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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第1章 エンゲージメント
11/91

10 生まれて初めて

「ソラ……」


 イコライがホテルの部屋に戻ると、案の定、ソラは出かけた時と同じように、ベッドの上に座っていた。


 すねた女の子そのものの、憂鬱そうな表情。狙ってやっているんだとしたら、本当にソラはよくできている、と思う。


 だからイコライも、人間の女の子と仲直りしようとする時みたいに……いや、「みたい」じゃなくて、事実その通りに、笑顔で話しかけた。


「なあソラ……ポーカーって、やったことあるか?」

「え? ポーカー?」


 ソラは、いぶかしげな顔をしてイコライを見返す。ちょっと、怒っているようにも見える。


 だが、イコライは買ってきたトランプを見せながら、笑顔で続けた。ポーカー用のトランプは、紙製ではなく、耐久力のあるプラスチック製で、取り扱っている店は少ない。これを探して街中歩き回っていたので、夜までかかってしまった。


「学生時代にすごくハマっててさ。俺が学校で一番強かったんだ。先輩よりもね」

「……すいません、話が読めないんですが」


「やろう、ポーカー。教えるから」

「それは……だけどイコライさん、さっきの話は?」


「それも大事だけど、いまはとりあえず仲直りしようよ。だからポーカー」

「……まあ、いいですけど」


 イコライはベッドサイドのテーブルと、部屋に備え付けてある椅子を持ってきて、ベッドに座っているソラに向かい合ってポーカーを教えた。


「……ルールの説明は終わりだ。何か質問は?」

「はい。率直に聞きたいんですが」


「なんだ?」

「どれぐらい手加減すればいいんですか?」

「すごい自信だな」

「そりゃそうですよ」


「手加減はなしで頼む」

 ソラはますます眉をひそめた。

「イコライさん、一体どうしちゃったんですか? 何のつもりなんです?」


「いいから、手加減はなしだ……なあソラ、そんなに自信があるなら、ちょっとこの問題に答えてみてくれよ……いまここに、五一%の確率で賭け金が二倍になって、四九%の確率で賭け金がゼロになるゲームがあるとする。このゲームにほぼ確実に勝つ方法があるんだが、どうすればいい?」


 ソラは即答した。


「持っているお金を少しずつに分けて、繰り返し賭ければいいです」


「たとえば、持っているお金が一〇〇クローネあるなら、一クローネずつ百回に分けて賭けます。勝ったお金をまた一クローネずつに分けて賭け続ければ、長い目で見て勝つ確率は、五一%より遙かに高くなります」


 答えを聞くと、イコライは両手を上げて、高らかに宣言した。


「ソラ、お前は天才だ!」

「イコライさん、あなたバカじゃないですか?」


 ソラは呆れたが、少しだけ笑った。イコライはそれを見て、すごくかわいいと思った。


「バカにするなよ。先輩の話じゃ、この問題に初見で正解できたやつは、ギャンブラーの素質があるんだって。っていうか、この問題に即答できる女の子なんて、世界中探したってソラしかいないよ!」


「もう一度言いますよ、イコライさん。あなたバカでしょう?」

 そう言いながらも、ソラは笑っていた。




 一時間ほどソラにポーカーを教えた後、イコライはソラを連れてカジノに繰り出した。


「イコライさん、ヤバイですって! カジノはヤバイです! 怖い黒服のお兄さんにボコボコにされちゃいますよ!」

「大丈夫大丈夫」


 イコライは嫌がる(それでいてどこか楽しそうな)ソラの腕を引いてフロアに入った。派手な赤い絨毯。スロットマシンの嬌声。行き交う人々の快楽に歪んだ表情……本格的なカジノに来るのは初めてだったが、ひどい場所だなあ、と思う。


