王子の思惑
この日、エールシュタット砦の司令官であるラルフ・バロン・フォン・エヴァンツは大きな土煙と共に、正面からこちらへやって来る千以上は居ようかと言う隊列を見た。
さらに馬に乗った1人がそれらを置いてこちらへ走ってきている。
――――疾い。良い馬だ。
敵襲の警鐘を鳴らそうとしたラルフだったが、思いとどまりこちらへやってくる者の言葉を待つ。
大声なら届くほどの距離で手綱を引き、白馬を止めた彼は叫ぶ。
「我が名はヨハネス・ヴィエンシュタイン!由あってこの地へ来た!我が軍を駐留させてはくれぬだろうか!」
金色の髪が太陽をはねかえす。勇壮な姿。それはまさしくベルラントの王子たるヨハネスだった。
生きていた。ヴィクトーリアの兄は生きていたのだ。
「門を開け招き入れよ!皇都に使いを出せ!ヨハネス王子が生きていたとな!」
振り絞った大声でそう叫んだ。
* * *
所変わって皇都である。
ヴィクトーリアは秋坂と楽しそうに話していた。詳しくは知らないが、秋坂がベルラントについて話を聞いているうちに仲良くなったらしい。
――――それを紅茶を嗜みながら見守る影が三つ。
「君たちには出来ない芸当だな」
イーリスが悠と蒼真を嘲笑うかのように言った。
「……僕の仕事は知識を引っ張り出すのと交渉ごとだから良いんですよ」
「俺だって機械弄るのが仕事だから良いんですよ!」
「そっくりだぞ君たち」
ニヤニヤと笑うイーリス。実に楽しそうである。
「僕と蒼真が?心外ですよ。もはや侮辱だ」
「うわっ、酷いな先輩」
とは言いつつも2人とも楽しそうである。
談笑しているところへ兵士が1人やってくる。
「コセキ殿、モニカ様がお呼びです」
「わかった。すぐ行く」
悠は2人に会釈をし、すぐにモニカのもとへ向かう。秋坂も同様だった。
「先輩の分の紅茶は飲んでおきますね!」
「まぁいいけどさ」
そう呟いて出て行った。
「先輩生き生きしてますねぇ」
「だな。楽しそうだ」
「私も加えてくださる?」
背後から突然声がした。びっくりして2人が振り向くと、立っていたのは秋坂に置いていかれたヴィクトーリアだった。
「おう、来たかユウ、ちょうどよかった」
モニカと秋坂が謁見の間で待っていた。
「何かあったんですか?」
「それがな、ヨハネス王子が生きていたそうなのだ。今伝令兵と共に来ているらしい」
――――エールシュタットに現れた際、王子だけ伝令について来ていたのだった。身軽なものである。
「それでその話し合いに同席しろってことですね?」
「そういうことだ」
扉が開き、報告に現れた兵が間も無くやってくると告げる。
「恐らく王子は助力を取り付けに来るはずだ。妾としては助けたいところだが、国の事もある。上手い着地点を探して欲しい」
モニカが悠に向き、沈痛な面持ちでそう言った。
「お任せください」
悠は力強く頷いた。
「久しぶりだなモニカ。元気そうで何よりだ」
「そちらもな。まあ大変そうだが」
――――よく通る声だ。王族らしく堂々とし、その居住まいは貫禄がある。
二、三言葉を交わしたあと、真剣な顔になり、言った。
「それでだ。……心苦しいのだが、俺は国と家族を奪われてしまった。これは貴君らも知っていると思う」
「存じ上げております」
モニカの代わりに答える。悠の出番だ。
「俺はむざむざと国を追いやられ、そのままでいる気はないのだ。だが、兵力が足らぬ」
フェムル側の報告では1500ほどとなっている。
「無理を承知で頼む。幾ばくか、兵を貸してはくれぬだろうか」
どストレートで来たな、と悠は思った。
「王子殿下はいかほどの数をお望みですか?」
ひとまず探る。
「ふむ、ベルラントにて今敵として動くであろう兵数は凡そ1万。攻城戦のことを考えれば、少なくとも1万5000は欲しいところだ」
敵の情報についてはこちら側と差異はない。欲しい兵力も妥当な数だった。
兵法書をある程度読んでおいてよかった、と悠は安堵する。
「現在我が国の兵力は全てかき集めて4万と言ったところでしょうか。その中から1万5000となると手痛いと言うのが正直なところではあります」
「うむ、それは承知している」
しばし悠は考える。縁を深めておき、貸しを作るのは国としては得なのだが、それで兵を失うのは避けたい。難しいところだった。
「ひとまず助力はお約束しますが、その規模などについては作戦内容などを鑑みて決める、という形でよろしいでしょうか?」
そう言うと、ヨハネスは一安心したようだ。
「ああ、全く問題ない」
最後にモニカが一言添える。
「妾も隣国の友人を助けたい思いでいる。だが自分達が生きることも重要なのだ。すまないな」
悠はイーリスと蒼真のもとへ戻った。なぜかヴィクトーリアも居た。
「お、お疲れのようだな、ユウ」
「お帰りっすせんぱーい」
「お帰りなさ〜い」
