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舌戦は営業におまかせ(休載中)  作者: 富嶽 ゆうき
一章 来訪 国襲う暗雲
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採用試験 前編

 

 秋坂に連れられ皇太女の元へと向かう。

 悠は全く予想していなかった試験の内容に混乱し、動揺していた。

 皇帝に謁見。政策の提言。どう考えてもこの国の事情を理解していない悠にとっては不可能だろう。

 思索を繰り返しているうちに皇太女の在わす扉の前へと来てしまった。

「開けるわよ?」

 渋々頷く悠。扉が開かれる。

 そこで待っていたのはもちろん皇太女。背もたれの高い椅子に座り年齢に相応しくない不敵な笑みを浮かべている。

「連れて来ましたよ、モニカ様」

 と、一礼して告げた。

「待っておったぞ、ユウ」

「はい……どうも」

 なんとも曖昧な返事になってしまう。だがこのままなんの情報も得ずに戻るわけにはいかない。

「それで、僕はこの国の事についてほぼ何も知らないんですけど、どうすれば良いですか?」

「内務省の文官を付ける。これで十分であろう?」

 皇太女様にはそこまでの権限が与えられているのか、と悠は内心で感心する。

「それで、どういった評価基準で合否を決めるのでしょうか」

「当然の疑問じゃな。母上、現皇帝陛下が一考の余地ありと判断する以上の評価が得られれば合格とする。よいな?」

 難しい。評価基準がこちらで捉えられない。皇帝陛下の気分によるかもしれない。不確定要素が多すぎる。

 だがわがままを言えるような立場ではないのだ。やるしかない。

「わかりました。期限はいかほどですかね?」

 皇太女はまた顎に手を当てて考える仕草をする。癖になっているようだった。

「5日後じゃな。陛下に話は通しておく。せいぜい頑張るがよいぞ」

 最後にもう一度不敵な笑みを浮かべた。だが、終始根の明るさが隠せていないようにも思えた。


 小柄なメイドに連れられ、皇城の中を併設された内務省舎へと歩く。秋坂はこの後皇太女と仕事があるという事で、部屋に残った。

 内務省舎は皇城と似ているが多少堅実さが目立つ内装となっている。華美ではあるがどちらかというと仕事場らしい印象だ。

 ふと観察すると、案内してくれているメイドは昨日扉を開けるといきなり逃げ出した人のようだった。

 わかったところで気まずさしか生まれないので強引に意識をそらす。

 そしてそのメイドは扉の前で止まった。そしてノックをする。

「入りたまえ」

 中から凛々しげな女性の声が聞こえた。

 扉を開くと案の定凛々しげな雰囲気を漂わせた女性が仕事をしていた。

 ――――黒髪を頭の後ろの高い位置でまとめ、揺らしている。その真面目な表情とつり目は、いかにも仕事ができる人、という印象を受けた。

 机は様々な本や紙束が所狭しと積まれている。

「すまないがちょっと手伝ってくれ。10時までに出さないといけない書類があるんだ」

 いきなり手伝いを頼まれるとは思っていなかった悠は一瞬思考が止まった。

 初対面の男に国の仕事を頼んでいいのか?と不安になる。この国はそういう国民性なのだろうか。

 仕事を淡々と片付けている様子にシンパシーのようなものを感じた悠は手伝う事にした。

「あ、はい、わかりました。何をしましょうか?」

「これの誤字脱字を確認してくれ。書式やそういった知識が要るものは後で私が確認する」

 5cmほどもありそうな羊皮紙(ようひし)の束を渡された。


「いやー助かった。その(なり)の割に優秀なのだな」

「いえいえそれほどでも。前の世界では書類仕事は沢山こなしてましたから、これくらいは」

 手放しに褒められ照れる悠。サラリーマンとしての能力を遺憾なく発揮したのだった。

「自己紹介が遅れたな。私はイーリス・グラーフ・フォン・レヴァンテ。レヴァンテ伯爵家の現当主だ。イーリスと呼んでもらって構わない」

 若くして貴族の当主であることに悠は驚いた。30代にも満たない年齢に見える彼女はどれほどの苦労と努力を重ねて来たのだろうか。

 気になるが、そう言ったものを聞くのは無粋だ。胸の内にしまっておこうと悠は決めた。真面目なのである。

「ではイーリスさんと呼ばせてもらいます。僕は小関 悠です。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む」

