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舌戦は営業におまかせ(休載中)  作者: 富嶽 ゆうき
一章 来訪 国襲う暗雲
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城内騒乱 中編

 

 皇帝即位の儀まで4日となった。城内は相変わらずどんよりとした空気に包まれている。

 先日イーリスから聞いたのだが、毒殺で間違いないそうだ。無論、皇帝嗜虐の噂があることは国民に広めてはいない。無用な騒動は避けたかった。モニカに対しても同様である。


 城内に皇帝を(あや)めた者がいるのは間違いないが、まだ何人の協力者がいるかわからない。更なる情報が必要なのだ。

 現在イーリスには引き続き網を張ってもらっている。なお、あの手紙は怪しまれないよう予定通り城外へ届けさせた。その際、信用できる憲兵の1人に追跡を頼んだ。これで間者の居場所は特定出来るだろう。だがまだ泳がせておく。

 また、モニカに対する貴族やその他の接触に関して記録してもらっている。役に立つかどうかはわからないが、貴族の動向は把握しておいて損はないだろう。

 ――――悠が動かせる味方は数十人の憲兵とそれの筆頭であるイーリス、メイド1人のみだった。


 その頃悠は、またしてもベッドの上にいた。しかし今回は机を引き寄せ、ベッドの端に座っていた。本を読んでいる。

 それは、現在の政務官や大臣の名簿だった。さらにフェムル皇国の地図も広げられている。

 一般的に、貴族は国の中で自らの領地を持っていた。国土の端に領地を持つ貴族は、面している国と連絡を取りやすい、という事で警戒しておく必要がある。しかし、どこまであてになるかは不明だ。

 ――――聞き慣れたノックをする小さな音が響く。ソフィだろう。

「失礼します。今よろしいですか?」

「ああ、構わないよ」

 トコトコとそばまで寄ってくる。

 そして、小声で言った。

「厨房で野菜に混じってトリカブトが発見されました」

 トリカブトは即効致死性の猛毒をもつ。悠は驚くが、すぐに気を落ち着かせた。冷静に考えて、料理人ならトリカブトの見分けはすぐにつくだろう。また、それが料理に使用されたとしてもモニカの口に入る可能性は低い。

