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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
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37 ライトゲーム作戦Ⅵ -全て-


「一六〇発……おそらく、これで全部です」


 空戦の決着が着いた頃、オペレーターが、飛来する対艦ミサイルの数を報告した。

 さっきまで勝利に沸き立っていた司令部が、一瞬にして静まり返る。


「お前ら!」


 だが、そんな一同に対して、フランシスは檄を飛ばした。


「何を沈んでいる! ……戦闘機パイロットたちが命がけで戦果を挙げたんだ。今度は俺たちの番だろう!」


 そう言って、フランシスはスピーカーマイクを手に取る。


「全艦隊に告ぐ。こちら提督。これより、本艦隊は防空戦闘を行う。敵の二次攻撃を警戒する必要はない。弾薬も体力も精神力も、全てこの一戦で撃ち尽くすつもりで戦え!」


 そんな提督の戦意溢れる様子を見て、司令部要員が気力を取り戻すのがわかる。

 さすがのマリアも、そんなフランシスを見て、この時ばかりは頼もしいと思った。


「艦隊防空システム起動! 全権限委譲、完全自動迎撃。弾薬消費は最大に。それから、在空全機に通達! 誤射されたくなければ、艦隊の周囲には近づくな!」


 そしてフランシスは、自分の命令が実行されたのを見届けると、おもむろに、何かを手に取りながら立ち上がった。


「バシル大佐。これから俺は艦橋に上がる。万が一、艦橋からの通信が途絶えたら、司令部の指揮は君が執れ」

「はっ!」


「マリア大尉。これを持って一緒に来たまえ」

「……へ?」


 そう言ってマリアがフランシスから手渡されたのは、ハンディビデオカメラと、それに使うとおぼしき三脚だった。


 何ですかこれは、と聞く暇もなく、フランシスは司令部を出て行き、マリアは慌てて後を追う。



「……お前の英雄願望に、自分を巻き込むな」

「は?」

「この前、君が俺に言った言葉だ」


 艦橋に向かって、艦内の狭い通路を歩きながら、フランシスは言った。


「確かに、確かにね。俺には英雄願望がある。それは否定しようのない事実だ。俺は軍隊を指揮して、武功を立てて名を上げたい。そういう願望が、俺にはあるんだろう」


 フランシスが、艦橋につながる狭い階段を登っていく。マリアもそれに続いて、ビデオカメラと三脚を抱えながら、懸命に階段を駆け上がる。


「だがな、マリア大尉……俺は、自分の願望に恥じないだけの働きはしているつもりだ」


 フランシスは艦橋の扉の前に立つ。だが、開けようとしない。マリアはフランシスの横顔を見る。その目は真っ直ぐと、扉の向こうの景色を見渡していた。


「経済が発展途上で、多くの国民が似たような生活水準にある社会においては、国民の団結力は強く、それ故に、国民は戦争を自分のこととして考え、軍隊にも協力的になる傾向がある。そのため、こうした社会では徴兵制や志願兵制が受け入れられやすい。一方、経済が成熟した結果、生活水準の格差が広がると、国民の間に価値観の差が生まれ、団結力は弱まる。そうなると、国民は戦争を他人事と考えるようになり、軍隊にも非協力的になる。その結果、軍隊は国民による志願兵制でも徴兵制でもなくなり、金で雇われた傭兵の占める割合が多くなる」


「な、なんの話ですか?」

 まじまじとフランシスの横顔を見つめながら問うマリアに、フランシスは視線を返しながら、こう答える。


「昔、オクタリウス長官がそんなことを言っていたんだ……旧世界で言うと、古代ローマが共和制から帝政に移り変わった時代や、東西冷戦の終結前後の時代に、そうした傾向が見られたらしい。そして、もしかしたらいまのこの世界も、そうした移り変わりの時期なのかもしれない、とオクタリウス長官は言っていた……経済が成熟した結果、国民は戦争を他人事と捉えるようになり、その結果として、軍隊の主力は、愛国心に燃える国民ではなく、金のために戦う傭兵に成り代わっていくんじゃないか、とね。実際、連邦ではすでにそうした動きが始まっている」


