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舌戦は営業におまかせ(休載中)  作者: 富嶽 ゆうき
一章 来訪 国襲う暗雲
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採用試験 後編

 

 5日前のように秋坂に連れられて歩く。あの日と違うのはその前に皇太女が居ること、向かう場所が謁見の間だ、という事だろうか。

 ――――口の中が乾く。手が震える。

 それらを押し殺し、赤い絨毯を踏みしめていく。

 程なくして衛兵が左右を固める扉の前に着いた。両開きで、城内のどの扉よりも大きく、金属のレリーフが施されている。

「手順は覚えてるわね?」

「まぁ、なんとか……」

 今まで経験したことのない類の緊張に襲われている悠は気が気でない。

「準備はよいな?」

「はい。大丈夫です」

「では行くぞ」

 皇太女が指図すると、衛兵が扉に手をかける。グッと体重をかけ、扉が開かれる。


 長テーブルの先には2人の女性。

 一人は背もたれの高い椅子に座り、金や銀などの刺繍の入った煌びやかなドレスを着ている。見た目からは老いを感じさせない。また頭には宝石が散りばめられたティアラが載っており、一目で皇帝だとわかった。

 もう一人は皇帝よりは控えめに、だが一つとしてみれば充分輝いた紫色のドレスを着て皇帝のそばに立っていた。

「どうぞ、お座りなさい」

 よく通る声で皇帝の反対に位置する指をさしながら呼ぶ。

 悠は緊張しているのか、はい、とだけ答えて椅子へ座る。皇太女は隣の椅子へ、秋坂は間に立った。

「それで、提言というのを聞かせてもらおうかしら」

 前置きも何もなく、いきなり本題に入る。悠はたじろいでしまった。

「は、はい!ではご説明させていただきます」

 頭がほぼ真っ白になる。だがそこからなんとか絞り出し、話を始める。


「まず、私が目をつけた現状の問題から説明させていただきます」

 ――――一言終えると悠は人が変わったように目を鋭くさせた。先ほどまで乾いていた喉も、震えていた手も、真っ白になった頭の中も全て吹っ切れたように冷静だった。

「現在小麦の物価が上がっております。これは、小麦の不作、及び隣国との摩擦に起因(きいん)します」

 さすがに状況は把握しているだろうが、説明には必要なことである。この世界の作物は地球の物と大差ない事が判明しているので、問題はないはずだ。

「まず小麦の不作の原因ですが、これは地力(ちりょく)に問題があると思われます。小麦は成長する上で土壌の栄養分を多く吸収する植物です」

 皇帝ともう一人は黙って聞いていた。悠は続ける。

「そのため、同じ農地で小麦を立て続けに栽培するとどうしても収穫量が落ちます。そこで、現在の小麦の農地の3割を芋に変え、その上で大豆との輪作を提唱します」

「どうなんだね?」

 すると皇帝はとなりにいる女性に目配せをしながら何一つ変わらない表情でそう言った。

 彼女は答える。

「確かに現在小麦の収穫量は減っております。芋に変えるという点ですが、農家から多少の反発はありましょうが……」

 それを聞いた皇帝はこちらに向き直る。

「続けなさい」

「はい。大豆は根粒菌という微生物と共生します。地力を回復させるにはこれを利用するのが一番です。作付け自体は減りますが異常気象がない限り収穫量は増え、安定するはずです。以上です」