 残された意図は、威圧、もしくは陽動。この場合は威圧ではないかと悠は考える。我々はここまで手が届くのだ、と。

「よくやってくれた。ありがとう。だけど多分これは本命じゃない。そうなると別の方法で来る可能性が高いから厨房監視に割く時間は減らしていい」

 悠は無意識にソフィの頭を撫でてしまった。普段、実家に帰った時よく姪の頭を撫でていた癖が出てしまったのだ。

「ひゃふっ」

 ソフィはなんとも言えない嬌声を出してしまっていた。

「あ、ごめん、つい癖で……」

「い、いえ、大丈夫でひゅ!」

 噛んだ。そのまま小走り気味に部屋を出て行ってしまった。

 嫌だったのだろうか。あとで謝っておかないとな、と悠は考えた。



  * * *



 即位、前日。

 悠は秋坂、モニカと共に居た。

 モニカはとても緊張している様子だった。俯いたり、溜息をついたり、歩き回ったりと忙しない。

 そうなるのも仕方なかった。

 皇太女とは言え、15歳で成人するこの国で、まだ成人して間もない女の子だ。一国の主導者となれば荷が重い。悠はその定めに少しばかり哀れみを覚えた。

 秋坂も辛そうな表情をしている。

「妾は皇帝になれるのじゃろうか……」

 溜息混じりにモニカは言った。相変わらず部屋の中をぐるぐると回っている。

 それを横目に見つつ、悠は秋坂に小声で話しかける。

「言うなら前日のタイミングが良いと思ってたんだけど、これじゃあまずいかな」

「そうね、でも伝えないわけにはいかないわ」

 悠は決心をしてモニカの傍へ向かう。

「モニカ様、一つ言っておかねばならない事があります」

「うん?どうかしたのか?」

 悠は苦虫を噛み潰したような表情で続ける。

「前皇帝陛下、母君なのですが、謀殺の疑いがあります。また、モニカ様も現在命を狙われている可能性が高いです」

 全てを告げた。

 だがモニカは眉一つ動かさない。

「知っていた。二人が妾にその情報が回らないようにとりなしていたこともな」

 悠は表に出さない様にしていたが、内心では驚いていた。まさか全て見抜いているとは。

「……すみません」

 モニカは分かっていた。周りの者の表情や、城の雰囲気から感じ取っていたようだった。

「良いのだ。妾を気遣ってやった事だとわかっている」

 成人したばかりとは思えないほど大人びていた。普段の様子から、もっと子どもだと思っていた悠は内心驚いていた。

 一礼し、下がる。

「では、用意を終わらせてきます」

「犯人を捕らえるのか」

「はい」

 モニカは口を固く結び、真剣な表情だった。

「わかった。よろしく頼む」



  * * *



 その夜、パーティが開かれた。その絢爛さは皇国一だ。立食形式で、各々煌びやかな装いでいくつもあるテーブルを囲み、談笑している。皇帝即位前日の夜にこう言った催しをするのが通例であった。

 ここには特例が無い限り全ての貴族が参加する。悠は既に名簿を確認していた、国の貴族全員が参加していることに間違いはない。


 現在その悠はと言うと、秋坂と共にモニカを待っていた。

 秋坂は着飾っていた。紫に統一され、ボディラインの強調されるパーティドレスを着ている。顔にはアイラインやら口紅やらを施し、普段より妖艶な雰囲気をまとっていた。化粧に造詣のない悠にこれ以上の判断は不可能である。

「すごい豪勢な見た目してるね……」

 褒め方がとても下手である。

 一方、悠はいつものスーツ姿だ。最低限髪は整えているが、それだけだった。本当はソフィや秋坂に色々されそうだったのだが、全力で抵抗した。

「貴方はいつもと変わらないわね」

 全くもってその通りである。

「"豪勢な見た目"は一応褒め言葉として受け取っておくわ」

「あ、あぁ、なんかごめん」

 悠が頭を掻いていると、従者を連れたモニカがやってきた。2人は一礼をする。

 モニカは今までにない程に、煌びやかな装いをしていた。白を基調としたフリルの付いたドレスには金や銀の刺繍が走り、宝石が散りばめられている。頭にはティアラ、耳にはイヤリングをつけ、皇帝らしい様相である。

