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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
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34 ライトゲーム作戦Ⅲ -欺瞞-

「味方の第一戦闘機隊が、予定地点に到達した……作戦の第二段階を開始する」


 フランシスは、司令席に座してそう宣言した。


「各艦に通達。電子妨害開始。その後、第一戦闘機隊とタイミングを合わせて、射撃を開始せよ」

「了解!」


 同時刻、SHILF軍の戦闘機隊およそ三〇機が、雲面を舐めるかのような超低空飛行で、後方から艦隊に接近していた。艦隊の電子妨害と低空飛行の効果とが相まって、敵のAEWにはまだ存在を気取られていない。


 戦闘機隊は、数機ずつ大きく間隔を開けて、前後方向に非常に長い隊形を組んで艦隊に接近する。

 そして、ちょうど戦闘機隊が艦隊とすれ違う、その瞬間……艦隊各艦の垂直発射機が、火を吹いた。



「敵艦隊が飛翔体を射出!」


 連邦軍の艦隊司令部に、オペレーターの声が響き渡る。真上方向に発射されたミサイルは、遠くからでもレーダーによく映った。


「レーダー反射パターン照合……該当ありませんが、大きさ、速度から判断して、敵の新型対艦巡航ミサイルと思われます!」


 それを聞いて、ジェイス提督は眉をひそめた。


「こちらの攻撃を気取られたか」

 だが、しばらく端末をいじっていたロック参謀長は首を振る。


「いえ……敵のAEWの位置から計算しましたが、こちらの戦闘機隊は、まだ敵のレーダーに捉えられていないはずです」


 連邦艦隊からは、すでに戦闘機一〇〇機あまりが出撃し、SHILF艦隊攻撃のために、低空を北上していた。


「おそらく、敵は後方の超水平線レーダーを使って、我が艦隊の位置を把握しているのでしょう。その上で、戦闘機による攻撃があると読んで、我が艦隊に向けて巡航ミサイルを発射した……こちらの戦闘機隊の一部が、ミサイルの対処へ向かうのを期待して」


「我が軍の戦力を分散させる作戦か。しかし、発射された巡航ミサイルの数を見る限り、艦隊の防空システムで十分に迎撃できるな」


「おっしゃる通りです。ここは巡航ミサイルを無視し、全戦闘機隊を、予定通り敵艦隊の攻撃に向かわせるべきです」



 通常、レーダーは電波の反射パターンを照合することによって、敵の戦闘機やミサイルの機種を判別する。


 だがこの時、巡航ミサイルの発射と同時に艦隊とすれ違ったSHILF軍戦闘機隊は、最新の電子戦ポッドを搭載していた。このポッドは、偽装電波を放射することによってレーダー反射のパターンをある程度欺瞞できるもので、これを使って、SHILF軍の戦闘機隊は巡航ミサイルに擬態するような電波を発信していた。


 加えて、この日SHILFが用いた巡航ミサイルは新型で、連邦軍にはレーダー反射パターンに関するデータがなく、識別は一層困難になっている。


 そして、戦闘機隊と入れ替わるように、巡航ミサイルは次々と自沈。


 こうして、いつの間にか戦闘機と巡航ミサイルは入れ替わっていたのだが、連邦軍はそれに気づいていなかった。


 擬態した戦闘機隊は、あたかも巡航ミサイルであるかのように、一直線に、連邦軍艦隊の方向へと突進していった。



「不審な電波を探知しました。発信源は低空……これは……敵の巡航ミサイルが放射しているものと思われます」


「何だ? ECMか?」


「わかりません……レーダーの精度が少し下がっていますが、こちらの探知能力に問題を生じるほどではありません」


「フン! 新型の巡航ミサイルにECMを載せるとは、よく考えたつもりなんだろうが、ミサイルの位置がバレるだけじゃないか。間抜けなやつらだ」


 やり取りを聞いていたロック参謀長は「何かが変だ」と思ったが、上司であるジェイス提督が吐き捨てるようにそう言ったので、黙ったまま何も言わなかった。


 実際、ジェイス提督が言った通りの理由「機種は欺瞞できるが、代わりに位置がバレてしまう」のために、件の電子戦ポッド(正確にはそのソースコード)は実戦投入を見送られ、SHILF軍技術本部のアーカイブの奥深くに仕舞われていたので、ジェイス提督の言ったことは全くの的外れとも言えなかった。


「たとえ発信源を探知されるにしても、やりようによっては実戦で使える」と言って、これを引っ張り出してきたフランシスに、慧眼があったのである。


 こうして、フェアリィ社の戦闘機隊は何も知らずに、対艦攻撃に向けて直進を続けていた。


 ……その進路はちょうど、巡航ミサイルに擬態するSHILF軍戦闘機隊と、真っ正面からぶつかるものだった。


「妙だな……」

 だがその時、SHILF軍の動きを見て、そんな感想を漏らす連邦軍の士官がいた。


 彼の名は、ロン・ウィリアムズ大佐。黒い肌を持つ南エーメア系の男性で、いかにも屈強な職業軍人という厳めしい風貌の彼は、連邦の新鋭艦、インディペンデント級巡洋母艦一番艦・インディペンデントの艦長だった。今回の作戦では、防空から強襲揚陸までこなせるその艦の多用途性を買われ、戦闘機の母艦兼艦隊防空網の一角として参戦している。