 そんな中でイコライは、フロアの奥の方に、楕円形のポーカーテーブルがいくつかあるのを見つけた。人数の多いテーブルに目をつけて、近くに立つ。


「すいません」


 ちょうど一ゲームが終わったタイミングで、イコライはテーブルの人々の注意を引いた。老若男女、色んな人がいた。


「この子、ロボットなんですが、混ざらせてくれませんか。ポーカー専門のロボットじゃないんで、そこまで強くないですから」


 返ってきた反応は様々だった。「はあ?」「何なの?」「頭おかしいんじゃねえか」「あっち行け」。その中の一人、着飾った中年の女性だけは、少しは興味を持ってくれた。が、彼女が発した質問はまずかった。


「家事用のロボットさんなの?」

「いえ、私はセクサロイドです」


 ソラは自分の出自について聞かれたら正直に答えなくてはならない。ロボットが人間になりすますのを防ぐために、連邦法で義務づけられている。


 ソラの答えは、場を震撼させた。みんな一斉に顔をしかめ、うめき、イコライとソラに非難めいた視線を向けてくる。質問をした中年女性も、あんぐりと開けた口を、手で隠して固まっていた。


 まあ確かに、セクサロイドにポーカーをやらせようとしたら、こういう反応をされるのが普通だろうな……とイコライは思う。


 結局、イコライは肩をすぼませるソラの腕を引いて、その場を離れた。


「ソラ、悪かったよ、俺の配慮が足りなかった……あんま気にするなよ。どうせもう二度と会わない人たちだ」

「はい……」


 イコライは、次は人数の少ないテーブルにしようと思い、周囲を見渡した。すると、若い男と中年の男が、二人だけでプレイしているテーブルが見つかった。


 今度はすぐに話しかけたりせず、イコライはソラを伴って、しばらく様子をうかがった。イコライには、プレイしている男たちが二人とも上級プレイヤーだとすぐにわかった。


 考えている間、チップをカチャカチャともてあそぶ、その手つき……熟練のポーカープレイヤーたちが、よくやるやり方だったのだ。


 だが、二人の男は対照的な出で立ちをしていた。若い男は黒いタキシードでビシッと決めていたが、中年男のほうはTシャツにジーンズ、おまけにモジャモジャヒゲに野球帽という、無頼な格好をしていた。


 しかし、オールインの勝負になると、無頼な中年男の方が勝った。手持ちのチップを全て奪われた若い男は、


「チッ! 運の良いオッサンだな!」


 と吐き捨てて席を立つ。中年男は何も言い返さず、ディーラーが押し出してきたチップを、黙々と積み上げる作業に余念がなかった。イコライはそこを見計らって声をかけた。


「失礼ですが、プロの方ですか?」

 中年男はチラッとだけイコライのことを見て、低い声で返事をした。

「どうしてそう思った?」


 すると、イコライは一気にまくし立てる。


「あなたはブロックベットをコールしてフラッシュを引き当てた。一見すると、無謀なプレイをした後で、幸運に恵まれただけに見える。でも実際は、対戦相手の男はフラッシュの可能性が出ても降りられない性格だってことをあなたは読み切っていて、スタックもディープだったから、インプライドオッズが高いと見てコールしたんでしょう? 実際、勝った額を見ると、オッズは合っている」


 イコライが言い終えると、中年男は愉快そうに笑った。


「ブロックベットさえしていればドローはないと思ってるやつは、一番良いカモだよ。短期的にはその日の運に左右されるが、長い目で見れば大きく儲かる戦略だ……あんた、座んないのか」


「俺じゃなく、この子と勝負してみてくれませんかね」


 確率のことはわかっても、ポーカー用語はさっぱりわからないソラは、二人の会話を聞いて目を白黒させていたが、イコライはそんなソラを指差して言う。


「この子、ロボットなんですけど、俺がポーカーを教えたんです。でも、ポーカー専門のロボットじゃないから、そんなに強くないと思いますよ」


「……ポーカー専門のロボットじゃない、ってえと?」

「私はセクサロイドです」


 ソラの答えに、中年男はやや目を見開いて、少し考え込んだ。


 だがイコライは、この男は応じるはずだと読んでいた。この中年男のテーブルに人がいないのは、彼が強すぎることが知れ渡っているせいに違いない。こうなるとプロのギャンブラーは商売あがったりだ。今日、この男がこれ以上稼ぐためには、イコライの申し出に応じるほかはない。


