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舌戦は営業におまかせ(休載中)  作者: 富嶽 ゆうき
一章 来訪 国襲う暗雲
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城内騒乱 前編

 

 モニカは走り出していた。涙がこぼれ落ちそうだったから。

 プライドの高い彼女は他人に涙を見せる事を嫌っていた。

 着の身着のまま皇城を出る。前を歩いていた人が振り返るのが涙に歪んだ視界でもわかる。

 行き着いた先は秋坂と悠が出会ったあの草原だった。

 ――――持っていたハンカチを敷き、地面に座る。

 まだ止まらない涙をぬぐい、まだ日の高い空を仰いだ。

 聞こえるのは、葉同士が擦れ合う音。

 独りになってしまった。


 モニカは一人っ子だった。

 皇帝である母の厳しい教育を受け、常に励んでいた彼女に友達と呼べる人はほぼ居なかった。

 だけど母は褒めてくれた。

 さらに、努力していた日々の中、突然サトリが現れた。彼女は自分と話してくれた。友達のように接してくれた。

 その次にコセキ ユウと名乗る男が来た。

 国の特性もあり、意地悪のような事をしてしまったモニカだが、ユウはそれを難なくこなし、自分と一緒にいようとしてくれた。少なくとも彼女はそう思っていた。

 だが母はこの世から去り、側にいたサトリとユウを置いて来てしまった。

 寂しく感じられた。

 また涙が出そうになる。


「貴女はやさしいお人です」


 背後から男の声でそう響いた。

 振り返ると、いつのまにかユウが立っていた。

 しかし、正面を向き直る。

 泣き顔は見せられない。

「妾は、優しくなどない」

 涙声を絞り出し、そよぐ風に乗せた。

「いいえ。貴女はやさしいお人です」

 ユウは繰り返す。

「放って置いては飢え死にしてしまうかもしれない秋坂を貴女は助け、働く場所も用意してくれました。僕にも同様です。それが、どんな理由であっても助けていただいた事には変わりありません」