 全てを語り終え、悠は一息ついた。言いたい事は全て言えた。これなら大丈夫だろう。

「わかりました。……下がりなさい」


 その一言は悠に冷たく突き刺さったように思えた。

「え、あ……はい、失礼しました……」

 悠は一礼をしてすごすごと部屋を退出する。秋坂や皇太女もそれに続いて部屋を出る。誰も何も喋らない。




 悠は二人を置いて早々と自室に帰り、いつものようにベッドで大の字になって寝ていた。

「……ダメだったのか……」

 完璧なはずだった。これ以外の選択肢は無いはずだった。

 ここから追い出されるかもしれない。そうなったらどうすればいい。どうやって生きていく。

 そんなことばかり考えていた。

 声にならない声を上げ、ゴロゴロとベットの上を転げ回る。

 昼食もとらずに一人で過ごし、考え疲れて寝てしまった。


 ノックの音が転がりこむ。

 悠はそれに起こされた。

「何してるの?入るわよ」

 扉が開く。秋坂が寄ってくる音がする。

「まさか落ち込んでるの?」

「んん……」

 なんとも言えない返事をした。すると秋坂はため息をつく。

「そんなすぐに結論を出すはずないじゃないの。結果がすぐ出るものでもないんだし」

「え?」

 悠は呆気にとられた。言われてみればそうだ。なぜ自分はあんなに早とちりしていたのか。馬鹿らしくなった。

 そして冷静になると恥ずかしくなってきた。

 そのまま布団に顔を擦り付けるようにしていると、秋坂が察したように言い出した。

「出かけるわよ。付いてきて」

 それは有無を言わさぬような強制のようでもあり、悠を励ますような言葉にも聞こえた。

 最低限の身なりを整え、秋坂について行く。


 来たのは、悠がこの世界に来た時。すなわち秋坂に会った時の草原だった。

 あの時は青が空を覆っていたが、今は(かげ)りつつある夕日が茜色に空を染め上げ、時たま通る鳥が所々に影を作る。

 悠は横たわる丸太に腰かけた。

 秋坂は近くでワンピースのような服の裾を風に揺らしながら立っている。

「私農学のことはよくわからないけど、よく説明出来てたと思うわ。皇帝陛下も真面目な顔で聞いていらしたし」

「慰めありがとう。あとはうまく行くといいんだけどなぁ……」

「別に慰めってわけじゃないんだけどね」

 秋坂は少し不満げにそう呟いた。

 返す言葉はなく静寂が訪れる。聞こえるのは風が草木を撫でる音。日本で聞くような都会の喧騒など無く、家で垂れ流すテレビの音声など無く、あるのは自然の奏でる音だけ。

 ――――再度、秋坂が喋り出す。

「私よくここに来てたんだ。泣きたくなった時とか、辛くなった時。それと、日本に帰りたくなった時」

 悠がくるよりもずっと前からこの世界にいた秋坂は、どんな気持ちで今日のこの日を過ごしているのだろう。これからを過ごして行くのだろう。

「だからからはわからないけど、貴方が来た時ここに現れたのかもしれないわね」

「そうかもしれないね」

「申し訳ないけど、貴方がこの世界に来て嬉しかったわ。ようやく同じ日本の人に会えたって。少しでも日本を感じられて」

 苦笑いをする秋坂。

「申し訳ないなんて思わなくていいよ。秋坂はそれだけの苦労をして来たはずでしょう?」

 悠がその目を見た時、少しばかり涙ぐんでるようにも見えた。

「慰められちゃったわね」

「別に慰めってわけじゃないんだけどね」

 悠は肩をすくめ、秋坂の真似をしながら笑った。

「……少しだけ貴方がかっこよく見えたわ」

 悠に届かないほどの小さな声で秋坂はひとりごちた。

「ん?なんか言った?」

「いーや、なんでも。元気そうだし城に戻るわよ」

 秋坂は軽やかな足取りで草原を歩き出す。

「ちょ、待ってよ」

 小走りで追いかける悠。

 夕焼けはどこまでも赤い。




「モニカ様がお呼びよ」

 遂に合否が言い渡されるのだろう。悠は内心戦々恐々としていた。

 今日、今後の身の振り方の全てが決まる。そう考えると不安になるのは当然だった。

 試験内容が言い渡された日と同じように皇太女が居る部屋まで歩く。今日はやけに長く感じた。

 扉の前に着く。今度は自分で手をかけ、押し開けた。


 広がるのは同じ光景。違うと言えば皇太女の服装だろうか。水色のドレスを着ている。

「連れてきましたよ」

 それだけ言うと秋坂は皇太女の後ろに控えた。

「では、合否を言い渡す」

 悠は唾を飲み込み、ゴクリと喉を鳴らす。手を固く握り締め、言葉を待つ。何秒、何分かわからないほど待つ時間は長く感じられた。


「コセキ ユウにはモニカ・クレイヘルツォーク・フォン・フェムルに対する仕官を言い渡す。存分に働き、(わらわ)を支えよ」


 おくびにも出さなかったが、悠はとても喜んでいた。肩の荷がおり、空気が軽く感じられる。

「はい!よろしくお願いします!」

 悠は、周りの情景に似つかわしくない、日本人らしい最敬礼をした。

 顔を上げると、モニカは楽しげな笑みを浮かべていた。数日前に見た見た目にそぐわない不敵な笑みではなく、新しくできた友達を迎えるような、そんな笑みを浮かべていた。


 ――――後から聞くと、あの日皇帝の隣にいたのは農業政策に携わる文官だったそうだ。悠が語った知識はこの世界にないものだったため、行う価値があると判断したのはその文官だと言う。