 イコライの読み通り、男は、

「いいぜ、座りな」

 と言った。それを見て、ロボットのディーラーが


「他のお客様が来たら、退席をお願いします」


 と注意してくるが、止めようとまではしない。ポーカーは他のカジノゲームとは違って、客とカジノの勝負ではなく、客同士の勝負だ。店は賭け金の一部を手数料としてもらって儲ける仕組みになっている。


 だから、客同士が同意するなら、ソラのようなロボットが勝負しても問題はない、ということだ。


 さて、緊張した面持ちで席に着いたソラと、余裕を装いつつもやはりどこか警戒した様子の中年男の勝負の行方はというと……勝ったり負けたりだった。平凡な展開だ。


 横から見ているだけのイコライが、笑いながらそれを茶化す。


「ロボットだからって、毎回勝てるわけじゃないんだよな」

「当たり前じゃないですか」


 ソラが不満げに口を尖らせて言う。


「特定の一つの勝負で勝てるかどうかは、運で決まるんですから。技術の差、つまり、勝率の差がはっきりとあらわれてくるのは、もっと何回も、それこそ、何百何千って勝負を繰り返した時点の話です。さっきイコライさんが出した問題と一緒です」


「よくわかってんじゃん。教えてないのに」

「ほんと、イコライさん、一体何を考えてるんですか……?」


「んー、思うんだけどさ」

「え?」


「そこがポーカーの良いところだよな。強くても、勝てるとは限らないところがさ。戦争なんかよりずっといいよ」

「……」


「長い目で見たら強い方が勝つって言ったって、そんなの、一般人の感覚じゃわかりゃしない。わかったとしても、勝ったり負けたりを繰り返してれば、十分にポーカーは楽しめる。だから俺、思ったんだよ。ポーカーだったら、人間もロボットも、一緒になって楽しめるんじゃないかって……」


「イコライさん、まさか……私を楽しませるために?」

 家事をしてばかりで、ロクに楽しみのない自分のために、イコライは唐突にポーカーとか言い始めたのか……ソラはそう理解した。


 すると、イコライは言う。


「まあ、これから先もずっと一緒なら、共通の趣味が一つぐらいあった方がいいかな、って……なあ、ソラはいま、楽しいか?」

「……私は……」


 と、そこで中年男が攻撃をしかけてきて、会話は中断された。相手からのオールイン。ソラはチップ全額を賭けて乗るか、降りるかを決めなければならない。


 ソラがこっそりと自分のカードを見て、イコライもそれを覗き込んだ。ほぼ確実に勝っている、と判断できる手だ。しかし、二人ともポーカーフェイスを崩さない。


「イコライさん」ソラは、イコライにしか聞こえない小声で言った。「私、降りようと思います」

「え? どうして?」

「だって、悪いですよ。ロボットの私がこんなこと……」


「気にすることないよ。相手だって勝負に同意したんだ。それに、特定の一つの勝負の結果は、単なる運でしかないんだろ? 相手の男だってプロなんだから、それはわかってるよ」


「でも……私、やっぱり、」

 降ります、と、ソラが言いそうになる直前で、

「なあ、」

 と男が言ってきたので、イコライとソラはひそひそ話を中断し、男に向き直った。


 が、男はイコライのことしか見ずに、こう言った。

「そのセクサロイド……どこで買ったんだ? いくらだった?」


「……」

 男が言うなり、急に真顔になったソラは、

「乗ります」

 と宣言して、手札を見せた。


 それを見た中年男は「オオオウ! やっちまった……」などとうめいて、悔しそうに頭を抱える。


 ディーラーロボットが、大量のチップを押し出してくる。ちょっとした稼ぎだ。生まれて初めてソラが稼いだ金だな、とイコライは思う。


「イコライさん、行きましょ」

「ああ」


 憮然として立ち上がるソラに急かされて、イコライはいそいそと、ソラが稼いだチップをケースに詰めていく。


「イコライさん」

「ん?」

 イコライに向かって、ソラは微笑みかけた。


「……いま、ちょっと楽しかったです」

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