50 退屈しない人生
調べてみると、偽造されたケンの身分証は「使える」とわかった。ネットを介して連邦政府のサイトにアクセスしてみたところ、何事もなく無事にログインできたからだ。また、一緒に渡された高速治癒キットの効果も良好で、ケンは怪我から急速に回復しつつあった。
ちょうどその頃、連邦とSHILFの間に一時的な停戦協定が結ばれ、貿易が再開されたというニュースが伝えられた。特筆すべきは、停戦協定の中に「連邦政府とSHILFは、共に全面戦争を望んでいない」という宣言が盛り込まれたことだ。
全面戦争になればSHILFに勝ち目はないが、さりとて、連邦もまた無傷では済まない……そうした微妙な状況の中でこの宣言が出されたことには、深い意味があった。これは実質的なSHILFの勝利を意味しているという点で、ケンとカイトの見解は珍しく一致した。
とはいえ、喜べることばかりではなかった。
今回結ばれたのは一時的な停戦協定に過ぎず、正式な講和についてはこれから交渉に入ることになっていた。そのため、物やサービスの行き来はこの時点でほぼ自由化されていたが、人の往来については、現時点では連邦政府の認可を受けたごく一部の人間(政府機関職員または商用で往来する者のうちのごく少数)しか許されていなかった。
つまり、ケンが民間人に紛れてこっそり帰国するのは不可能、ということだった。
輸出される物品に紛れ込んで……という手も一応は考えたが、調べてみると、連邦は軍需品のSHILFへの輸出を規制するために、SHILFへの輸出品に厳しい検査を行っていることがわかり、発覚のリスクが大きいと思われた。
そうなると、常識で考えれば、ケンは講和条約が結ばれるまで息を潜めてブラド邸に潜伏しているべきなのだが……この中に一人、常識が通用しない男がいることは、いまさら言うまでもない。
その男はある時、名案が思いついたと言って、こう切り出した。
「ケン。せっかくだからお前、うちの会社で働かないか?」
それを聞かされたケンとカイトは、驚くのを通り越して背筋が寒くなった。一体この男、何を考えているのか、と。
「うちの会社って……」ケンはいぶかしげな顔をして言った。「それは俺に対して、傭兵として戦闘機パイロットをやれ、と言っているのか?」
「イコライ」カイトは手短にこう言った。「何度言わせたら気が済むんだ。お前バカじゃないのか」
「まあ、二人とも聞けって」イコライは二人をなだめながら説明する。「ケン。お前、ここに来たばかりの時、SHILFに対して愛想が尽きた、みたいなこと話してたよな」
「……ああ」
「だったらさ。良い機会だから、連邦のことをもっとよく知ってみたらどうかな? そしたら、やっぱり連邦が良いって思えるかも知れないし、もしかしたら、これならSHILFの方が良かったって思えるかもしれない。で、連邦のことをよく知るには、連邦で働くのが一番だと思うんだ」
「んなバカな……」
と言いながらカイトはケンを見たが、当のケンはというと、腕組みをして真剣に考え込みながら「なるほど……」などとつぶやいていて、カイトは「そうだったこいつもバカだった」と思い出す。
「おい、イコライ」カイトは言う。「それ、俺にはどんなメリットがあるんだよ」
あるわけないだろ、と言いたげなカイトだったが、イコライは用意していた答えをそのまま言った。
「うちの会社、パイロットが人材をヘッドハンティングすると、一緒にチームを組ませてくれるだろ?」
普通、戦闘機パイロットは、一緒に飛ぶ相手を選べない。それは会社が決めることだからだ。
しかし、例外もある。たとえば、一部の会社では、社員の紹介で入社したパイロットは、紹介者と固定したチームを組んでもいいことになっている。
この業界では、共に飛ぶ相手とは、共に戦う仲間のことに他ならない。なら、誰だって優秀なパイロットと一緒に飛びたいと思う。だから、紹介で入社させたパイロットと固定したチームを組む特権を与えられれば、パイロットは積極的に他社から優秀な人材をスカウトするようになる。それは会社にとっても利益になることだ、ということで、このような制度が採用されていた。
実際、カイトはイコライに紹介されていまの会社に入社した。二人がずっとチームを組めているのは、そのおかげだ。
「なるほどねえ……ケン・ウェーバーはそこそこ名の知れた『優秀なパイロット』だ。そんなやつと一緒に飛べるなら、俺が生き残る確率も上がる。それが俺のメリットだ、ってわけか?」
カイトはそう言ったが、どこかバカにするような口調だった。
「気に入らないか?」
「別に、そういうわけじゃないさ」
カイトはそう言いつつ、少し考え込んだ後で「でもまあ、」と切り出した。
「いいぜ、俺は。お前らがいいんなら、そうしろよ」
「なんだ?」とケン。「何か含みのある言い方だな。いつものお前なら、こんな奇抜な考えには、最後まで反対するところだろう」
「こんな短い付き合いで、俺のことをわかったつもりになってもらっちゃ困るね」
カイトは、一言嫌みを挟んで続ける。
「ただ、ちょっと思い出したんだよ……俺はな、学校を出て、六大軍事企業に就職したんだが、すぐになんだかつまらなくなってさ。転職して、イコライと飛ぶようになったんだ」
「どうして?」
「その方が面白いと思ったからさ」
カイトは、嘲るような笑いを挟みながら話した。
「学校でイコライと一緒にいた時は、退屈しなかった。こいつはさ、いつもみんながぎょっとするような何かを、やったり、言ったりしていて、俺は退屈するってことがなかったんだよ……それがなくなってみて、初めて気づいたんだ。ああ、俺はイコライと過ごす時間を楽しんでいたんだな、って」
「人を珍獣みたいに言わないで欲しいな」
イコライが軽く抗議するが、カイトは肩をすくめて、こう反論した。
「いいって言ってやってるんだから、素直に喜べよ……これで俺も、お前たちと同罪だ。生きるも死ぬも一緒……よろしく頼むぜ、相棒」
何はともあれ、こうしてイコライは、会社と連絡を取って、ケンの紹介手続きに入ることになった。