「……ヴィクトーリア姫まで……」
悠は溜息と共に吐き捨てるように言った。全く呑気なものである。
「イーリスさん仕事は良いんですか?」
「ああ。大体は片付けて、あとは部下に任せてある」
そう言うとイーリスは紅茶を一口飲んだ。
「そういや、連発式小銃はどうだ?」
蒼真へと視線を飛ばす。彼の前には二つのティーカップがある。本当に飲んでいた。
「試作品は出来上がったんでとりあえず試射ですかね」
「ちょうどよかった。その試射ちょっと大ごとにしようかと思ってな」
「えぇ!?」
蒼真が抗議の声を上げているが無視だ。
そこへヴィクトーリアの疑問が飛んで来た。
「あの、"れんぱつしきしょうじゅう"ってなんですか?」
――――しまった。
ヴィクトーリアの存在を気にしていなかった。迂闊に他国の要人がいるところで話す内容ではなかった、と悠は後悔した。
「いえ、国家機密に等しい物なので……。詳しくはヨハネス王子がいる時に説明します」
すると、また別の反応が返って来た。
「え?兄上が来ていらっしゃるのですか!?」
……考え事をしていて忘れてしまっていた。
* * *
銃声、そしてコッキングレバーを引く音が五回ほど繰り返される。見事に五つ中四つの的を撃ち抜いた。
「これが、連発式小銃の試作品です」
静まり返った草原に悠の声が良く響いた。初めて見るの者は目を丸くし、口をわなわなと震わせている。そうでなくてもため息とともに唸り声を出している者もいた。
その場には、モニカ、ヨハネス、ヴィクトーリア、鍛治屋協会の長であるギード、軍務局長のルードルフが居た。そして射手は蒼真だ。悠はその側に立ち、解説をする。
「撃つ度に装填はせず、五発一度に装填します。コッキングレバーを引くことでバレルに装弾されます」
蒼真は実際にそれをやって見せた。
「これは……また戦争が変わるのか……」
ヨハネスがそう呟いた。その通りなのだ。
――――銃が開発されるまで、戦いとは剣や槍での完全な個人技だった。レンジは狭い。なので部隊が壊滅と言っても4割以上残っている事もあった。
だが銃が開発され、兵1人の攻撃可能圏は一気に広がった。さらに威力も上がる。その上誰でも引き金を引けば、洗練された騎兵を打ち倒せるという容易さもあった。
こうなると、一度戦闘が始まると逃げる事も危うくなる。壊滅は全滅を意味するようになるのだ。
現在フェムルや付近の国々で多用されているのは、引き金を引くことで火打ち石のついたアームが振り下ろされ、それによって出た火花が込められた火薬に点火する、という方式だ。前装式のマスケットと呼ばれる物や、後装式のスナイドル銃が有名だろう。
さらに、ここで連発式の銃が導入される事で、より敵を殺すスピードが上がる。より多くの人が死ぬのだ。
国にとって敵が死ぬことが得でも、人類にとって人が死ぬことは大きな損失である。
だが、兵器の進化は止まらない。
王族であるヨハネスはそれらを理解していた。同時に未来を憂いだ。
「我々はこれを今後主力兵科として採用しようと考えています」
ヨハネスは悠の顔を見た。敵を殺す事を得だとしか考えていないかと思ったからだった。だが、悠の顔は暗く、辛そうである。軽く安堵した。そして悠の意図を探る。
「要するに、少ない兵でも勝ち得るという事を言いたいのだな?」
「その通りです。総出で生産すれば来月半ばには500丁ほど用意できるでしょう」
ヨハネスは冷や汗を流した。
* * *
「あんなに教えちゃってよかったんですか?」
蒼真が使った銃の整備をしながら傍に立っている悠に話しかける。
「あそこまで言わないと信用されないと思ってね。それに機構的な面は何も教えてないし、触らせてもいないから模倣の心配もない」
「まあそうっすけど。貸与とかはしないんすか?」
「向こうは1500程度の兵しかいないから銃を扱えるものもそれだけ少なくなるからな。それに能力的な面もある……」
――――フェムル皇国軍は銃を正式採用した時点で銃士隊を少数ではあるが作っていた。その数500。これはひとえにルードルフや麾下軍務局の先見の明の賜物だろう。今までの形に拘らず、常に新しい可能性を探っている。老獪ではあるが頭が凝り固まっていない。優秀な人材だった。
「御託を並べたけど出来るだけ国外に出したくないってのが本音かな」
「まあうちの優位を崩す発端にならないとも言えないですからね」
なるべく人を殺したくない悠だが、頭の中では幾らか割り切れていた。ただ実際に目にはしていないので感情的にはどうなるかわからない。
さて、その弾丸はベルラントに巣食う毒蛇を打ち払えるのか。
最近1日4000字がきつくなってまいりました。ネタがどんどん文に消えていくのです。これでは展開を考えられないのです。
なので投稿間隔をいくらか開けていこうと思います。目安は二、三日のつもりです。