25 月並みなたとえ
一方その頃「獲物」たちは、重苦しい空気に包まれていた……ただ一人、イコライその人を除いて。
「あのなあ、イコライ」
やはり、最初にイコライをたしなめるのはカイトの役回りだった。
「連邦から独立した、中央集権政府を打ち立てる、ってことか……? そんなの、まるで夢物語だよ。戦乱の時代とは違うんだぞ。いまは連邦政府が圧倒的な力を持っている時代なんだ」
「そりゃ、いまの俺じゃ、何もできないだろうさ」
カイトに言われても、イコライは熱を失わずに言った。
「でも、オクタリウスって人に会って、色んなことを教われば……道が開けるかもしれない。いまのケンの話を聞いて、そう思った」
「イコライ……」
すると、今度はケンがため息交じりに言う。
「俺は別に、そういうつもりでいまの話をしたんじゃない。確かに、オクタリウス長官はすごい人だと思う。けど同時にあの人は、連邦とSHILFの国力の差もよく知っていた」
「雲海諸都市を連邦政府から独立させるためには、連邦軍と戦って勝つしかない……でも、そんなことは不可能だって、オクタリウス長官もよくわかってた。さっきの話は、あくまで講義の過程で出た、架空の話だ」
だが、イコライはなおも言う。
「……わかった。難しい、ってのはよくわかった。でもな。俺はもう決めたんだ。ケン、お前のことは何とか助けてやるから、その代わり、俺をオクタリウスのところに連れて行ってくれ。まず俺はオクタリウスと直接話す。話してみて、それで本当に無理そうだって納得できたなら、その時は諦めるよ」
だが、イコライは続けてこう言い切った。
「でも、とにかく俺は、オクタリウスに会いに行く。それはもう決めたことなんだ……だから、みんな協力して欲しい」
「「……」」
こいつ、なんて自分勝手なやつなんだ……。
カイトもケンも、そう思って、もはや口を閉じるしかなかった。
するとイコライは、その場にいた残る一人に水を向ける。
「ソラは? ソラは協力してくれるよな?」
そう聞くイコライは、明らかに良い返事を期待していて、声がうわずっていた。
「はあ?」
ところが、ソラはそんなイコライに対して、バカにするような声を返してくる。
「なんで、いちいち私に聞くんですか?」
「……え?」
「私は、あなたの忠実なセクサロイドですよ……イコライさんが行くって言うんなら、私はついていくしかないじゃないですか」
そう言って、ソラはドアに向かって歩いて行く。
そのまま出て行くのかと思ったら、不意に戸口で立ち止まって、肩越しに振り返って、ソラは言った。
「私には選択肢なんかないのに……いちいち聞くのって、なんなんですか。ほんと、イコライさんって、人の気持ちがわかんないですよね!」
「お、おい、ソラ!」
イコライは呼び止めようとしたが、ソラはそれを無視して、部屋を出て行ってしまう。
イコライもまた、慌ててソラのことを追いかけて部屋を出て行く。
残されたカイトとケンは、思わず顔を見合わせた。
「やれやれ」と、カイトは軽口を叩く。「俺たちがいくら言ってもビクともしなかったくせに、ソラちゃんにそっぽ向かれた途端、急にオドオドし始めやがった」
「それが愛なのかもしれないな」
と言いつつ、ケンもどこか呆れ顔だった。
「で、ケン。イコライのやつはSHILFに連れて行って欲しいみたいだったけど、お前の返事はどうなんだ? お前、ついこの間まで、もう死にたいようなこと言ってたけど」
「まあ、いまさら自殺したり自首したりしようとは、思わなくなったよ……そんなことしたら、ここまでしてくれているイコライに申し訳が立たない」
「ふーん。義理堅いんだか、バカなんだか」
「さあな」
カイトの嫌みを受け流しつつ、ケンはふと、窓の外の景色に目を向けた。どこまでも続く花畑に、青い空。まばらな白い霧。
「でも、だからといって、何かしようという気も起こってこない……自分で言うのもおかしいが、抜け殻になったみたいだ」
「……そうか」
いくらカイトでも、そんなことを言うケンに追い討ちをかけたりはしない。
代わりにカイトは、最近見たニュースの話をした。
「北極でまた大きな戦闘があるらしい……そこでSHILFが負ければ、イコライの気も変わるかもしれない」
「負ければ、な」
「なんだよそれ。なんだかんだ言って、やっぱりSHILFが勝つって信じてるのか?」
「信じてる、ってわけじゃないが……フランシス・セドレイ提督は、オクタリウス長官の勉強会の常連……というより、ゲスト講師のような人だった。あの人は軍におけるオクタリウス長官の盟友で、長官とはまた少し違った意味で、すごい人だったんだよ」
「少し違った意味、って?」
「ああ。月並みなたとえだが……」
そう前置きしつつ、ケンは言った。
「オクタリウス長官が氷なら、フランシス提督は炎、ってところかな」