「さあ、行くぞ。付いてまいれ」

 若干のたどたどしさを残しながらも、落ち着いた雰囲気で2人を連れ、モニカは開かれた扉を抜ける。

 控えていた楽団は荘厳に音を奏で、立ち並ぶ貴族は皆こちらを見つめている。

 気圧される。

 だがモニカはものともせずに玉座へと敷かれたレッドカーペットを歩く。

 2、3歩遅れて2人も歩き出した。

 ――――拍手が起きる。

 悠には、それが脅しのように、威圧のように聞こえた気がした。

 履いた革靴は絨毯に受け止められ音を立てずに体を前へと進ませる。

 座の前に着いたモニカは向き直り、ゆったりと腰掛ける。

 2人はその傍に控えた。

 この後は、貴族から直接贈答品を渡される次第になっている。皇帝に品を贈るのはとても名誉であり、贈った品物の価値によっては地位すらも左右する。

 言ってしまえば権力の奪い合いなのである。




 時間が進むに連れ、玉座の横には様々な品が並べられる。高名な絵画、業物の短剣など、様々な物品がある。

 次で最後だ。

 最後は、以前廊下で話しかけられた、軍の男性貴族であった。

 その大きながっしりとした体で(うやうや)しくこうべを垂れ、箱を差し出す。

「当家の領地において作られたワインでございます。陛下も酒を嗜む歳になられた事ですし、お召し上がりください」

 芯の通った低い声だった。言い終わると、辺りに静寂が満ちた。


「そのワイン、自分飲んでみてくれますか?」


 ――――その声は悠から発せられたもの。静まり返っていた会場に響き渡り、辺りは騒然となった。

 モニカは何も言わずに佇んでいる。

「従者の分際で何を言ってるんだね貴様は。それに陛下に差し上げる品を自分で飲むなんて失礼だろう?」

 言っていることは至極当然である。だが少しだけその顔に焦りが見て取れた。これで充分だ。悠は止まらない。

「いえ、飲めないならいいんですよ。結果は大して変わりませんからね」

 言い終わると同時にどこからか憲兵が走りこんできた。その貴族の両脇を固める。

「なんのつもりだ貴様!」

 その剣幕に一瞬怯むも、冷静に返す。

「それはこちらの台詞です」

 一旦言い合いが止まる。頭に血が上って次の言葉が出ないのだろうか、口を動かしている。

 ここで、モニカには秋坂を伴い会場から退出してもらった。ここから先は見せられるものではない。

 今度は会場の端からイーリスが現れる。紙を手にしていた。

「ディーデリヒ・ヴィゼグラーフ・フォン・レンドルフ。貴様には皇帝嗜虐の嫌疑がかけられている。罪を認めるにしろ、無罪を主張するにしろ、同行してもらおうか」

 すると、パーティに参加していた中の数人がこちらに向かって歩き出した。だが、調べはついている。すぐに憲兵が駆けつけ拘束した。

 イーリスは振り返り、大声で叫ぶ。

「貴様らも同罪なのは割れている!大人しくするんだな!」

 ひとまず上手く捉えられて胸を撫で下ろす悠。


 だが何かおかしい。

 上手く行き過ぎている。

 ここまで無策のまま大人しく捕まるとは思えない。


 ――――ハッと目を見開き、先程モニカと秋坂が退出した方向を向く。


 2人に、無事で居てくれよ、と内心で叫び、走り出す。

「お、おい!どこ行くんだ!」

 イーリスも後を他の憲兵に委任し、後を追う。さらにその後を幾人かの憲兵が追った。



  * * *



 額を切られた。眼前が赤に染まる。

 秋坂は目を血走らせた衛兵の1人と対峙していた。後ろにはモニカが庇われている。

「サトリ!」

 後ろから心配する声が響く。

「大丈夫です。私のそばを離れないでください」

 本当は逃がしたいが、このように買収された衛兵が他にいないとも限らない。危険だった。

 ああ、死にたくないな。

 秋坂はそう思った。

 それなのになぜここまでして守るのか。

 それ理由は、言うなれば友情のようなものだろうか。


 目の前に剣を振りかぶる姿が見えた。後ろに逃げ場はない。切られることを覚悟したその時、

「――――ぁぁぁぁあああああ!!!」

 走りこんできた悠が雄叫びをあげながらその衛兵に体当たりをした。そのまま床に倒れこむ。

「逃げろ!2人とも!」

 倒したものの、兵として鍛えられた者とつい最近まで会社員として生活していた者の膂力(りょりょく)の差は大きい上、悠は武器を何も持っていない。

 拮抗する事なく、悠は打ち払われた。

 衛兵は大上段に剣を振りかぶり、悠に斬りかかろうとする。


 だが、またしてもそれは阻止された。

 駆けつけたイーリスが、細身のレイピアの如き剣で衛兵の振り下ろしを受け止めた。

 鋭い金属音が部屋に響く。

「貴様それでも軍人か!」

 先程と比べ、怒気を露わにしたイーリスは瞬く間に相手を圧倒し、峰打ちで気絶させた。切っ先を下ろし、肩で息をするイーリス。


 剣戟を終えたイーリスの後ろ姿は、絵画の中に佇むワルキューレの様だった。

今回はかなり細かいところで悩みました。楽しんでくれれば幸いです。

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