 ……言われてみればそうなのかも知れない。

「僕がいた世界にはこんな言葉があります。

 人は死んでもいなくならない。貴方の心の中にいる、って。

 物がわかる歳になった貴方には、身も蓋も無い言葉だと思います。ですが、信じてみても、良いかもしれませんね」

 モニカは何も答えない。

「それに、僕たちはそんな優しい貴女を独りにはしませんよ」

 "僕たち"という言葉にもう一度振り返ると、ユウともう一人、サトリの姿があった。

「おぬしら……」

 目に涙を溜めていた。だが、その悲しみに沈む目の中に、確かに安心したような光があった。

「モニカ様。戻りましょう、皇城へ。悲しんでも良いのですが、今はその前にやる事があります」

 モニカは目を拭った。

 ふたりに駆け寄り、手を握る。

「妾に任せよ!」

 人が死んだという悲しみは、時間しか解決できない。だからと言って、何も出来ないわけではない。

 強がりの笑顔だったのかも知れないが、モニカは確かに笑っていた。



  * * *



 皇帝の崩御。

 その報は瞬く間に国土全体へと広がった。多くの人が死を悼み、喪に伏していた。

 だが、皇帝に近かった者ほど、その死に疑念を抱いていた。当然だ。つい先日まで執務をこなしていたのだから。


 ここで、悠と秋坂に詳しい情報が入る。

 皇帝は寝室で寝たままの状態で亡くなっていたそうだ。死因は未発表である。

「なあ秋坂」

「ええ、そうね。まちがいないと思うわ」

 2人の意見は一致していた。

 また、モニカにはこう言った疑惑は伏せておくことにした。身近な者に皇帝嗜虐の犯人がいると知ったら政務に支障が出るだろう。

 そして、モニカを守る為に2人はいくつかの決め事を行った。


 一つ、どちらか1人が必ずモニカ様のそばにいる事。

 一つ、2人で独自の犯人探しを行う事。

 一つ、それらをモニカ様には決して明かさないこと。


 さらに、悠に付くメイドとなったソフィには、モニカに出す食事の監視を行ってもらう。これで危険はいくらか退けられるだろう。だが安心はできない。

 何をしても不安は尽きない。


 落ち着かない悠は、情報を集める事にした。まずはイーリスのもとへ向かう。

 いつものように扉をノックする。

「入りたまえ」

 いつもの変わらない声がした。部屋へ入る。

「おお、ユウじゃないか。1週間ぶりくらいだな、どうしたんだ?」

 悠は近くに寄り、声をトーンを下げ、小声で話し出す。

皇帝嗜虐(こうていしぎゃく)の件です」

 同じようにイーリスも小声になる。

「うむ、やはり君もそう考えておるようだな。証拠を掴みたいところだが、いきなり皇帝に手を出すような輩だ。誰がやったのかわかるようなミスはしないだろう」

「でしょうけど、次代皇帝の為にもここで野放しにしておくわけにもいかないんです」

 イーリスは軽く顔をしかめた。

「わかってはいるんだが……。実際問題厳しいだろう」

「ですよね……」

 2人はため息をつく。

 外傷がなかったというのはわかっている。しかし、それ以上を求めるのは地球における17世紀程度の科学力では酷だ。

 イーリスは気を取り直す。

「まあ、私はこれでも憲兵でな。こちらでも色々やってみるが、何かあれば手伝おう」

 文官で忙しくしている上に憲兵とは。どこまで要領が良いのだろうか。

「ありがとうございます。では早速一つ――――」

「……わかった、やってみよう」



  * * *



 数日後には盛大な国葬が行われるようだった。皇城内はその準備でいつになく(せわ)しなかった。

 前々からモニカに仕え、皇城内の人脈もあった秋坂はとても忙しそうだった。モニカも同様だ。

 だが幸いにも2人で動く事が多かった為、悠は自由に動く事ができた。


 悠は、今日も今日とてベッドに倒れ込み、考えていた。

 皇帝を亡き者にして得をする者と言えば、誰だろうか。

 個人的な恨みを持つ者。

 国内の混乱を望む者……。

 可能性論で語ればきりがない。

 頭の中をぐちゃぐちゃにしていると、ノックの音が飛び込んできた。

「どうぞ〜」

 今の悠に出迎える気力は無かった。

 扉が開くと、入ってきたのは、トレイにティーポットとカップを乗せたソフィだった。

「紅茶をお持ちしました」

「ありがとう」

 身体を起こし、テーブルの近くの椅子へ座る。

 紅茶を淹れてくれた。

 赤銅色のそれは薫り高く、ティーパックで淹れるようなものとは全然違う。

「すごい美味しいなこれ……」

「い、いえ、メイドの基本ですから」

 たどたどしく喋っていたものの、両手を腰に当て胸を張っていたような気がした。あざとい。

 紅茶をすすりながら思索を巡らせる。

「あの、考えていらっしゃるのは陛下の崩御の件ですか?」

