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舌戦は営業におまかせ(休載中)  作者: 富嶽 ゆうき
二章 亡国の兵団
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亡国の姫君

 

 日がじりじりと石壁に照りつける。東京ほどでは無いが十分暑い夏だった。

「クーラーないってのはキツイもんすねぇ」

 蒼真がぼやいた。

「まだ涼しい方でいいじゃないか」

 そうは言うものの、悠も暑そうだ。

 2人ともこの暑さの中スーツを着込んでいるのだから当然である。流石にジャケットは脱いでいるが。

「貴方達、阿呆じゃないの?」

 一人涼しげな貫頭衣(かんとうい)を着ている秋坂は平気そうだ。

「妾は暑くなどないぞ」

 そう言って顔を真っ赤にしているのはモニカだ。彼女も鋼の意思で暑そうなドレスを着ている。

 四人が居るのは悠の部屋だ。

 ――――その内三人が不必要な厚着をして暑さに悶える様は実に愚かであった。

「皆さん、飲み物をお持ちしました」

 地下から汲みあげる井戸水は夏でも幾らか冷たい。それを持ってきてくれたソフィは(まさ)に天使であった。


 ――――蒼真によってもたらされた機械工業は、ようやく形になってきたところだ。蒸気機関の第1号が完成し、試運転をしている。

 また、政治体制もゆっくりとだが変化し始めている。

 大きなものでは、まだ小規模であるものの議会に準ずるものが作られた。それぞれ、商人や貴族や農民などの国民階層から弁がたつもの2人が選ばれ、定期的に議論を行なっている。まだそれの決定に拘束力はなく、皇帝への政策嘆願のようなものだった。

 だが悠が判断するに、優良な政策もいくつかあり、現在官僚らによって試行の段階に入っている。


 順調に成長しつつあるフェムル皇国だった。

 ――――その首都に向かう人影が一つ。それは何をもたらすのか。薬か毒か。



  * * *



 所変わって首都を囲む城壁の関である。

 争いの火種がくすぶり、野盗が蔓延り、猛獣が森を跋扈(ばっこ)しているため、壁は必要なのだ。

 それを通る為には関にて尋問を受ける必要があった。

 今日詰所にいた兵士の一人は、普段あまり見ないような格好をした女が、一人で平原を歩いて来るのを見た。仕立ての良い服装をしている見えるが、薄汚れているように見える。

 なんにせよ素通りさせるわけにはいかない。

 近づいて来たところで前に立ち、問う。

「皇都レンブルグに何用か」

 その頭をフードで隠したその女答えずにスッと手を差し出した。手には何かが載っている。

「ん?これは……!?」

 フェムルの東に位置し、友好的な関係を築いている隣国、ベルラント王家の紋章だった。


「私の名はヴィクトーリア・ヴィエンシュタイン。皇帝に取り次いでください」


「っ!はいっ!」

 兵士は大慌てで部下の1人を皇城へ走らせた。


「なんだと!?ヴィクトーリア姫が単身で!?すぐに迎えを出せ!」

 その報告は悠や秋坂を通さず、直に皇帝へと伝わった。

「ヴィクトーリアと言えばベルラント王族の姫君ですよね。なんで一人で……」

 秋坂は悲痛な顔で呟く。

 ――――こちらへ来るとしても、前もっての通達は何もなく、更には護衛の一人も付けずに来たとなると、ベルラントで何かあったと考えつくのは必然だ。

 モニカは控えていた兵一人に告げる。

「軍務局に通達。ベルラント国境付近の偵察を増やし、報告を密にせよ。最前線となり得るエールシュタット砦には警戒を厳に命ずる」

 悠は一瞬やりすぎではないかと思ったが、備えておいて損は無い。王女が1人で国を抜け出すと言うのは、それほど稀有なことなのである。


「久しいですね、モニカ。それとも皇帝陛下とお呼びした方がいいかしら」

「モニカでよい。よく来てくれた、と言いたいところだが、そういうわけにもいかなそうだな」

 モニカはヴィクトーリアの様相を見てそう答えた。二人は同世代のようだ。

 彼女は王族の着るような服ではなく、一般的な旅人が纏うマントやズボンといった出で立ちだった。フードに覆われていた金髪もどことなくくすみ、その凛々しい顔立ちには疲労の色が濃い。更には砂や泥で汚れていた。

「詳しくは落ち着いてから改めてお話ししますが……国王が暗殺されました」

 三人は目を見開いて黙りこくった。

 数ヶ月前のフェムルの状況と変わらなかったのだ。

 さらにヴィクトーリアが言うには、クーデターが起きているかもしれないそうだ。彼女の側近が、重臣達が画策しているのを立聞きしたらしい。それを兄である王子 ヨハネスに伝えた所、「抜け出してフェムルへ行き、事情を話せ」と言われ、その通りにしたと。

「護衛の騎士は道中、野盗の襲撃を受けた時に犠牲となって私を逃がしました」

 ヴィクトーリアは俯き、そう呟いた。


 ひとまず彼女を貴賓の間へ案内し、しばらくは静養してもらうことにした。

 モニカは悠と秋坂の二人を連れ、議場へ向かう。この有事に際し、モニカは御前会議を招集した。各省のトップや、他の権力を握っている者らが一堂に会する。ここでの決定は国内最高の強制力を持つのだ。

