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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
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54 面接


 いつも通りの訓練メニューを消化した、その日の夕方……サン・ヘルマン空港の滑走路が見える喫茶店で、イコライは、ケンのことを二人の男性に紹介していた。


「こちら、ケン・ブライトニーです。ケン、こちらがうちの飛行隊長のギュンター・アイヒマン氏と、飛行隊の事務全般を統括してるマルコ・ヘルナンデスさんだ」

「よろしく」

「よろしくどうも」

「よろしくお願いします」


 ギュンター、マルコ、ケンが三者三様に挨拶を交わし、イコライにうながされてテーブルにつく。


 飛行隊長のギュンター・アイヒマンは、イコライたちの直属の上司にあたり、人材採用も含めて会社から大きな権限を付与されている人物だった。背の高い痩せこけた白人で、アッシュブロンドの髪や出っ張った頬骨、そして鋭い鷲鼻が目を引く顔を、ほとんど常に無表情に保ち続けている。顔だけ見るとどこか不健康そうな印象を受ける男だったが、実際には首から下は均整の取れた長距離ランナーのような体つきをしていて、戦闘機パイロットとしてまだまだ現役だ。


 一方、事務担当のマルコ・ヘルナンデスは、色黒で丸顔、中肉中背で、心持ち垂れ下がった目が良く言えば柔和そう、悪く言えば弱気そうに見える、優男風の人物だった。だがよく見ると、団子鼻の上に乗った眼鏡や、胸ポケットに収まった万年筆はどちらも高級品で、こと自分の職分においてはプロ意識を徹底する姿勢がうかがえる。実際、彼は会計・法務・人事など多分野にわたる知識と経験を持つ優秀な事務スタッフだった。そんな人材が中堅規模の傭兵会社なんかで働いているのにはもちろん理由があるのだが、いずれにせよ、イコライたちにとって頼りになる後方支援担当には違いなかった。


 今日はこの二人でケンの面接をすることになっていた。面接は主にマルコ主導で進行し、ギュンターは無表情で二人の会話を聞いていた。


「早速ですが、ケン・ブライトニーさん……ファレスタシア地方にある小国で、政府空軍に所属しておられたと」

「はい」

「安定した公務員の立場を捨てて、民間に転職しようと思った理由は?」

「公務員というのは、とにかく狭い世界でして……世間知らずのまま歳を重ねていくのは嫌だと、以前から思っていました。そこにちょうど、戦争がありまして」

「ほう」

「ごく小規模な戦争で、すぐに勝利することができたんですが……その時に一緒に戦った民間のパイロットを見て、刺激を受けました」


「刺激とは、どんな風に?」

「ええっと、なんと言いますか……組織としての意思決定の迅速さや、柔軟性ですとか。あとは、現場の人材が豊富な経験を持っていることですね。判断の正確さや、自信に満ちた様子……そういった部分が印象に残っています。自分もそんな人材になりたいと思いました」


「命が惜しくはないんですか? 政府空軍にいた方が、実戦が少ない分だけ安全でしょう」

「もちろん、死ぬのは怖いです。ただ……自分が安穏と過ごしている間に、どこか他の場所で、実戦を通して腕を磨いているパイロットがいるのだと思うと、そっちの方が不安といいますか。常に上を目指して生きていきたいんです」


「なるほど、向上心がおありなんですね……それで、イコライさんと知り合ったきっかけは?」

 これはイコライが答えた。

「ビジネス系のSNSで良い人材を探していてさ。俺から声をかけたんだ」

「ヘッドハンティングですか? イコライさんが?」

 マルコは人差し指で眼鏡の位置を直した。どこかうさんくさそうな顔をしている。

「そりゃまたどうして?」


「この間の戦争で、またロクでもないパイロットと組まされたからだよ」

 イコライは肩をすくめた。

「こんな調子じゃ命がいくつあっても足りないと思って、自分で優秀な人材を探してたんだ。休暇が延長になって暇だったし。それで求職中のケンを見つけた」


「ははあ、なるほど……」

 マルコはそう言うと、おもむろに身を乗り出して言った。

「ひょっとして、何かワケありですか?」

「……」


 図星を突かれて、一瞬、イコライとケンは固まったが、すぐに笑ってごまかそうとした。


「マルコさん、一体何を……」

 だがマルコは畳みかけるように言う。

「ワケありじゃないというなら、聞かせてください。どうして他社ではなく、イコライさんの誘いに乗ったんですか?」

「え……?」

「政府空軍できちんとした訓練を受けていて、実戦も経験している。ケンさんの経歴なら、ビジネス系のSNSに登録した瞬間、各社の人事部から引っ張りだこになるはずです」


「なんだって?」イコライはマルコの台詞に驚いた。「俺が前に転職した時は、エリシアム中退のあとに二年ちょっとの実務経験って経歴だったけど、どの会社でも経験が足りないって言われてすごく苦労したぞ。いまのケンと大して変わらないだろ」


「ここ数年で相場が変わったんですよ、イコライさん」とマルコ。「いまはパイロットが足りてないんで、きちんとした訓練を受けたっていうだけで、どこの会社も欲しがるんです……ケンさん。なぜ本来あったはずの公式のオファーではなく、イコライさん個人の誘いに乗ったんですか? わざわざサン・ヘルマン島に滞在するあたりずいぶんな熱の入り用ですが、入社できると決まったわけでもないのに、そこまでする理由がよくわかりませんね」

