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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
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53 絶対に殺す

 ケンのリハビリは、連日に渡って続けられた。午前は基礎体力作り。午後は戦闘機に乗っての実践的な訓練。会社の採用試験の日程が決まり、あまり時間がなかったので、過密スケジュールだ。

 だが、そんな規則正しい生活は、ある人物の仕事をやり安くしていた。




 出た。また同じ時間だ。


 ブラド邸から車が出て行くのを双眼鏡越しに確認したサヤカは、バイクにまたがってエンジンをかけ、急いで発車した。


 見晴らしの良い山の上を監視拠点としたのはいいが、急がないと車に先回りできないのが難点だった。とはいえ、見つかる恐れを考えると、これ以上は近づけなかった。ブラド邸の周囲は一面のヒマワリ畑だったし、畑には花の生育状況を確認するためのドローンがしょっちゅう飛んでくるので、隠れる場所などなかった。


 そこでサヤカが考えたのが、車ではなくバイクを使うことだった。バイクは四輪車よりも重量が軽く、急加速や急減速が効く。曲がりくねった山道を、素早く駆け抜けるにはもってこいだった。それに、街中を追跡するのにも、バイクの方が便利だ。


 サヤカは基本的に運動神経が良い。山道だって楽勝で、右に左にカーブするアスファルトを、体重移動を巧みに繰り返しながら猛スピードで下っていく。


 不思議なもので、バイクで走っていると、戦闘機で飛んでいる時よりも速く感じる。地面が近いせいだと頭ではわかっていたが、それでもやはり不思議な感じがした。全身で風を切る感触も、戦闘機に乗っている時には味わえないものだ。


 悪くない……悪くないけれど、やはり好きというほどではないな、とサヤカは思う。

 バイクにはミサイルも機関砲もついてないから、人を殺すのに不便だ。


 まったく、チェーンソーぐらいつければいいのにな、とサヤカは本気で思う。

 チェーンソーを水平に展開して、道を歩く歩行者たちを、追い抜きざまに真っ二つにしていくのだ。噴き出す血しぶき、路上にバタバタと横たわる切断死体……きっと、さぞ楽しいに違いない。


 そんなことを考えながら、サヤカは予定していた待ち伏せポイントでブラド邸から出た乗用車をとらえ、追跡した。

 とはいえ、向かう先はおおよそ見当がついている。


「また空港か……」


 ここ数日の監視活動で、サヤカはイコライたちのスケジュールを把握していた。彼らが毎日午後に空港を訪れ、戦闘機に乗って離陸していく、というところまで突き止めている。


 一行はいつも三人組。一人はイコライ。もう一人は学生時代にサヤカも顔を見知っているカイト・メイナード。最後の一人がファレスタシア系の男……ケン・ウェーバー。




 数日前、堂々と空港を歩いていたケンを見つけたサヤカは、警備員に「あの男がポケットに拳銃を隠し持っているのがチラッと見えました!」と言いつけた。警備員はすぐにケンを取り調べ、持っていた端末で身分証も確認したのだが……何も出なかった。「あれえ? あたしの勘違いでしたかあ??」と言ってごまかしたが、警備員から滅茶苦茶怒られた。ものすごく屈辱的だった。


 そこでサヤカは昨日、そのケンの写真を撮ってきてミキに見せた……ミキはここ数日、なぜか猫の写真集を大量に買い込んできて丸一日眺めてばかりいるという奇行に走っていた(完全な抑鬱状態だとサヤカは思う)が、サヤカが持ってきた画像を見ると、食い入るように見つめた後で「どこかで見た気がする」と言い出した。


「でも、写真集の中じゃないのは確かね……この男は猫には見えないから」

「お姉さま、どうしちゃったんですか……!」


 サヤカは戦慄する。ミサイルに狙われた時でも、これほど心が震えたことはなかった。


「お姉さまは、そんな下らないボケをかますようなキャラじゃないでしょう……! 目を覚ましてください! どう見てもケン・ウェーバーじゃないですかそいつ!」


 一年前にSHILF系のメディアに掲載されていた顔写真とうり二つだったのだ。


「あー……まあ、確かに似てるね」

「でしょう! なのにちゃんとした身分証持ってたんですよそいつ! わけわかんないでしょ!」

「あー……わかんないねー……」

「とにかく、上に報告しましょう!」


 まずは直属の上司に報告。だが上司は


「いまさらそんなことを言ってきても遅い。全部もう終わったことだ」

 とだけ言って、即座に電話を切ってしまった。

 ならば、と今度はサン・ヘルマン警察に電話したが、こちらも同じようなもので、全く取り合ってもらえなかった。


「なんなんだよこいつら!」とサヤカは憤る。「目の前を敵のエースパイロットがうろうろしてるっていうのに、なんで捕まえないんだよ!」

「……所詮、みんな労働者なんだよ」

「お、お姉さま?」


 ミキは、低く抑揚のない声で話し続けた。


「働いた分だけお金をもらえれば、それでいい。そんなやつらばっか。世界に貢献するとか、社会正義のためにとか、祖国の防衛のためにとか、そういう使命感なんて全くなくて、給料が同じなら仕事はできるだけ減らした方が『お得』だって思ってる……でもね、よく考えてみたら、私だってそういう人間なんだよね……私が違うのなんて、まだ若いから出世のために手柄が必要だってことだけで……私だっていつか、これ以上は上に行けないってとこまで出世したら、こいつらみたいな事なかれ主義のくだらない労働者になるのは目に見えてる……だからわかるよ。みんな、もう終わった案件を蒸し返されたくないんだよね……うん……わかるよ」


「おおおおお姉さま! 何ぶつぶつ言ってるんですか! しっかりしてください!」

「ごめん、もう無理。寝る」


「うううううううううううううう!」

 サヤカは、ベッドに突っ伏してしまったミキを見ながら、叫んだ。

「こんなの、いつものお姉さまじゃなああああああい!」


 そんなことがあったせいで、この日、サヤカは冗談でも何でもなく、絶対にイコライとその一味を殺すと心に誓い、チャンスをうかがっていたのだった。


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