「……どうしていま、その話を?」


「俺は君の話をしているんだよ、マリア大尉。君、戦争のことなんて、他人事だと思っているだろう? 自分には関係ないと思ってるだろ?」


「はい」

「正直だな」


 フランシスは小さな笑いを挟んでから、話を続ける。


「そういうわけで、近い将来、軍隊の主力は傭兵になっていくのかもしれない。もしそうなれば、君のような人間が軍隊に召集されることはなくなるだろう……でも現実には、人間の社会ってのは、そうそう急に変わるもんじゃない。マリア大尉、君がいまこうして前線に立っているのは、それが原因だよ。ほとんどの場合、人間の社会の変化は、ごくゆっくりしたものでしかない。だから、兵士たちはいまも、戦争に行かなくてはならないんだ。君がそうであったようにね……でも、俺はね、マリア大尉。兵士たちが戦争に行くのが仕方のないことだとしたら、そんな兵士たちには、せめて全てを与えてやりたいと思うんだよ」


「……『全て』、とは?」


「最高の装備、最高の訓練、最高の作戦、そして……」

 フランシスは、制帽を目深く被り直しながら、こう言った。

「最高の指揮官」


 言って、フランシスはドアを開けて艦橋に入る。マリアも、ヘルメットが戸口にぶつからないように手で押さえながら、続いて艦橋に入った。


 この時期の北極は昼が長い。日の入りからまだそれほど時間が経っておらず、艦橋の窓の外は薄い闇に包まれていたが、まだ十分に遠くを見渡せた。


 敬礼する艦橋要員に「そのままでいい」と言った後、フランシスは艦橋にある艦長席の前に立った。スピーカーマイクを手に取り、艦隊司令部を呼び出すと、ユスフ中佐に状況報告を命じる。


「対艦ミサイルは依然接近中。数はやはり一六〇で全部のようです。間もなく迎撃が始まります」

「陣形を単縦陣に変更。艦隊の針路を〇九〇に」

「了解」


 命令の後、艦が大きく揺れて、急速に針路を変える。同時に、艦隊は横一列の陣形から、縦一列の単縦陣に陣形を変更……迫り来る対艦ミサイルに艦隊の側面を向け、備砲や機関砲を含め、最大限の火力を集中させる陣形だ。


「マリア大尉。そっちの窓にカメラを設置しろ」

 言って、フランシスは右舷の窓……ミサイルが来る方向を指差した。


「ど、動画を撮るんですか……?」

「これほど大規模な艦隊決戦は、現代では滅多に起こらない。記録を残すことは重要だ」


「だからって提督直々にやる必要はないですよね?」

「だから君にやらせているんだろうが」


 もう滅茶苦茶だ。マリアはあれこれ言うより素直に従った方が面倒がないと考え、三脚を設置し、その上に取り付けたカメラを、薄闇の中に浮かび上がる灰色い雲の海に向けた。高度は千フィートほどで、これは高層ビルぐらいの高さだ。一般に航空艦は、与圧が必要なほど高い高度を航行することはない。


 マリアが作業を終えた頃、フランシスがマリアの横に立つ。

 マリアは、フランシスにしか聞こえない声で言った。


「司令部にいなくていいんですか?」

「防空システムの迎撃はほぼ自動だ。司令部にいてもやることはほとんどない……そろそろ頃合いだな。カメラを回せ」


 マリアは言われた通り、カメラのスイッチを入れる。


「ちゃんと録画できてるか……よし、できてるな……なあ、ここだけの話なんだが、マリア大尉」


 フランシスが声を潜めて話し出して、マリアはさも不愉快だという顔を向ける。


「なんですか」


「もちろん、俺はSHILFの艦隊防空システムを信じている……だが、これほどまでに大規模な迎撃は、実戦では初めてだ。多数の電波や、破壊されたミサイルの破片が入り乱れて飛び交う、実際の戦闘の状況下において、システムが期待された通りの性能を発揮できるのかは……正直なところ、やってみないとわからない……なんてな」


「……は?」


 言われたことの意味がわからない、いや、わかりたくないマリアを捨て置いて、フランシスは艦橋にある艦長席に戻って、スピーカーマイクと何事かやり取りを始めた。


 それから、間もなく。


 巡洋艦ノーザンライトの甲板から、火柱と白煙が立ち上り、轟音と共に、一本の細長いミサイルが白煙を曳きながら、天頂を目指して飛び立っていった。


 艦隊の各艦……巡洋艦オーロラ、駆逐艦ポラリス、デネブ、アルタイル、ヴェガ……からも、一斉に垂直発射式のミサイルが放たれる。その後も次々とミサイルが放たれ、夜の空へと消えていく。


(始まった……)


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