舞えるようになったらしいけど、どうせそのうち本性が出る。狂った人間の本性がね」


「へえ? いまのあなたみたいに?」

「っ! このっ!」


 ミキが、ソラを殴ろうとして腕を振りかぶる……が、そんな二人の間に、イコライが割って入って、ソラを守るように立ち塞がった。


 手を止めたミキが、怒りの形相を変えずに言う。


「そこをどいてよ……あんたを殴るのは色々と問題があるけど、ロボットなら、殴れる」

「殴れよ、俺を」


 イコライは一歩も引かず、毅然として言った。

「初めて会った時みたいに」


 その時、

「はい、ストーーーーップ! そこまで!」


 この場で唯一、修羅場と無関係なカイトが、遅ればせながらようやく三人を止めに入る。


「イコライ、ソラ。お前らやっぱりさっさと帰るべきだった。っていうか今すぐ帰れ。あ、ミキ、その手に持ってるのが報告書? 俺が受け取るから。ああー、説明を受けて、報告書も受領しましたっていう、サインか何かすればいいだろ? 俺一人で全員分サインするから。それでお開きにしよう。な? な?」


 カイトが言うと、まずイコライが、ソラの手を引いて部屋を出て行った。ミキも、振り上げた手を下ろし、報告書を机に置いて、書類を取りに行った。


 ミキはすぐ戻ってきて、カイトに受領のサインをさせる。

「あなたたちが今でもつるんでるなんて、びっくりした」


 などと、ミキは嫌みたらしく言う。

「進歩ってものがないんだね」

「んー?」


 カイトはペンを仕舞いながら、飄々とした様子でこう言い返した。

「俺はどうかしらんが、イコライのやつは、だいぶ進歩したと思うね」


「はあ? あれのどこが」

「……昔のイコライなら、お前さんを殴った相手のことを、半殺しにするまで許さなかったはずだよ」


「なっ……」

 それを聞くと、ミキは黙り込んだきり、何も言い返せなかった。

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