35 ライトゲーム作戦Ⅳ -摩擦-
そんなやりとりが繰り広げられた直後……戦闘は佳境を迎えようとしていた。
「敵戦闘機、多数上昇してきます! キメラです!」
連邦軍の制式制空戦闘機、キメラ。
現行世代機の中で最強の空戦性能を持つとされる、連邦軍の主力戦闘機約五十機が、それまでの低空飛行をやめ、急速上昇してきた。SHILF軍のレーダー上に、次々とその姿が映り始める。
だが、それは当然予測済み。既に全艦隊は第一種戦闘配置に移行してあり、後続の戦闘機隊も続々と前線に到着している。
「敵の電子妨害が始まりました! データリンク寸断!」
「真乱数表に切り替えろ!」
一瞬、表示が固まったデータリンクが、すぐにまた元に戻る。
「切り替え順調。データリンク復帰」
「偽装電波の放射を開始」
「偽装電波、放射開始」
この偽装電波というのは「妨害を受けたSHILF軍は、スペクトル拡散を使わない通信方式に切り替えた」……というフリをするためのものだ。おそらく敵は、こちらが使えるのはせいぜい音声通信までで、データリンクはシステムの改修が間に合わないはずだから使えないままだ、と思い込んでいるに違いない。
「いいぞ……」
と、フランシスは一人つぶやく。
真乱数表が使えるのは、いまから六時間。かなり余裕がある。敵がもっと早く電子妨害を始めてしまうことは作戦の懸案事項の一つだったが、それがもはやなくなった。
「第二および第三戦闘機隊に通達」とフランシス。「電波封止解除。作戦に変更はない。弾薬を温存しつつ、可能な限り敵戦闘機を引きつけろ!」
それまで静かだった司令部が、にわかに活気づき始める。戦闘航空管制官が、交戦する戦闘機隊に指示を飛ばすべく、一斉に動き始めたからだ。
だが、一部の管制官たちは、いまだ静かに待機していた……彼または彼女らは、巡航ミサイルに擬態して突進する、第一戦闘機隊の担当に他ならなかった。
「制空隊! 可能な限り敵戦闘機を引きつけろ!」
一方その頃、連邦軍の艦隊司令部でも、全く同じ命令が発せられていた。
戦闘機隊同士の交戦が始まる。が、双方とも本格的な戦闘は望んでいないので、交戦と言っても、遠距離ミサイルを撃ち合い、AMMで迎撃するだけという、地味で静かな戦闘に過ぎなかった。双方に大した損害も出ない。
「上手い具合にローテーションの隙を突けました」
だが、ロック参謀長はそれを狙い通りだと言った。
「作戦通り、一時的に我が軍が優勢になっています……このまま押せば、攻撃機隊は、無事に対艦ミサイルを投弾できるでしょう」
参謀長の言葉通り、SHILF軍戦闘機隊は徐々に後退を強いられている……ように見えたが、実際はそれは「押されているフリ」に過ぎなかった。
連邦軍の予想と違って、SHILF軍は「ローテーションを組む」気などサラサラなかった……本来であれば、この後の時間帯の防空を担当するはずの戦闘機は、全て、巡航ミサイルに擬態して低空を突撃する、第一戦闘機隊に投入されていた。
敵を引きつける役目を負ったSHILF軍戦闘機隊は、ミサイルを撃ち合いながら、左右に分かれるように後退していく。連邦軍の戦闘機もまた、それを追って左右にわかれる。連邦軍はそれを見て好都合だと思った。ちょうど、対艦攻撃隊の進路が開けると思ったからだ。だが、無論それは、フランシスの張った罠に他ならなかった。
「いよいよだぞ、諸君」
フランシスは司令部要員全員に向けて告げた。
「本作戦の重要局面のうちの一つが近づいている……総員、気を引き締めろ」
そう言われて、待機中の要員の多くが、レーダースクリーン上のとあるアイコンに視線を集中させた……そのアイコンは、現在は無線封止中でデータリンクにも非接続になっていが、AEWによって捉えられている、第一戦闘機隊の位置を示していた。
本来、対艦攻撃というものは、複数の方向から一斉にミサイルを投弾する形が理想的だ。
だが今回、連邦軍はローテーションに隙ができる時間をピンポイントで突くために、艦隊に向かって真っ直ぐに突っ込むルートで向かって来ている。
そしてそれは、巡航ミサイルに擬態して飛ぶ、SHILF軍第一戦闘機隊の飛行ルートでもあった。
もちろん、連邦軍は艦隊を射程内に捉えた後、散開して投弾する気だろうが……もし、散開前に敵を発見できれば、大戦果につながる。
だが、問題はここまでの間に、敵の対艦攻撃隊を探知できていないことだった。
AEWの大型レーダーによって探知できていればよかったのだが、いまのところ反応がない。連邦の制式戦闘攻撃機であるグリフィンには、限定的ながら正面方向にのみ一定のステルス性がある。そのために探知できていないものと思われた。
だが、プランBは用意してある。
そろそろ、それを発動する頃合いだった。
「第一戦闘機隊の隊長機に通達……」フランシスが命ずる。「隊長機のみ、レーダーオン。データリンク復帰せよ」
命令通り、戦闘機隊の隊長機のみがレーダーをオンに切り替え、前方の索敵を開始する。
瞬間、スクリーン上に表示された無数の点に、司令部がどよめく。
「敵戦闘機、多数発見! 対艦攻撃部隊です!」
(しまった!)