「よくわかったね。そうだよ」

 メイドなのに良く頭の回る子だと思った。それともこれがメイドの普通なのだろうか。

「何かお手伝い出来ることがあれば致しますけれども、いかがです?」

 悠としては、まだ10歳にも満たないくらいの女の子にそう言ったことをやらせるのは気が引ける。

「いや、大丈夫。ありがとう」

「では、何かありましたらお呼びください」

 ソフィは一礼して部屋を去っていった。終始なんとなく危なっかしかった。


 後で彼女のことをモニカに聞いたところ、

「ああ、ソフィか。2年ほど勤め上げているメイドだな。感情表現が乏しいがなかなか頭の回るやつだろう?」

 との事だった。なんでそんな幼い子を雇っているのだろうか。

 そして、あれで感情表現が乏しいとはどういう事なのだろう。女性とは友達として何人も接してきたが、感情に関してはついぞわからない悠だった。


 ――――話を戻す。

 悠は、他国と内通している者という線が濃厚なのではないかと思っていた。しかし、未だ憶測の域を出ない。

 情報が足りないのだ。

 皇城内を歩き回ってみる事にした。

 部屋を出て内務省舎に向けて廊下を歩く。言ってしまえば大当たりだった。

 悠がモニカの側近になったのが広まっているのか、貴族や文官がよく話しかけてくる。出世を狙って次期皇帝であるモニカに近い悠と関係を深めておこうという魂胆が見え見えであった。出世欲のたくましい限りである。

 もっともそのような者が良い仕事をするとは思えないが。

 そんな一人一人に向けて悠は、話の終わりに単刀直入に尋ねてみた。

「皇帝陛下の死について、どのようにお考えですか?」

 と。

 反応は十人十色だった。

 悠と縁を深める事が不謹慎だと指摘されたように感じて顔を青くした者、逆に不謹慎だと指摘する者、憚られると思い口を(つぐ)んだ者、などなど……。

 その中で、悠に対して疑惑を投げかける者もいた。その軍関係とみられる男性貴族に向けて悠は言い放った。

「陛下の崩御で利するのはどこの国でしょうね?」

 しばしの沈黙があった。

「さあな。貴様の良い頭で考えてみたらどうだ」

 するといきなり鋭い口調になり、そう言った。そして、無表情を貫いたまま興味を無くしたように去って行った。




 ――――後日、盛大な国葬が執り行われた。首都には数万の民衆が集まり、死を悼んだ。

 モニカ、悠、秋坂やイーリスも参列していた。




 数日後、悠が廊下を歩いていると、突然取り乱したイーリスがこちらへ走ってきた。

「うまくいったぞ!」

 とても大きな声だった。

 実はあの日頼んだことは、イーリスに頼んで皇城から外へ出る手紙を全てチェックしてもらう事だった。皇帝崩御から次期皇帝の即位までの間、重臣や官僚たちは泊まり込みで仕事に当たるのが慣例のため、有効だったのだ。

 次期皇帝即位の日取りが発表される日の後数日は特にと言ってあった。一昨日が発表された日である。

 そしてそのチェックに引っかかる手紙があったのだった。

「封蝋がなされていないため誰かの確認は出来ないが、それでも一つ手がかりが掴めたな」

 封蝋とは、貴族や役職に就くものが手紙に封をする時に使う印字である。

「上手く網にかかって良かったです。内容はどうでした?」

「その事なんだが、ちょっときてくれ」

 促されるとおりにイーリスに伴い彼女の執務室へ行く。


「これなんだが……」

 そう言って渡されたのはただ一本の線が書かれただけの紙だった。

「何か意味のあるものが書いてあると思ったんだが、流石に甘かったか」

 顔をしかめてイーリスは言う。

「一つ心当たりがあるんですけど、ランプ貸してもらえませんか?」

 悠は確信した表情をしていた。

「一向に構わないが…何に使うんだ?」

「まあ、見ててくださいよ」

 そう言いながら火をつけたランプにその紙を当てた。

 すると、みるみるうちに紙の一部が茶色に変色していき、文字が現れた。

 イーリスは口を開けっぱなしにして、目を丸くしていた。

「牛乳とか果物の汁で字を書くと、そのままだと見えないんですけど加熱すると見えるようになるんです。流石に手が込んでますね」

 悠は得意げになるでもなく真面目な顔でそう言った。

「そんな事が、出来るのか……」

「ええ、まぁ。それより内容ですよ」

 イーリスは気を取り直し、横から覗き込んできた。


 "一度目は成った。後日、二度目を成らす。吉報を待たれよ。"


 やはりモニカすらも毒殺する気だ。

 悠は冷たく怒気を燃やす。


 二度目は許さない。

タイトル回収が全く出来ていませんがもうしばらくしてちゃんとする予定ですしばしお待ちください。

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