「何が妙なのですか、ロン大佐」


 艦の副長兼作戦士官のシャルロット・リヴィエール少佐に聞かれ、ロンは答えた。


「敵が巡航ミサイルを発射した目的が、こちらの戦力を分散させることにあるとするなら、敵はこちらの攻撃を予想しているということだ。しかし、ならばなぜ戦闘機のローテーションに隙ができる? 攻撃のタイミングが今だとわかっているなら、そのタイミングに合わせて戦闘機を配置するのが普通だ」


「それは、情報収集艦の救難作業中が最も攻撃を受ける可能性が高いと考えて、その時間帯に戦闘機を手厚く配置したからではないですか?」


 シャルロットは淡々と言った。


「司令部の判断も、そういうことだと思いますが?」

「……」


 シャルロットの言い方には、ロンを責めるような棘があって、ロンは内心で苦々しく思った。気の強い女性士官であるシャルロットはいつもそうで、ロンが上級司令部の意向に反対するような意見を述べると、いつもこうして突っかかってくる。


 そのため、ロンはどちらかというと、艦の情報士官と気が合った。


「ソジュン少佐」と、ロンは情報士官に語りかける。「君はどう思う?」

「はい?」


 ソジュン・リー少佐は、浅黒い肌を持つファレスタシア系の男性で、ロンは艦の士官の中でも特にソジュンと馬が合うと感じていた。


 ロンがソジュンを気に入っているのは、シャルロットとは対照的に、ソジュンがとても柔軟な思考の持ち主だったからだ。それに、重要でない作業はどんどん部下に投げてしまうシャルロットと違い、ソジュンは身体は細身ながら思いのほか体力があり、精力的に働くところも、ロンは好感を持っていた。


 もちろん、他の部下の手前、依怙贔屓をするわけにはいかなかったが、それでも人の子として、相性の良い人間とそうでない人間は、どうしても分けて考えてしまう。


「自分の考えですか、艦長」

「ああ。君の意見を述べてみろ」

「……」


 ソジュンは、自分がこの直属の上司から高く評価されていることに、何となく気づいていた。

 だが、一方でその評価を買いかぶりだとも思っていた。


 ソジュンはフェアリィ社での軍務を「安定して実入りの良い仕事だから」という理由で望んだだけであり、軍人としての矜恃などサラサラなかった。


 情報の収集や分析、作戦の立案といった軍隊の仕事は確かに楽しいが、精力的に働くのは、やりがいを感じるからというよりは、収入が上がるのが楽しみなのと同時に、クビになるのが怖いからだ。


 そして何より、司令部の意向に何かと反抗しがちな直属の上司に、大抵の場合でお追従を打つのは、ただ単に、その方が出世のためには有利だと思うからに過ぎない。ソジュンの人事考課をつけるに当たって、より重要なのは、上級司令部ではなく、直属の上司であるロン艦長なのである。


 ……だが、そうしたソジュンの腹に秘めた思いに薄々気づいていて、それでもなお、そんなソジュンのことを「考え方が柔軟で、臨機応変な対応ができるやつだ」と高く評価しているロンの考えを、ソジュンはまだ、気づいていない。


 ともかく、ソジュンはこの時、こう答えた。


「自分も確かに妙だと思います。敵の指揮官の打つ手がちぐはぐで、これじゃあまりにも間抜けすぎる」


 敵が本当に間抜けなだけじゃないの、と言いたげな目でシャルロットがにらんでくるが、ソジュンは気づかないフリをして、ロンが聞きたいと思っているだろう答えを口にする(もっとも、今回に限って言えば、それはソジュンの本音でもあったが)。


「率直に申し上げて……自分には、どうも罠のような気がしてなりません」

「ふむ」


 シャルトットの手前「やはりそうか」などとはっきり言ったりはしないが、ロンは明らかに満足そうだった。それを確認してから、ソジュンは先を続ける。


「それに、実を言うと自分は、事前に情報部からもたらされた情報が気になっているんです」

「あれか。敵の高官が言ったとか言う……『空母よりも重要な目標を叩く』という」


 情報部が敵の内部にきちんと根を張っていることは評価するが、こんな曖昧な情報では何の役にも立たない、と艦隊で語り草になった情報だった。


「空母よりも重要な目標というと、後方の軍港などが真っ先に思い浮かびます」とシャルロット。「けど、さすがにそれは、SHILFも手が出せないのでは?」


「ええ、自分もそう思います。だからずっと引っかかってるんです」


 シャルロットとソジュンが言い合った後、ロンは咳払いをした。


「話を戻そう……やはり私は、敵の動きが妙だと思う。司令部に意見具申しよう」


 ロンは司令部に通信をつなぎ、いま話した内容を報告して、警戒を厳にするべきだと進言した。


 だが、応対した通信員は明らかにウンザリした様子で「上に伝えます」と言って通信を切ったものの、戦闘中の忙しい中で、伝える気がないことは明らかだった。


「……」


 ロンが、怒りを隠さないため息をつきながら、艦長席に深く腰を沈めるのを見て、ソジュンは思った。


(あんなやつらがどう失敗しようと、こっちにとっては知ったこっちゃないんだから、ほっときゃいいんだ。なのに、自分から損な役回りをするなんて……ほんと、ロン艦長って、変な人だよなあ)

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