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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
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44 戦後処理Ⅰ -作戦計画-


 あの決戦から、二日後。


 補給と再編成を終えたSHILF軍大公海方面軍管区艦隊こと、フランシス艦隊は、エリューティア海を南進し、南エリューティア列島に到達した。


 大打撃を受けた連邦軍の艦隊は周辺海域から一時撤退しており、道中の航海は平穏そのものだったが、問題はこれからだ。


 南エリューティア列島は、これまでSHILFと連邦が幾度となく争奪戦を繰り広げてきた、戦略上の要衝だ。


 連邦がここに基地を築けば、SHILF軍をエリューティア海に封じ込めることができるし、SHILFがその基地を破壊することができれば、SHILFの艦隊は、大公海とエリューティア海の間を自由に行き来できるようになる。


 だが、約二〇年前、解放暦五六年に連邦がこの島を占領して以来、ほとんどの期間にわたって島は連邦の支配下にあった。


 十年前のノーザンライト作戦によってSHILF軍が一時的に占領することはあったものの、その後の和平交渉によってすぐに島は連邦へと返還されたので、多くの人々には「南エリューティア列島は連邦の領土」という認識が定着している。


 とはいえ、当時、SHILFはタダで島を返したわけではなかった。SHILFは見返りに連邦構成国との通商交渉権を勝ち取り、それがきっかけとなって始まった自由貿易圏への参加によって、今日のSHILFはその経済的繁栄の礎を築いたのである。


「ルイズ・アレクサンダー議長は、その歴史の再現を望んでいる」

 と言って、作戦会議を主催するフランシス・セドレイ提督は、歴史の講義を締めくくった。

「つまり、南エリューティア列島を占領し、これを交渉材料とすることによって、連邦政府にSHILFとの自由貿易の継続を認めさせよう、というわけだ」


「そう、上手く行くものですかな」とバシル大佐。「一度やったことをもう一度やろうなどということは、往々にして、スケールが大きくなるほど上手く行かないものです。ましてや、国家間紛争の領域でそれをやろうなどと」


「ま、上には上の考えがあるんだろうさ」


 そう言ったフランシスは、しかし実際には「オクタリウスには何か策があるらしい」ということまで勘づいている。が、それを部下に対して漏らしたりはしない。


「とにかく、我々の任務は南エリューティア列島を占領することだ」

「既に作戦立案は済んでいます」


 ユスフ中佐は意気揚々と言った。


「二パターンの作戦案を用意しました。プランAは、空母ユニオンに所属する艦載機部隊に、基地航空隊の増援も合わせ、大兵力によって総攻撃をかけるものです。南エリューティア列島に点在する連邦軍航空基地の規模は限られていますし、艦隊の残存兵力は恐るるに足りません。敵の増援もまだ到着していないはずですから、基地を無力化するのは簡単でしょう」


 AMM時代の航空戦は、機動力と戦術を駆使して局所的な戦力の優勢を作り、AMM均衡を崩した上で攻勢をかけ、一気に敵を殲滅するのが理想となる(現実にはAMM均衡が崩れそうになった時点で敵は逃げるので、この通りにはならないが)。


 だから、最初から戦力に大きな差があると、まるで勝負にならない。戦力に勝る側は、長射程のミサイルで敵のAMMを削った後で、AMMを大量に装備した突撃隊を前に出す、という単純な二段階攻撃を実施すれば、簡単に勝ててしまう。


「とはいえ」とフランシス。「それだと大きな犠牲が出る可能性があるな」


 フランシスは連邦軍が徹底抗戦を選択した場合のことを言っていた。


 兵力で劣る側であっても、統制射撃を実施し、突撃してくる敵戦闘機のうちの少数に攻撃を集中することによって、少なからぬ犠牲を強いることができる……もっとも、これを実施した場合は兵力に劣る側は確実に全滅するので、現実には滅多に起こらない事態だが、それでも懸念材料ではあった。


 だが、ユスフは鼻息を荒くして言った。


「そこで用意したのがプランBです。これは空母航空隊を中心として中距離ミサイル主体の戦闘を行い、敵に損害が出始めたところで、降伏を勧告するものです」


「ふむ。なるほど」


 バシル大佐は、ユスフの意図はわかる、とでも言いたげに、したり顔で笑った。かつて作戦会議でユスフと刃を交えた彼だが、いまはそんな遺恨を感じさせない。


「敵の指揮官の面子が立つ程度の戦闘をしよう……というわけですな、ユスフ中佐」


「その通りです」と、ユスフも満足げにうなずく。「敵の指揮官も、勝ち目がないことはわかっているでしょう。本当ならすぐにでも降伏したいかもしれない。しかし、戦わずに降伏したとあっては、その後のキャリアに大きな影響が出る。言い訳が立つ程度に戦闘をしたら、あとはさっさと降伏したい、と思っている可能性が最も高い。だったら、こちらはそれに合わせてやればいい、というわけです」


