異世界転生篇
郷田くんは何処にでもいるごく普通の男子高校生。この日の朝も郷田くんはいつものように学校に行く準備をしていました。
「今日はどのバットを持って行こうか」
郷田くんが満面の笑みでクローゼットを開けるとその中には不自然に凹んでいたり曲がっていたり此処では言えない様な汚れのついているバットがズラリとなら
「っしゃああああああああ」
そう言って、クローゼットの扉を勢いよく閉めたのは五十嵐さんでした。
「五十嵐テメェいきなり何すんだよ」
「何でこれから異世界転生しようとしてる人間がウキウキ顔で金属バット持って通学しようとしてるのかしら?」
「異世界転生してる奴が金属バット持ってたらいけねーのかよ」
「異世界転生する人間なんてのは昔から金属バットとは無縁の生き物なのよ」
このご時勢だと言うのに五十嵐さんは随分と強気な発言です。
「じゃあ野球部員は異世界転生しちゃいけねーって言うのか」
全読者共通の疑問かどうかは分からない疑問を郷田くんが投げかけました。
「野球部員が行きたいのは異世界ではなく甲子園よ」
そう言い放った五十嵐さんの顔はとても誇らしげで、その言葉には不思議と妙な説得力がありました。
「というわけで連れてきたわよ」
そう言って五十嵐さんが連れてきたのは主人公でした。
「誰だお前?」
突然現れた見知らぬ男子高校生に対する郷田くんの疑問は至極当然のものでした。
「はじめまして、主人公です」
そう言って主人公は簡単な自己紹介をしました。
「この子はそこら辺を歩いてたただの一般人よ。暇そうだったから連れてきたわ」
「よく分からないけど通学中にいきなり声をかけられました」
軽く誘拐な気もします。因みにこれを読んでいる皆さんは誘拐をしないように気をつけてください。
「そんなわけでこれから主人公には異世界に行ってもらうわ」
「よくわからないけど、わかりました」
「それじゃ早速だけどトラックに轢かれて頂戴」
いきなり物騒です。
「いきなり物騒だなオイ」
郷田くんとツッコミがかぶりました。
「大丈夫よ。だって、どうせ死んでも異世界に行くだけですもの」
「おーい」
突然外から声が聴こえてきました。
「今度は何だ」
郷田くんが部屋の窓から外を覗くとダンボールで作られたトラックを担いでる櫻井くんと山本くんが立っていました。
いえ、よく見ると櫻井くんは山本くんの持っているトラック型のダンボールにぶら下がっていました。
「なあ五十嵐」
郷田くんが櫻井くんを指差しながら五十嵐さんの方を見ます。
「どうしたのかしら郷田くん。そんなに見つめられたら照れるじゃない」
五十嵐さんがわざとらしく頬を赤らめる。演技派だ。
「そういう気色悪いのどうでも良いからアイツ馬鹿なのか?」
アイツというのは勿論櫻井くんの事である。
「そうよ彼は眼鏡を掛けただけのただの馬鹿よ」
どうやら櫻井くんは馬鹿らしい。
「いつまで待たせるつもりですか」
そんな馬鹿。もとい櫻井くんがとうとう部屋までやってきました。お手製のトラックはどうやら外に置いてきたようです。
「ピピーッ」
外から笛の音が聴こえてきました。
「なあアレ」
郷田くんが窓の外を見ています。
外では山本くんを園原さんがレッカー移動していきました。
「まいったわね」
五十嵐さんが口元に手をあてて言いました。
「ああー、僕の車がー」
櫻井くんが何か叫んでいます。
「これじゃ主人公が死ねないわね」
五十嵐さんは困りました。
「それじゃこの話はなしだな。さっさと解散しようぜ」
郷田くんが提案したその時でした。
「あのー」
突然主人公が右手を挙げて主張してきます。
「何かしら、主人公」
「トラックなら何でもいいのか?」
「むしろソレっぽく死ねれば何でも良いわ」
なかなかに物騒な発言です。
「これとかどうだろうか」
そう言って主人公が取り出したのはミニカーのトラックでした。
「ナイスよ。主人公」
そう言うと五十嵐さんは主人公の手からミニカーのトラックを受け取ると櫻井くんに手渡しました。
「やったー。ピカピカの新車だー」
櫻井くんは雄叫びをあげて喜びました。正直引きます。
「さあ早くそれで主人公を転生させ(ころし)なさい」
「ブブーン」
と口で言いながら櫻井くんは手に持ったミニカーのトラックを主人公にぶつけました。
ドカーン。ドカーン。キキーッ。ドシャーン。ラーメンタベタイ。ズドドーン。こうして主人公は死にました。
「そんな、まさか主人公が死ぬなんて」
五十嵐さんが主人公を膝枕して、目から大粒の液体を流しています。
左手には目薬が見えていましたが、それをチラ見した主人公も含めてみんな見ないフリをしました。
「彼を殺した犯人はきっとこの中にいるわ」
そう言うと五十嵐さんはスッと立ち上がりました。その反動で床に頭を打ち付けた主人公の目にはうっすらと涙が浮かんでいました。因みに彼の左手に目薬はありません。
「私が必ず犯人を見つけて見せる。この名探偵の名にかけて」
