28 役割分担
「なあ、ソラ!」
「……」
「おい、待ってくれよ」
イコライはスタスタと廊下を歩いて行こうとするソラを追い抜いて、振り返ってソラを押しとどめた。
彼女の肩を手で掴みながら、イコライは言った。
「一体、何をそんなに怒ってるんだ?」
「……何だと思います?」
「う……そりゃ、さすがに今回ばかりは、自分でも無茶を言ってるかな、って思うよ。でも、俺が大きな目標を持つことに、ソラは賛成してくれてたじゃないか」
「……別に、SHILFに行くことに反対してるわけじゃありません」
「じゃ、連邦政府を倒すこと?」
「いいえ。私自身は違法行為ができないようにプログラムされてますが、イコライさんのやることを止めることまでは、プログラムされてません」
「じゃあ、どうして?」
本気でわけがわからない、という様子のイコライを見て、ソラは「ハアー」などと深いため息をついた。
「皮肉なもんですね。人間のイコライさんよりも、ロボットの私の方が、人の気持ちがわかるなんて」
「……わかった、ソラ。これは開き直るつもりじゃないんだが」
イコライはソラの肩から手を話すと、もっともらしく気をつけの姿勢を取った。
「たぶん、俺が気づいていないことがあるんだと思う……どうか、それを教えて欲しい。そして、できることなら、これからもそうして欲しい……俺は、ソラの支えなしでは、やっていけないんだと思う」
「……」
ソラはまだ怒っていたが、仕方がないな、とも思った。ここは、話す以外の選択肢は取りようがなかった。
「あのですね、イコライさん……あなたは、ララさんのことを、ほったらかしにしたまま出て行くつもりですか?」
「え……」
虚を突かれたように唖然となるイコライに対して、責めるようにソラは言った。
「ララさん、ずっと食事も取ってなくて、すっかりやつれてしまったって、何度も言ってるじゃないですか」
「それは聞いてるよ。どうにかしなきゃとも思っていた……そろそろ、見舞いに行ってもいい頃かな?」
イコライはララの見舞いを控えていた。それは、ソラが「いまはやめたほうがいい」と忠告していたからだ。
「ええ、そうですね。お見舞いに来てください……でも、お見舞いに来るだけで、何になるんですか? ララさんはケンさんを撃ったことで苦しんでる。でも、ケンさんに対する恨みも捨てていない。イコライさん、あなた、そんなララさんを救えますか?」
「……そんなララさんも救えないのに、世界平和とか言っちゃうつもりですか? 悲しみに打ちひしがれたままのララさんを置き去りにして、自分だけ夢に向かって進んでいくつもりですか?」
「……」
「……イコライさん」
ソラはイコライの手を握り、言った。
「そんなことじゃ、いまは良くても、いつか必ず行き詰まります……もっと、周りのことも考えてください。私は、怒ってるわけじゃないんです。あなたのことが心配なんです」
「……わかった」イコライは神妙になって言う。「ソラ、お前の言う通りだ」
イコライは、ソラの手を握り返すと、こう言った。
「よし! 早速、ララのお見舞いに行こう」
「もう! なんもわかってないじゃないですか!」
ソラは今度こそ怒る。
「そんな急に押しかけていったら、いまのララさんに対応できるわけないでしょう」
「え? そうかな……? 早いほうがいいと思うんだけど……」
「イコライさん」
「はい」
「私、だんだんわかってきました……こうしましょう。これから先、人の心の微妙な部分に触れる事柄に関しては、私に従ってください。いいですね?」
「……わ、わかった」
「ララさんのお見舞いは、私がララさんの調子の良い時を見計らいますから、その時にします。もしかしたら数日後になるかもしれないですけど、いいですね?」
「あ、ああ。わかった。任せるよ」
すると、イコライは、なんだか嬉しそうに、改めてソラの手を握り直した。
「役割分担、だな」
「……ずいぶんと、おかしな役割分担ですけどね」
そう言いつつも、ソラは、なんだか目の前のイコライがおかしくて、少しだけ笑った。




