38 ライトゲーム作戦Ⅶ -結末-
空に放たれたミサイル群は、データリンクによって誘導され、割り当てられた目標の近くまで飛ぶと、最終的に、自身が搭載するレーダーを起動して目標に狙いをつけ、体当たりする。
発射した母艦が最終誘導までを行う必要があった第二世代艦隊防空システムと比べると、精密さが要求される最終誘導をミサイル自身が行えるので、第三世代システムでは同時に迎撃可能な敵ミサイルの数が飛躍的に向上した。さらに、第三世代では味方のAEWとのデータリンクを活用することで水平線の向こうの目標をも迎撃可能になるなど、この最新型のシステムと比較したら、これまで防空システムと呼んでいたものなど、もはや子供の玩具でしかないほどの違いがあった。
……だが、それは全て、コンピュータシミュレーションや訓練の中での話。
実戦で通用するのかどうかは……やってみるまでわからなかった。
最初のミサイル発射から、どれぐらいが経っただろう。
たぶん、数分とか、それぐらいだったと思う。
始めは、遠くの方で、雷のような音が聞こえるだけだった。
でも、ある時、水平線の上に、白い雲がパッと瞬くように出現するのが見えた。爆発の音はすぐには聞こえず、しばらく間を置いて、その雲が消えかかった後で聞こえてくるのが、なんだか変な感じだった。
ほんの一瞬だけ、咲いて散るように瞬く雲は、それからも次々と現れて……それは、段々と、こちらに向かって近づいて来た。
雲が現れてから、音が聞こえるまでの間隔も、どんどん短くなっていく。
その間も、艦は次々と、ミサイルを撃ち続けている。
それでも、こちらに迫ってくる雲の勢いを、止めることはできていなかった。
雲はどんどん近づいてくる。
(これが……現代の戦争……?)
「おいマリア大尉! カメラをそのままにして、窓から離れろ!」
フランシスの声が聞こえても、マリアは目の前の光景から目をそらせなかった。
備砲による射撃が始まる。細長い砲身から白煙が噴き出す。音はよく聞こえない(ミサイルの発射が続いているからだ)。備砲は薬莢を吐き出して、射撃を続ける。だが、なんだかその様子は冗談みたいに弱々しい。そして遅い。
備砲に比べれば、機関砲の射撃の方がまだマシだった。電動ノコギリのような騒々しい音と共に、無数の赤い粒が、列をなして夜空へ伸びていく。線は、空の中にある何かを目指しているようだった……当たった。赤い火の玉が空の中に生まれて、しばらく飛び続けたが、やがて黒い煙を曳いて墜ちていく。一つだけじゃない。次々と生まれては消える、赤い光の粒、爆発、墜ちていく火の玉……。
「マリア大尉!」
その時、後ろから、腕を強く引っ張られ、マリアはよろけた。
「窓から離れるんだ!」
フランシスはマリアの腕を掴んで、艦長席のそばまで引っ張っていった。
フランシスがスピーカーマイクに向かって叫ぶ。
「状況報告!」
「想定より押されています」ユスフ中佐の声。「備砲の命中率がよくありません」
「備砲の目標選択優先順位を修正。脅威度重視から命中率重視に」
「そ、それでは脅威度の高い目標が……」
「砲撃しても当たらなければ同じ事だ。早く実行しろ!」
「了解!」
そのうち、最初は散発的だった機関砲の射撃が、連続的になる。息をつく暇もなく、ミサイルが迫っているのだ。
「もう少しだ……」艦長席のディスプレイをにらみながら、フランシスが言う。「もう少しだけ耐えれば……おい司令部! 機関砲が停止してるぞ! 何が起きてる!」
「砲身が過熱したので冷却を……」
「バカ野郎! 安全装置を解除して射撃を続けろ! 砲身が破裂するまで撃ち続けるんだ!」
すぐに機関砲が射撃を再開する。見ると、その砲身は赤い光を帯びていた。光はどんどん強くなっていく。素人目に見ても、もう危ないと思ったその時……甲高い音を立てて、砲身が破裂した。
破片が飛び散り、艦橋の窓が何枚も割れる。マリアは悲鳴を上げながら、とっさに腕で顔をかばう。
破片の散乱する音が収まった後、恐る恐る、腕をどけて辺りを確認しようとした、その時……マリアは見た。