 一呼吸挟んで、マルコは言った。

「つまり、ワケありなのではないかと」


 イコライとケンは、今度こそ押し黙った。現在の傭兵業界における人材の相場観など、二人は知らない。だがマルコはちゃんと知っていた。そのせいで、嘘がバレた。

 しかし、そのタイミングで、初めてギュンターが口を開いた。


「経歴に傷があろうなかろうが、そんなことはどうでもいい」低く冷たい声。「強いか、弱いか……戦闘機パイロットというのは、それだけが問題だ」

「ああ、その点は僕も同感ですよ」とマルコ。「別に、ワケありじゃダメだというつもりはありません。何を隠そう、僕自身がワケありですからね。なはは」


 どうやら、ケンの経歴について突っ込んで聞く気はないらしかった。やや肩の力を抜きつつ、イコライは言う。


「腕なら問題ない。ケンは強いよ。俺が一緒に飛びたいって言ってるのは嘘じゃない。ケンとなら、きっと生き残れる」

「なら、いいだろう」ギュンターは淡々と言った。「以前、お前がカイトをスカウトしてきた件には満足している。イコライの人を見る目は確かだ……では、明日の実技試験で実力のほどを見せてもらおう」とギュンター。「ただ……一点だけいいかな、ケン」


「はい?」

「君は、人形は好きかね?」

「……は?」

「ギュンターさん」


 ぽかんとするケンをよそに、イコライは苦々しげに言う。


「何度も言っているでしょう。ソラは人形じゃないです」

「ロボットと言い直せと? バカバカしい。同じことじゃないか」


 言い返すギュンターの方も、無表情をやや崩して、不愉快そうになっていた。


「それで、ケン。君にはそっちの趣味はあるのか?」

「い、いえ、自分は違います」

「そうか。いや、それは失礼した。この男が連れてきたものだから、ひょっとして『そっち』のつながりかと思ってね」

「……ギュンターさんは、セクサロイドはお好きでない?」

「あんなもの、好きな連中の気が知れんよ」


 そう言ったギュンターは、無表情に戻ったように見えたが、心なしか、怒りのあまり目を見張っているように見えた。


「いいかい、ケン。君もいつか、愛する人と出会い、家族を作るだろう。まともな人間であれば、それが自然なことだからな。君だって、そうやって生まれ育ったんだから」

「は、はあ……」

「子供が産まれれば、人は変わるものだ。若い頃は私だって、生きる意味についてあれこれ考え続けていたものだが、初めて子供を抱き上げた瞬間、そんなものは全てどうでもよくなってしまった。生きる意味を探すのに、思索を巡らす必要などない。ただ、人を愛せばそれでいいんだ」

「……お言葉を返すわけではありませんが、自分には、イコライとソラさんは愛し合っているように見えますよ」

「イコライをかばうのか。心根が優しいのは結構なことだ。しかしな、考えてもみろ。セクサロイドというのは商品、つまり金で買えるものじゃないか。そんなものが生きる理由になると思うか? もしそうだと言い張るのだとしたら、それは単に、メーカーの巧みなマーケティング戦略に騙されているだけなのでは?」


「よく言うよ」イコライは言った。「ケン。あんまり真面目に聞いてちゃダメだぜ。この人はな、自分には家族がいるからって言って、危険な空域は絶対に飛ばないんだ。いつも後ろの方から、遠距離ミサイルを撃ってるだけなんだよ」

「指揮統率に専念していると言って欲しいね」ギュンターは反論する。「私だって、君たちぐらいの歳には最前線で戦ったさ。物事には順序というものがあるんだ。もっとも、中にはまともじゃない人間もいるがね。そういうやつはせいぜい粋がって、死ぬまで前線で戦えばいいさ」

「言われなくても、俺は好きにしますよ」


「やれやれ……初対面で見苦しいところを見せてすまないね、ケン」

「い、いえ」

「なんにしても、腕の良い戦闘機パイロットはいつでも歓迎だ。私は自分の指揮に自信を持っている。今日までイコライやカイトが無事だったのは、私の功績さ……とはいえ、私が家族を食わせていられるのは、若くて優秀な部下のおかげでもある、ということまで否定はしない。中には気に入らない趣味を持つ者もいるわけだし、もしかしたら、過去の経歴に傷がある者もいるかもしれないが、仕事中は全部忘れることにしているんだ……優秀でありさえすれば、な。私の言うことがわかるか、ケン」


 ケンの目に力がこもる。

「確かに、心得ました」

「つまり、これ以上御託を並べても仕方ないというわけだ……明日の実技試験だ。合否はその結果を見て決める」

 ギュンターのその一言により、場は散会となった。




 だが、席を立って店を出る一行の様子を、そっとうかがっている女が一人いた。


 帽子とサングラスで変装したサヤカは、テーブルの下に置いた荷物に指向性マイクを忍ばせ、イヤホンで会話を盗み聞きしていた。


(実技試験って……あいつ、就職する気なのかよ。自分の立場わかってんの? 頭おかしいんじゃねえの?)


 とは思いつつも……これは好都合かもしれない、とサヤカはほくそ笑む。


 イコライたちを殺すために、地上で襲撃することは真剣に考えた。だが、それではすぐに自分が捕まってしまい、ミキに迷惑をかけることになるだろう。


 だが、空の上でのことだとしたら、どうだろう?

 上手いこと、誤魔化す方法があるのでは?


 イコライたちを殺しつつ、犯人が自分だと知られないようにする方法……サヤカはそれを、真剣に考え始めた。


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