いつから名探偵になったのかは不明だが推理するまでもなく犯人は櫻井くんだし、このままだと異世界転生ものからミステリーものに変わってしまいそうなので一度CMをどうぞ
『異世界転生したと思ったら死んだままだった俺は異世界不適合者となった』
二〇一八年八月現在インターネットで連載中です。興味を持った方は是非検索してみてください。
さて、CMが明けて再び本編です。
トラックに轢かれて死んでしまった主人公の目の前には中野さんが立っていました。
「私は女神です。主人公よあなたは死にました」
中野さんは自分の事を女神だと言いました。随分と太った女神です。
「俺、死んだのか?」
「今からあなたは異世界に転生します」
中野さんがそう言うと
「次はー、隣街―、隣街―、お出口は右側になります。」
電車のアナウンスが流れてきました。
電車が止まり扉が開くと主人公は降りていきました。
「ここは一体何処なんだ」
此処は異世界です。
「何処って電車で一駅来ただけの異世界だろ」
いいえ、異世界です。
「まさか此処は異世界なのか?」
そうです。異世界です。
「いやいやお前コレただの隣街だから」
「甘いわよ。郷田くん」
五十嵐さんがしゃしゃり出てきました。
「学区外は私達学生にとっては立派な異世界よ。夏休み前に渡されるプリントにも子どもだけで学区外に出てはいけないと書かれてるわ」
「それ小学生の話なー。俺らもう高校生だからー」
「つまり私達学生にとっては、この隣街こそが未知の異世界なのよ」
五十嵐さんは郷田くんの意見を無視して言い放ちました。
「いや、俺ら先週も此処来たし」
そう言った郷田くんの声は完全にスルーされました。
「で、何で俺がこんな格好してるんだよ」
何故か郷田くんは女子の制服を着ていた。
「郷田くん。あなたはこの世界のヒロインよ。色々あって主人公と行動を共にする事になったわ」
「いや、俺じゃない方がいいだろ?」
「私は名探偵だし他はみんなトラック役やらなんやらで人手が足りないのよ」
「トラック役ってなんだよ。意味わかんねーよ。」
確かに意味はわからない。
「あと名探偵って一人だけ世界観違いすぎるだろーが」
異世界名探偵ものを書いてる全ての作家に謝罪します。ごめんなさい。
「って、もうツッコミ疲れたわ」
そう言った郷田くんの顔はゲンナリしていました。
主人公と郷田くんは隣街を歩いていました。
「にしても腹減ったな。なんか食いてえ気分だ」
ヒロインのピンチに主人公は果たしてどうするのか?
「大丈夫だ。俺にまかせろ」
そう言った主人公の顔はとても自身に満ち溢れていました。
「着いたぞ。ここだ」
そう言って主人公が郷田くんを連れて来たのはラーメン屋さんでした。
「朝からラーメン食うのか?」
「ここで俺が転生する際に女神から授かった『制限時間内に全部食べ切れたら無料』を使う」
それはただの店側のサービスである。
「うっぷ」
三十分後。お腹一杯で苦しそうな主人公の姿がそこにはありました。
器の中を見ると中身は殆ど残されていました。
「お前小食なんだな」
郷田くんは完食していました。
「ねえおじさん。どうしてもおかわり出来ないの?」
中野さんが三十分で完食出来たら無料になる大盛りラーメンのおかわりを催促していました。随分と食い意地の張った女神です。
完食できなかった主人公は罰金として五千円を支払いました。
「ははっ。俺また何かやっちゃいましたか」
またかどうかは知らないけど、やっちゃった事に変わりありません。
さて、腹ごしらえも終わりいよいよボスの登場です。
「フハハハハー。わたしが魔王だー」
包丁を持った松木さんのその叫びは遠すぎてよく聴こえませんでした。
ピロリン。と音が鳴り松木さんが携帯電話を確認すると「ごめん。何言ってるのか聴こえないわ」という五十嵐さんからのメッセージが送られてきました。
松木さんは包丁を振りかざしながら走ってきました。
そして途中、巡回中のおまわりさんに見つかり、何処かへと連れていかれました。
「アイツ何やってんだ」
郷田くんは呆れていました。
「これで平和が守られたぞ」
主人公は今回ラーメンを残してお店に五千円を支払っただけで特に何の活躍もしていません。
「そういえば私達今日学校じゃなかったかしら」
誰もが忘れていたであろう平日だという設定を五十嵐さんが思い出したかのようにぶっ込んで来ました。
こうして思い出したかのように学校に行きましたが、大幅に遅刻した事で教師にめちゃくちゃ怒られました。
主人公は五千円を支払った事で電車に乗れず徒歩で隣街から歩いて帰りました。
ちなみに、このお話はフィクションですが作者が『異世界転生したと思ったら死んだままだった俺は異世界不適合者となった』を連載しているという部分だけはノンフィクションです。
ちゃんとした異世界転生モノを期待して来てしまった人、申し訳ありませんでした。
いつか恋愛篇を書きたいと思っています。