 以降、収穫量が安定し、農産物の物価は下がった。また、副産物の芋と大豆が国を代表する作物となるが、これらはまだ先の事である。


 悠は部屋に着くと飛び込むようにベッドへ倒れ込んだ。

 こいついっつも寝転がってんな、と読者諸兄はお思いだろうが、実際良いこと悪いこと何かある度にベッドに寝転がっている。

 その顔は口角があがり、目は薄く閉じられ、不敵な、いや、得体の知れない笑みを浮かべていた。

 嬉しいのだから仕方がないとも言えよう。

 悠にとってここまで緊張したのは久し振りだった。その分喜びも大きく、終始ご機嫌である。

 いつものように寝転がっているところにノックが響く。秋坂だろうか。それにしては音が小さい。

「はーいはーい開けますよー」

 上機嫌な悠は軽い足取りで扉へ向かう。

 開けるとそこにいたのはいつぞやのメイド服を着た小柄な少女だった。

 その子は少し後ずさったが、今度は逃げ出す事もなかった。

 少しの間が生まれる。

「ぁ、あの!」

「はい!」

 その子は緊張しているようで、大声を張り上げていた。悠もつられて声量を上げてしまう。メイドはびっくりしていた。

「仕官、おめでとうございます……!」

「ど、どうも……」

 結局何がしたいのだろう。それだけ言って黙ってしまった。

「……どうかしたのかな?」

「ひゃっ!?……わ、わたし、今日付けでユウ様のメイドになりました、ソフィ・バオアーです!よろしくおねがいしましゅっ!」

 噛んだ。赤面していた。最初から赤面したままだったのだが、さらに赤くなった。

 そこへ悠の営業スマイルが光る。

「そんなに緊張しなくて良いよ。よろしくね」

 そう言うと、メイドのソフィは安心したように胸を撫で下ろし、悠の優しさに目を輝かせ、帰っていった。

「なんだかすごい子が来たもんだな……」

 小学生程にしか見えない子にお世話されるとは、堕ちたと言うべきか役得と言うべきか。

 悠にそう言った趣味はなく、堕ちたと認識していた。真面目である。




 仕事が始まる悠は先輩である秋坂に質問をする。

「秋坂って普段どんな仕事してるんだ?」

「今の所勉強を教えるのがメインね。あとは式典の時に側に付いたり。この前みたいにね」

 それは秋坂一人でも十分そうな内容だった。悠を採用する必要はあったのだろうか。

 そこへモニカがやって来る。二人は一礼をした。

「二人で何を話しておる。妾も混ぜよ」

「僕の仕事があるのかどうかっていう問題がですね、ありまして」

 するとモニカはいつものように手を顎に当て思索を巡らす。

「確かに今の所サトリだけでも回っておるな…」

 やはりそうだった。だが、ここで解雇されては堪らない。

「勉強なんですけど、国語やら政治関係は秋坂より上手く教える事が出来るはずです」

 自分を売り込むことにした。

「ああ言った政策を出す能力もあるわけだしな。ならばそうしてもらおうか」

「承りました」


 などと話していると、にわかに外が騒がしくなって来たように思える。

 いつのまにか会話も止まり、3人とも扉へ目を向けていた。

「何かあったんでしょうか」

 そう言いながら秋坂が状況を確認しようと外に出ようとする。

 すると、バン、と大きな音を立てて扉が開き、使用人と見られる女性が入って来た。

 走って来たのか髪を乱れさせ、落ち着かない様子だ。

 肩で息をしながら言った。


「申し上げます!皇帝陛下が崩御されました!」


 モニカの顔から音がするように血の気が引いて行く。秋坂は顔を手で覆い、立ち尽くしている。

 その中で一人、悠だけは違った。

 まだ皇帝と接した時間の少ない悠は確かに動揺したが、誰より早く立ち直り、考える。

 おかしいのだ。中学生くらいの年齢のモニカの母親なら老衰は有り得ない。先日謁見した時も、声がよく通っていた。病気を心配するような声も、誰からも聞いていない。

 ならば残る可能性は1つ。


 何者かによる恣意的な殺人。


 仕え始めたばかりであるフェムル皇国の行く末はどうなるのか。

 先程まで晴れていた外からは、いつのまにか雷の轟音が聞こえ始めた。

謁見がちょっとあっけなく終わっちゃった感ありますがこれは仕様です(と言う良いわけ)。

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