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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
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25 月並みなたとえ


 一方その頃「獲物」たちは、重苦しい空気に包まれていた……ただ一人、イコライその人を除いて。


「あのなあ、イコライ」

 やはり、最初にイコライをたしなめるのはカイトの役回りだった。


「連邦から独立した、中央集権政府を打ち立てる、ってことか……? そんなの、まるで夢物語だよ。戦乱の時代とは違うんだぞ。いまは連邦政府が圧倒的な力を持っている時代なんだ」


「そりゃ、いまの俺じゃ、何もできないだろうさ」

 カイトに言われても、イコライは熱を失わずに言った。


「でも、オクタリウスって人に会って、色んなことを教われば……道が開けるかもしれない。いまのケンの話を聞いて、そう思った」


「イコライ……」

 すると、今度はケンがため息交じりに言う。


「俺は別に、そういうつもりでいまの話をしたんじゃない。確かに、オクタリウス長官はすごい人だと思う。けど同時にあの人は、連邦とSHILFの国力の差もよく知っていた」


「雲海諸都市を連邦政府から独立させるためには、連邦軍と戦って勝つしかない……でも、そんなことは不可能だって、オクタリウス長官もよくわかってた。さっきの話は、あくまで講義の過程で出た、架空の話だ」


 だが、イコライはなおも言う。


「……わかった。難しい、ってのはよくわかった。でもな。俺はもう決めたんだ。ケン、お前のことは何とか助けてやるから、その代わり、俺をオクタリウスのところに連れて行ってくれ。まず俺はオクタリウスと直接話す。話してみて、それで本当に無理そうだって納得できたなら、その時は諦めるよ」


 だが、イコライは続けてこう言い切った。


「でも、とにかく俺は、オクタリウスに会いに行く。それはもう決めたことなんだ……だから、みんな協力して欲しい」


「「……」」

 こいつ、なんて自分勝手なやつなんだ……。


 カイトもケンも、そう思って、もはや口を閉じるしかなかった。


 するとイコライは、その場にいた残る一人に水を向ける。


「ソラは? ソラは協力してくれるよな?」

 そう聞くイコライは、明らかに良い返事を期待していて、声がうわずっていた。


「はあ?」

 ところが、ソラはそんなイコライに対して、バカにするような声を返してくる。


「なんで、いちいち私に聞くんですか?」

「……え?」


「私は、あなたの忠実なセクサロイドですよ……イコライさんが行くって言うんなら、私はついていくしかないじゃないですか」


 そう言って、ソラはドアに向かって歩いて行く。


 そのまま出て行くのかと思ったら、不意に戸口で立ち止まって、肩越しに振り返って、ソラは言った。


「私には選択肢なんかないのに……いちいち聞くのって、なんなんですか。ほんと、イコライさんって、人の気持ちがわかんないですよね!」


「お、おい、ソラ!」


 イコライは呼び止めようとしたが、ソラはそれを無視して、部屋を出て行ってしまう。

 イコライもまた、慌ててソラのことを追いかけて部屋を出て行く。


 残されたカイトとケンは、思わず顔を見合わせた。


「やれやれ」と、カイトは軽口を叩く。「俺たちがいくら言ってもビクともしなかったくせに、ソラちゃんにそっぽ向かれた途端、急にオドオドし始めやがった」


「それが愛なのかもしれないな」

 と言いつつ、ケンもどこか呆れ顔だった。


「で、ケン。イコライのやつはSHILFに連れて行って欲しいみたいだったけど、お前の返事はどうなんだ? お前、ついこの間まで、もう死にたいようなこと言ってたけど」


「まあ、いまさら自殺したり自首したりしようとは、思わなくなったよ……そんなことしたら、ここまでしてくれているイコライに申し訳が立たない」


「ふーん。義理堅いんだか、バカなんだか」

「さあな」


 カイトの嫌みを受け流しつつ、ケンはふと、窓の外の景色に目を向けた。どこまでも続く花畑に、青い空。まばらな白い霧。


「でも、だからといって、何かしようという気も起こってこない……自分で言うのもおかしいが、抜け殻になったみたいだ」

「……そうか」


 いくらカイトでも、そんなことを言うケンに追い討ちをかけたりはしない。

 代わりにカイトは、最近見たニュースの話をした。


「北極でまた大きな戦闘があるらしい……そこでSHILFが負ければ、イコライの気も変わるかもしれない」

「負ければ、な」


「なんだよそれ。なんだかんだ言って、やっぱりSHILFが勝つって信じてるのか?」


「信じてる、ってわけじゃないが……フランシス・セドレイ提督は、オクタリウス長官の勉強会の常連……というより、ゲスト講師のような人だった。あの人は軍におけるオクタリウス長官の盟友で、長官とはまた少し違った意味で、すごい人だったんだよ」


「少し違った意味、って?」

「ああ。月並みなたとえだが……」


 そう前置きしつつ、ケンは言った。


「オクタリウス長官が氷なら、フランシス提督は炎、ってところかな」

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