だが、フランシスは心の中で失敗を悔やんでいた。
(少し早かった……距離が遠い!)
レーダー波を浴びせられた敵戦闘機が、危機を察知してすぐさま反転して逃げてしまえば、SHILF軍戦闘機隊の攻撃は届かない……それだけの距離が、彼我の間にはあった。
……ところが、ここで幸運がフランシスに味方することになる。
「なっ!」
同時刻。低空を高速で飛行する連邦軍対艦攻撃隊の隊長機のコクピットで、レーダー警報装置が鳴り響く。前方から突如としてレーダー波を照射されたことに気がつき、隊長は心臓が飛び出そうな思いを味わっていた。
すぐに反転して逃げるべきだ、とは思ったが、まずはこの事実を司令部に伝えるのが先決と思い、隊長は手元のボタンを操作し、独断で電波封止を解除。データリンクへと復帰した。
「攻撃隊の正面からレーダー放射! これは……SHILF軍Jan-12の捜索レーダーです!」
「何っ!」
これまで鷹揚に構えていたジェイス提督も、さすがにこれには驚きを隠せなかった。いるはずのないところに、敵の戦闘機がいたからだ。
「数は!」
「一つだけ……しかし、距離は不明です!」
SHILF軍のJan-12は、最新の低被探知性レーダーを搭載しており、レーダー波から得られる情報には限りがあった。さすがにレーダー波の有無と種類ぐらいは捉えられたが、距離まではよくわからない。
すぐさまジェイス提督は、攻撃隊の隊長機に対し、レーダーを起動して正面を索敵するよう指示を出した。するとスクリーン上には、巡航ミサイルを意味するアイコンが多数浮かび上がった。
どういうことだ、と司令部がどよめく。
「あれは欺瞞です!」その時、電子戦幕僚が叫んだ。「おそらく敵には未知の電子戦兵器があるんです! それを使って、戦闘機が巡航ミサイルに化けてる!」
この切迫した状況下で、未知の兵器の存在を正確に言い当てた彼は、その後の戦闘の結果によっては、この決戦における最高の殊勲を与えられてもおかしくないほどだった。
……だが、現実は次のような経過をたどった。
まず、電子戦幕僚の発言を聞いたロック参謀長は、直感的に、戦闘機隊が遠すぎて間に合わない以上、攻撃機隊はすぐさま対艦ミサイルを放棄し、反転して離脱するべきだと思った……だが、彼はそれを発言することをためらった。
なぜなら、それはあまりにも責任重大な決断だったからだ。後日になって「弱気すぎる進言だった」として、責任を追及されることを彼は恐れた。
結局、彼は沈黙を守ることを通して、その決断を本来の責任者に……ジェイス提督に委ねることにした。ロック・ヘレウス参謀長は、最善の策を知っていながら、保身のためにそれを黙っていることを選んだのである。
かくして、決戦の運命を変えることになる決断は、指揮官であるジェイス・マッケンリー提督に委ねられた。




