31 君がするべきこと
ソラが部屋の内側からドアを開き、その隙間から、イコライに向かってうなずく。
イコライはうなずき返すと、ゆっくりとドアを開け、室内へと入った。
女の子らしい、薄くて明るい色調や、丸みを帯びた家具が多用された部屋……それが、ララ・クラフトの私室だった。
「ララ」イコライはベッドの上のララに向かって話しかける。「具合はどう?」
「心配をおかけして申し訳ありません、若様」
ベッドの上から半身を起こしてそう言ったララは、思ったより元気そうに笑った。
「でも、ソラさんのおかげで、だいぶ良くなりました」
「……ケンのことはすまなかった。お前の気持ちを、何も考えてなかった」
「いえ、いいんです。むしろ、悪いのは私の方ですよ。私が大変なことをしでかしたせいで、皆さんにご迷惑をおかけしてしまいました」
一瞬、息を詰まらせて、ララは言った。
「身体が治ったら……私……このお屋敷を出ていきます」
「ダメだ。そんなことをする必要はない」
「お心遣い、ありがとうございます……でも、あんなことをしてしまった以上、もうこのお屋敷にはいられません」
ララは、固い決意を感じさせる声と表情で言っていた。
「若様がどれだけお引き留めになっても無駄です。私の気は変わりません。これは、既に心に決めたことなんです」
それを聞いて、イコライは薄いため息をついた。なんでため息をついたんだろう、とでも言いたげに、ララの眉がピクリと動く。
イコライは「椅子を借りるよ」と言うと、返事を待たずに椅子を動かして、ララのすぐ横に腰掛けた。
「ララ。お前、本音を言ってないだろ」
イコライは言った。
「いくら俺が鈍感で自己中心的な性格をしていても、それぐらいわかる。本当の気持ちを話せ」
「お言葉ですが、若様」ララは笑顔で言った。「話せと言えば『はい、わかりました』と言って話すとお思いなら……若様は救いがたいバカだと思います」
「言ってくれるじゃないか。その調子だ」
イコライは軽く笑って続けた。
「話す気がないなら、当ててみようか。そうだな……お前はまるで、心の整理はすでについていて、自分の決意は固いみたいに振る舞ってる。でも本当のところは、心の中はグチャグチャで、自分でもわけがわからなくなってて、そこから逃げ出したいがために屋敷を出るって言ってるだけなんじゃないのか」
後ろで聞いていたソラは、よくそんな台詞を恥ずかしげもなく吐けるよなあ、と呆れた。もしイコライが言ったことが的外れで、ララの決意が本当に固かったら、イコライはただひたすらに恥ずかしい人でしかない。
だが、この時はどうやら、幸運にも当たりだったらしかった。
言われたララの顔が、みるみる赤くなっていって、目に涙を浮かべ始めたからだ。
「だったら……もしそうだったら、どうだって言うんですか!」
ララは手のひらで目元を拭った。
「もうあれは起こってしまったことなんです! 取り返しがつかないことなんですよ! なかったことにはできない……だとしたら、せめて、人として恥ずかしくない区切りの付け方をするしかないじゃないですか」
「逃げ出して、もう二度と戻って来ないことの、どこが恥ずかしくないって?」
「だって……だって、それじゃ私、どうすれば」
「ララ……」
イコライは前に身を乗り出して、ララの手を優しく握った。
「取り返しがつかなくなんかない……もしケンが死んでしまっていたとしたら、確かに取り返しがつかなかったかもしれない。でもケンは生きてる。そして、それはララが選んだことでもあるんだ。考えても見ろよ。ララがあの時、一発じゃなくて、二発、三発と撃ち込んでいたら、ケンは確実に死んでいた。でもあの時、一発だけで撃つのをやめたのは、ララ、お前が選んだことだ」
ララが話に聞き入っているのを確認して、イコライは続ける。
「ソラから聞いたよ……お前、ケンを撃ったことを後悔しているんだってな」
「……」
「もしそうなら……ララ。お前はケンに謝るべきだと思う」
「あ……謝る……?」
「ああ、そうだ。間違ったことをしたと思うなら、謝るべきだし、謝ればいい。大丈夫、ケンならきっと許してくれる」
「そんな……私はあの人を殺そうとしたんですよ! 許してくれるわけない」
「殺されていたら、さすがのケンも許せなかったろうな。でも、ケンはまだ生きてる。大丈夫。きっと許してくれるよ。まだほんの短い付き合いでしかないけど、あいつはそういうやつだ。俺が保障する」
「……」
「お前がケンのことを嫌ってるのは知ってる。確かに、恨みを買って当然のことをしてきたやつだ。でも、それとこれとは別の話だ」
「ララ。もしお前が、ケンを撃ったことは間違いだったと思っているなら……」
「お前はケンに謝るべきだと思う」
イコライの手の中で、ララの手は冷たかった。
だが、ララがその冷え切った手を、ぐっと固く握りしめるのを、イコライは見た。