右舷の窓の向こう……真っ赤な火の玉が、自分の方に向かって、真っ直ぐに突っ込んでくるのを。
「総員、衝撃に備えろ!」
ノーザンライト艦長の声が、艦内に響き渡る。
マリアは、さっきよりもずっと強い力で、背中から押し倒される。
気がつくと、黒いケープを身にまとった男が、マリアをかばうように覆い被さっていた。
その瞬間、まるで巨人の拳で殴られたかのような衝撃が、床を通じて襲ってきた。艦が激しく揺れる。ヘルメットに包まれた頭が、何度も繰り返し固い床に叩きつけられる。悲鳴を上げる余裕すらなかった。
振動が収まる。警報の音が聞こえる。ノーザンライト、およびアルタイルが被弾、という声。フランシスが身を起こして「分かり次第状況を報告しろ」とスピーカーマイクに言う。次いでマリアに向かって、しっかりしろ、もしかしたら走らなきゃならないかもしれないぞ、と言った。
「し、沈む……船が沈む……」
呆けたようにそう言うマリアの頬を、フランシスはビンタした。
「しっかりしろ! 生きて子供のところに帰るんだろ!」
「……!」
そう言われて、ようやくマリアは黙った。だが、しっかりしたとはお世辞にも言えなかった。
それから間もなく、スピーカーマイクからノーザンライト艦長の声が聞こえてくる。
「艦の尾部に被弾しました。しかし、ミサイルは爆発していません。どうやら機関砲によって信管を破壊されていたようです。死傷者は出ていますが、艦の戦闘能力に支障はありません」
「了解した。引き続きダメージコントロールを頼む……いいぞ……ツいてる……これなら勝てる」
ツいてる? 仮にも自分の乗ってる艦にミサイルが当たったというのに? お前は何を言っているんだッ! いい加減にしろッ!
そんな思いがマリアの胸の底からわき上がってくるが、言葉にならない。それもそのはずだった。腰が抜けて立つこともできないのだ。怒りの声なんて、出てくるはずがない。
「おい司令部! なぜミサイルの発射が止まってるんだ! 撃ち続けろ!」
確かにフランシスの言う通り、被弾の直後から、辺りは急に静かになっていた。
だが、この時ばかりは、さすがのフランシスも平静を失っていたと見えた。
「落ち着いてください提督! 我々は勝ったんです!」
「は……?」
言葉を失うフランシスに、ユスフは言う。
「いまのが最後のミサイルです! 我々は防ぎきったんです!」
フランシスは顔を上げて、艦橋にいた乗員と目を合わせた。二人とも、信じられない、という顔をしていた。
「艦隊は健在です……アルタイルを除いて」
それを聞いて、フランシスは真剣な顔つきに戻る。
「アルタイルの状況は?」
「データリンクで見ていますが、フロティウム圧力が戻りません。アルタイルはもう持たないでしょう。あっ。アルタイルの艦長から通信です」
「つなげ」
しばらくして、アルタイルの艦長が通話に出る。
「……提督。本艦はこれまでのようです。国民から預かった艦を失うことになり、無念であります」
だが、フランシスは淡々と言った。
「殊勝な心がけは結構だが、まだ戦闘は継続中である。修辞は省略しろ。そんなことをしている暇があったら、さっさと退艦の指揮を執れ!」
「は、はい!」
フランシスは通信を切ると、全ての艦にアルタイルの救援に向かうよう命令した。
その後で彼は、いまだ床にへたり込むマリアに視線を落として、こう言った。
「……そうは言っても、アルタイルの乗員は大勢死ぬだろう。マリア大尉。あまり気に病むなよ。これも運命だ」
「気に病む……? 何のことですか?」
「アルタイルは艦隊の最後尾に位置していた艦だ……本来、このノーザンライトがいたはずのな」
フランシスは言った。
「沈んでいたのは、このノーザンライトだったかもしれない……君がいなければな」
生き残った……その喜びをマリアが味わえたのは、ほんの一瞬に過ぎなかった。
賢い彼女は、すぐに気がついた……自分たちの身代わりに、アルタイルの乗員たちは死んだのだと。
この日、駆逐艦アルタイルは対艦ミサイルによって撃沈され、乗員二五七人のうち、一三四人が戦死、四二人が負傷した。