 ――――議場へと三人が入って来る。長テーブルに着いていた要人が一斉に立ち、一礼した。モニカは返礼をする。

「ベルラントで王族が暗殺された」

 モニカは開口一番、そう言い放った。

 それに続き、軍務局長であり老獪な男性貴族のルードルフ・フュルスト・フォン・エルバルトがしわがれた声で補足をする。

「駐在していた兵士からの報告によりますと、クーデターが起きたようです。新しい主導者はバルツィア帝国への恭順を示しました。なお、王族の消息はわかっていません」

「バルツィア帝国か……」

 誰かが呟いた。

 大陸に覇を唱えるバルツィアは数百年もの間戦争を繰り返し、その版図を広げている。それだけに周辺国とは友好な関係を一切持っていない。

 しかし、それでも国が傾かないほど、強大だった。

 悠は呟く。

「先代皇帝の嗜虐も、これが狙いだったのかもしれませんね」

 幾人かは驚いていたが、大多数が同意見だったようだ。

「ベルラント暫定政府からは手紙を携えた二人だけの使節が来ましたが、主導者の交代を一方的に告げただけにとどまりました」

 外交省のトップである大臣 カミラ・マークィス・フォン・フランクが言った。

 本来、外交使節ならば皇帝が迎えるのだが、彼等は手紙を渡しただけで帰っていったようだ。不自然である。

 ――――そして場は静かになった。

「現状出る情報は以上か?」

 皆が沈黙を以って答える。

「そのようですね」

「わかった。明日、ベルラントへどう言った対応をしていくか決定をするためもう一度招集する。各々持ち帰り、省や局などで意見を統一させよ。以上だ」

 重臣達が一斉に立ち、礼をした。返礼をしてからモニカは2人を伴い退出する。

 モニカは皇帝になってから物凄い勢いで成長している。もう成人したばかりの歳とは思えないほどに、皇帝の役割を果たしていた。

 皇帝の執務室へ戻る最中、モニカが話し出す。

「この後ヴィクトーリアからもう少し話を聞き出したいんじゃが、二人のどちらがいいか……」

「多分秋坂が良いと思いますよ。何より同性ですから精神的負担は少ないでしょう。それに、僕は少し行きたいところがありますので」

「私も同意見です。お任せください」

「うむ、わかった。頼むぞ」

 モニカは軽く頷きながらそう言った。

 ――――悠は一人、別のところへ向かう。



  * * *



 蒼真はひたすらに機械を弄っていた。無論遊びではなく仕事である。現在蒸気機関の試運転中だ。炎が燃え盛る音や蒸気が排出される音が辺りに響く。

 この国を1番進歩させているのは蒼真かもしれない。

 その様子をギードが見に来ていた。

「相変わらずすげーなソウマ。なんだってこんなんが作れるんだ」

「そこまですごくもないっすよ。へへ」

 終始このように褒められ、蒼真の顔は綻び続けている。仕事が楽しかった。

 試運転の結果は好調。何の問題もない。


「お、やってるな蒼真」

 そこへ突然悠が訪れた。

「あ、先輩。お疲れ様っす」

 悠は手を上げて返事をした。

「ちょっと外来てくれ」

「なんすか?」

 乗っていた台を軽々と飛び降りる。そして、建物の外へと連れ出される蒼真。何の用だろうか。

「突然ですまないが、戦争が起きるかもしれない」

「戦争……ですか……」

 日本人の二人にとって戦争はとても遠いものだった。幾ら教育や報道などで知らされても、それらは情報に過ぎない。本当の憎しみは知らないのだ。

「となりのベルラントの様子がおかしくてな。まだ可能性の域を出ないが」

 二人共複雑な心模様だった。

 戦争は避けたいが、この世界で自分が生き延びるにはしなければならない事もある。わかっているものの、自分のために他人を殺さなければならない、と言うのはどうにも上手く想像できないものだ。

「頼みたいことがあるんだが……」

 それを口にするのに覚悟が必要だったのか、悠は一呼吸置いた。

「連発式小銃の開発をしてくれないか。数はいらない」

 ――――連発式小銃。現在主流である、撃つ度に弾を込めなければ使えない小銃とは一線を画すもの。それ一つで何本もの単発式小銃に匹敵する。現代日本ではボルトアクション式と呼ばれるものだ。

 しかしそれは同時に、大量の人を殺すと言う事でもあった。その事実が悠にのしかかっている。

 蒼真はもともと銃火器が好きだった。それだけに、その事実はよく理解できる。

「本当にいいんですか」

「ああ。この国を、守る為だ」

 そう言った悠の表情は暗く、その一言は重かった。

「……わかりました」



  * * *



 城に戻った悠は一直線に自室へ向かい、ベッドに倒れていた。

 ――――いつもより体が重く感じる。

 人を殺す武器を作らせたことを後悔しているわけではない。

 だがその重みは確かにあった。


 ソフィがノックをし、ドアを開けてやってきた。いつもの紅茶の香りが漂ってくる。

 ソフィは蒼真から話を聞いていた。

「あの、ユウ様」

「ん……どうした?」

 目を向けると、彼女はもじもじしていた。どうしたのだろう。

「ユウ様は良い人です。いつもみんなのことを考えていて、真剣で、優しくて。……だから、その……そんなに気負わないでください」

 元気付けにきてくれたのだった。

 そのたどたどしさに、悠は笑った

 その様子を見てソフィは表情を明るくさせたが、すぐに頬を赤く染めて俯いてしまった。

「ありがと」

 悠はそう言って頭を撫でた。

「ひゃっ」

 ソフィは逃げるように帰ってしまった。

 トレイに載ったカップとポットは置きっ放しだ。

「しょうがないなあ」

 悠は飲み干してから返しに行った。いつも通りに美味しかった。

今回からまた話が動き出します。どうぞお楽しみを。


また、「誰々がもっと見たい!」や「誰々が○○してるところが見たい!」などありましたら、感想に投稿してくれれば物語に違和を及ぼさない程度に反映します。

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