「なるほど、なるほど」

「……」


 そこでフランシスは少し考え込む素振りを見せ、作戦会議に列席する参謀・幕僚一同を見渡した。


 決戦に勝利した直後とあってか、みな表情は晴れやか、というか気楽そうだ。加えて、軍事的合理性以外の要素をも考慮したユスフの作戦案を聞かされ、大変に感心し、それと共に安堵もしているようだった……ユスフのプランBなら、大規模な戦闘をせずに勝つことができるのだ。願ってもない話だろう。


 みな、フランシスがプランBを裁可するのを待っている……そんな空気でさえあった。

 だが、そこでフランシスは、誰にとっても予想外の行動に出た。


「マリア大尉……君はどう思う?」

「……は? 私ですか?」

「他に誰がいる」


 マリアは、突然指名されて面食らう。出席メンバーの視線が集中し、ちょっと怖くなる……だが、すぐにマリアは頭を回転させて、この場における最善の回答を模索し始めた。


 マリアのこれまでの人生経験から言って……ここは、どちらかに肩入れしない方がいい。雰囲気からして、みんなプランBを支持しているようではあるが、この中で一番偉いフランシスがまだ意見を表明していない。それに、マリアは基本的に部外者で、戦闘が一段落すれば軍を抜けて再び民間に戻ることになっているから、特定の誰かに気に入られる必要もない。


 となれば、ここは無難の一択。誰にも肩入れしない。これに限る。


「えーと……私には、分かりかねます」

「ほう。それはどういう意味かな?」

「二つの案のどちらが良いのか、私には分からない、という意味です」


 列席する面々の気が抜けるのが、はっきりと分かる。それは、まるでこう言っているようだった。この間まで民間人だった予備役に、分かるはずがないだろう、まったく、フランシス提督は何を考えているのか、と。


「ほう……」

 だが、フランシスがこう言うと、場が凍りついた。


「どうやらマリア大尉は、俺と同じ意見らしいな」


「……は?」とユスフ中佐。「提督、それはどういう……?」

「この二つの作戦案のどちらがいいのか、俺には分からない……というより、どちらも全くダメだと言った方がいい、ということだ」

「……」


 会議室は、もう一度凍りついた。

 特にマリアは、心臓まで凍てつくような思いを味わった。「何が同じ意見だ! 私はそんなこと一言も言ってない!」という心の叫びは、どこにも届かない。

 だがそんなことには構わず、フランシスは話し続ける。


「まず、プランAがダメな点に関しては、俺もみんなと同意見だ。勝ちが決まってる戦いで、わざわざ犠牲を出す必要はない」

「では、プランBは?」

「論外だ! プランAより悪い! この案には問題が多すぎる。貴様らには分からないのか!」


 フランシスは珍しく激怒した。


「まず……この作戦の前提には、敵の増援がしばらく到着しないという予測がある。だがな、ユスフ。お前がその予測の根拠として計算したデータを俺も見た。しかしあの計算は甘過ぎる。敵が通常の事務手続きを全て省略して戦力を移動させる可能性を考えていない」


「そ、そんなこと、現実にあり得るのでしょうか?」


「物理的に言えば、当然あり得る。現実的に言えば、あり得るとかそういう問題じゃない。もしそれが本当に起こってしまった場合、その結果として死んでいく兵たちに対して、俺たちはなんて言い訳をする? ユスフだけじゃないぞ。プランBが良いと顔に出していた者全員が同罪だ。お前ら、自分が前線に出ないからって、少したるんでるんじゃないのか?」


 一同は静まりかえる。多かれ少なかれ、全員が図星を突かれたと思った。


「仮に、敵の増援の到着に時間がかかるとしても、見せかけだけの戦闘を演じるなんて、俺はまっぴらゴメンだ。たとえ相手の面子を立てさせるためだけのおざなりな戦闘であっても、犠牲が出る可能性は十分にある。相手に降伏の口実を与えるためだけに犠牲を出すなんて、そんなことは俺の艦隊では絶対に認めない」


「では、」とバシル大佐。「提督はどのようにして、敵基地を無力化するお考えで?」

「プランCだ」

「プランC……?」

「敵の指揮官に対して、即時降伏を要求し、受諾させる」


 一同は、再び静まり返る。そんなことは不可能だと、ユスフ中佐が言ったばかりではないか、と言いたげだ。戦いもせずに降伏などしてしまえば、敵の指揮官のキャリアは終わり、もう二度と日の当たる場所を歩けなくなる。それ故に、降伏を受諾せず抗戦してくる可能性が高い、と。


 だが、フランシスに怒られるのを恐れて、誰も発言しない中で……つい、いたたまれなくなって、マリアが口を開いた。


「何か考えがおありなのですね、提督」

「無論だ」


 自信ありげにそう言いつつ、フランシスは横にいるマリアの方に振り返る。


「マリア大尉、君、予備役にしておくには惜しいな」

「……」


 マリアは、自分がからかわれていることは重々承知だったが、立場上やめろとも言えず、ただ、仏頂面のままで沈黙を返した。


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