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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
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10 神様がいないなら、人間がなんとかするしかない

「お姉さま! せっかくだから、編隊着陸をやりましょうよ!」


 無線越しにサヤカが提案するのを聞いても、ミキはさしてなんとも思わなかった。


 飛行中のパイロットは、飛行に関わらない事柄への思考力が低下すると言われているから、そのせいかもしれない。

 が、本当に心の底からなんとも思っていない、ということもあり得た。


 どうでも良かった。


「好きにしなさい。でも、もうすぐ管制空域に入るから、静かにしてて」

「はーい!」


 正午少し前。霧もまばらな好天の空を、ミキとサヤカは編隊を組んで飛行していた。もうすぐ、目的地に到着だ。


 頃合いを見計らって、ミキは無線で、目的地の島を呼び出した。


「サン・ヘルマン管制、応答してください」

「こちらサン・ヘルマン管制、どうぞ」


 ミキは無線で、自分たちがフェアリィ社の戦闘機隊であることを告げた。

「着陸許可を求めます、どうぞ」


「……貴編隊を待機空域へ誘導します。指示に従ってください……方位〇九〇に転針し、高度一万五千フィートに降下してください。その後、速度三〇〇ノットまで減速してください」


 ミキはその返事が気に入らなかった。特に、高度一万五千フィートという部分……着陸待機の列の一番後ろに回された、と感じた。


「サン・ヘルマン管制、私たちは連邦政府の任務を遂行中です。ご配慮を願います。どうぞ」


 だが、しばしの沈黙の後で返ってきた答えは、こうだった。

「……それは、緊急事態を宣言するということですか、どうぞ」


 緊急事態か、だと?

 ミキは管制官の返答を聞いて、不快感に顔を歪めた。


 緊急事態を宣言すれば、順番をスキップして、最優先で着陸させてもらえる。世界の空の常識だ。


 だが、ここで言う緊急事態とは、燃料切れや機体の故障などで、直ちに着陸しなければ危険な状態のことを言う。つまりそれは「連邦政府」に「配慮」して、順番を先に回してもらうこととは、全く異なる。


 要するに、管制官は嫌みを言っているのだった。緊急事態でないのなら、黙って列に並べと。


 だが、ミキはひとまず、左手をスロットルから離して上げ、手のひらを斜め後ろに向けた。そのあたりを飛んでいる頭のおかしい部下に「抑えろ」の合図を送るためだ。


 そのまま少し待ち、サヤカが何も言わないのを確認してから、ミキは再び無線を開いた。


「……いいえ、そうではありません。指示は了解しました。方位〇九〇に転針、高度一万五千フィートに降下。その後、三〇〇ノットまで減速します」


「了解。追って指示があるまで、旋回して待機してください」


「……なんなんすか、こいつ!」

 交信が終わるなり、サヤカが編隊間無線でぶちまける。

「こんな態度の悪い管制官、初めてですよ!」


「……噂は本当だったのかもね」

「え? 噂、ですか?」

「なんでもない」


 サヤカに話すとまた面倒なことになりそうだと思い、ミキは黙った。知らないなら、知らないままにしておけばいい。それが無難というものだった。




 結局、二〇分ほどたっぷり待たされた後で、二人は編隊を組んだまま着陸した。


 二機の白いジェット戦闘機が、翼を並べて、滑り込むようにして滑走路に降り立つ。その光景は、素人が見れば、美しく見えると同時に、危険を顧みない勇敢な飛行であるかのように感じられただろう。だが、訓練を積んだミキたちにとっては、ほんの基礎的な技術にすぎなかった。


 そう、戦闘機を乗りこなすことなんて、自分にとっては大したことじゃない、とミキは思う。


 一度地面を蹴って空に上がってしまえば、そこはもう実力の世界。弱い者は砕け散るか、さもなくば雲海の下へと墜ちていき、強い者だけが、生き残って飛び続ける。そんな、シンプルな世界だ。


 むしろ、問題なのは……地上に降りてからの方だった。


 空港に降り立ち、フライトスーツを脱いでフェアリィ社のパリッとした白い制服に着替えたミキとサヤカを出迎えたのは、サン・ヘルマン島政府の役人だという、スーツ姿の中年男性だった。


 空港のロビーで会い、握手するなり、男は聞いてきた。


「失礼ですが……ずいぶんと、お若いようにお見受けしますが」


 ミキは何か無難な答えを口にしようとしたが、一瞬、どう答えたものか迷ってしまった。ようやく「あら、お世辞がお上手ですね」というのを思いついたのだが、悔やむべきことに、サヤカに先を越されてしまう。


「弊社は、実力主義を採用しておりますので」


 この上から目線の発言に、ミキは肝を冷やしつつ、表情は平静を保ったままで、横目でサヤカを見た。プラチナブロンドの長い髪を後頭部で束ね、白い制帽から溢れさせたサヤカは、これ以上ないぐらい明るい笑顔だった。


 すると、中年男が、サヤカとは対照的な固い顔で言う。


「なるほど。それは頼もしい限りですな。我々のような田舎の小役人とは違う……車を待たせてあります。こちらにどうぞ」


 中年男が背を向けると、ミキはあからさまにサヤカを睨んだが、サヤカはというと、そんなお叱りはどこ吹く風とばかりに、鼻歌交じりで歩き出すものだから、ミキは肩を落とした。


 そして、どうしてこう、地上には苦しみが満ちているのだろうと、神が与えたもうた試練を嘆いた。



 空港を出てすぐ、一行は自動運転車に乗り込んだ。案内役の男が前の席に座り、ミキとサヤカは並んで後部座席に座る。


 車が走り始めてすぐに、中年男は座席を回転させてミキたちの方を向き、口を開いた。

「ご安心ください。逃げられやしませんよ」


 男は、墜落したSHILFのパイロットのことを指して言っていた。


「ついさきほど、警察が山狩りを始めました。狭い島ですから、日没までには決着がつくでしょう……わざわざ、()()()()()()にお越しいただかなくても、良かったでしょうに」


 なんとなく棘のある言葉を聞いて、ミキは、ひとまずこの男を落ち着かせなければならない、と考える。


「私は、単なる連絡将校ですから」

 努めて冷静に、しかし、媚びてると思われないよう真顔で、ミキは言った。


「最新の情報さえ渡してもらえれば、それでいいのです。弊社の上層部も、皆さんを疑っているわけではありません。ただ、大公海の治安を連邦政府から任されている弊社としては、テレビのニュースで身柄確保の第一報を知るようなことでは、まずいですから。それだけのことなんです」


 実際、それぐらい簡単な任務でもなければ、いくら優秀とはいえ、社会人二年目に過ぎないミキが、連絡将校に任命されるなどあり得なかった。件のパイロットを逃がした張本人であるという事実があるにしても、だ。


 すると、それを聞いた役人の男は、

「ええ、ええ、わかりますよ」

 などと言った。


 何がわかったのだろう、とミキは思ったが、突っ込んで聞くことはしない。聞けば、かえって面倒が増えるに違いなかった。


 それにしても、やっぱり噂は本当だったみたいだなあ……などとミキが思ったその時、それまで、平民を見下ろす女王様みたいな目つきで窓の外の景色を眺めているだけだったサヤカが、いきなり口を開いた。


「あのパイロットが、簡単に捕まるとは思えないんですけどねえ……」

「サヤカ・シュリーマン二等軍曹。それはどういう意味?」


 ミキは、不快そうな顔になった男に対して「こいつは下士官なんですよ~階級が低いんですよ~だから気にしないでくださいね~」とさりげなくアピールしながら、サヤカに言った。


 だが、サヤカはミキに向かって振り返り、きっぱりと答えた。


「だって、私の攻撃をかわし切った上に、こんなとこまで逃げてくるような、生きる執念の塊みたいなやつですよ? こんな島の警察なんかに、簡単に捕まえられるとは思えない!」


「……」

 役人の男が、あからさまに眉をひそめる。

 ……ここまで来て、ミキはようやく、最近、サヤカを甘やかし過ぎていたことに気づいた。

 そして、ミキはこう言った。


「……それは、なんの根拠もない戯れ言だな、軍曹」

「なっ……!」


 冷たく言い放つミキを前に、サヤカは、珍しく怯んでいた。


 そしてミキは、役人が見ていることを意識しながら、ダメ押しとばかりに、限界まで声にすごみを利かせて、こう言った。


「口を慎め! ……下士官の分際で、偉そうな口を叩くな!」

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