 イーリスは手を差し出した。握手を交わす。その細いはずの手が悠には大きく感じられた。

 要件を思い出す。

「それで、試験のことは聞いてますか?」

「無論だ。何から説明するとしようか――――」




 フェムル皇国は皇帝を国家元首としている。その(もと)に各省を置き、責任者として大臣を任命する。

 そして一番の特色は、国政が主に女性によって取り仕切られることだろう。

 国家であるからにはもちろん軍も規模は小さいものの編成されている。だがこちらは女性の方が珍しい。どこの世界でも先頭に立って戦うのは男性が主である。

 国土は狭く、それだけに農作地の面積は少ない。だが人口が多い為、食料供給が間に合っていない現状がある。主な農作物は麦、根菜などだ。

 現在は隣国から穀物を購入しているが、万一この取引を止められると立ち行かなくなるのだ。更に現在は国境近辺での集落の争いによって関係が悪化している。

 また海に面しており水産業もあるが、海賊が暴れまわっているため、規模は小さい。大型の帆船が停泊できるような大きな港が無いため海洋貿易は行なっていなかった。

 貨幣は金、銀、銅を使った金属貨幣であり、ソリド金貨、スデナ銀貨、エイラ銅貨の三つがある。これは周辺国と共通だ。

 国庫は今を凌ぐには充分だが、先々を考えると少々不安な程の(たくわ)えしかない。

 周囲と比較するとフェムル皇国は規模の小さい国家である。




「――――こんなところだが、何か質問はあるか?」

 現状はかなり厳しかった。特に食料問題は、早急に解決しないと国家そのものが荒廃する恐れすらある。

 首都であるこの街が活気に溢れていたのは、やはり首都だからだろう。国全体の状況は地方にも行かないとわからないのだ。

「ありがとうございます。持ち帰って検討します」

 不安になった悠はついものを後回しにするような言い回しをしてしまった。

「そうか、わかった。何かあったらまた来てくれれば答えるぞ」

 そんな日本人らしい遠回りに遠回りを重ねた言葉が伝わることはない。

 それはともかく、イーリスの配慮や助力はとてもありがたかった。

「本当にありがとうございます。いつかお礼をします」

「では期待しておく」

 どこまでも真面目である。


 陽が傾き始め南西を向いた窓から光が差し込む。

 悠はドスンとベッドへ倒れこんだ。

 イーリスと別れた後、手の空いた秋坂に頼んで農場の視察をしていた。

 局所疲労には慣れているが全身疲労には慣れていない悠はとても疲れていた。もっとも、その疲れはそれだけが原因では無いようだが。

 農場で生産されていたのはやはり麦が大半だった。それも最近は取れ高が落ち込んでいるようである。

「思った以上に危ないじゃないかこの国……。どうすんだこれ……」

 つい独り言を口走ってしまう。本当はやめてしまいたい。

 だが、この世界で生きていくためにはこの課題をクリアせねばならない。ぼやいてばかりはいられないのだ。

 ノートPCを開く。

 開くファイルは普段の読書用に入れていた、政治学やその他の専門書と言っても過言ではないもの。農業に関する政策も取り上げられていたはずである。

 現在この国の主な農産物は小麦。だが小麦は肥えた畑でないと収穫量は望めない。

 悠はノートPCのにらめっこしながら、唸りつつ、しばらく考えていた。

 そこへノックの音が響く。

「入るわよ」

 秋坂の声だった。

「うん」

 悠はパッとしない返事をする。

 音から察するに入って来たようだ。

「何やってるの?」

「ノートPCに地政学とかの専門書が入ってるからね。それらと照らし合わせて妥当な案を考えてたんだ」

「なんでサラリーマンなのにそんな本入ってんのよ……」

 驚いている様子だった。仕方ないだろう。仕事用のPCにそう言った本が入っている方がおかしいのだ。

「そういう政治とかの本を読むのが好きだったんだ。そのおかげで現在役に立ってるわけだね」

「まあ私も人の事言えないけどさ……」

 今度は悠が驚く。大学院生だとは聞いていたのだが。

「何が入ってるの?」

「スマホに教科書とかが入ってるわよ。流石に趣味で集めたりはしないわ」

「ははは、ですよねー」

 やはり悠はおかしいのだ。

「それで、何しに来たの?」

「ソーラーチャージャー貸してくれない?」

 悠はつい昨日約束した事を完全に失念していた。朝から予想し得なかった事があったのだから仕方ないのかもしれない。

「あ、ごめん忘れてた」

 この世界に来た時から持っていたカバンを漁り、それを取り出し、秋坂に渡した。

「ありがと。充電し終わったら適当に返すね」

 それだけ言うと秋坂は部屋を出て行った。

 作業に戻ろうとする悠だったが、どこまで考えていたのかを忘れてしまった。

「あああ、ダメだ。落ち着かない」

 喚き散らした後、ふと思い立ち、悠は自室を後にした。


 迷いながら着いたのは朝に目にしたドアの前。イーリスの執務室だった。

 ノックをする。

「入りたまえ」

 朝と同じような返事が返ってくる。

 悠はゆっくりと扉を押し開いた。

「どうした、気になったことでもあったか?それとももう礼に来たのかね?」

「いえ、落ち着かないのでお手伝いできる事があればなと。迷惑でしたら帰りますが……」

「いや、ありがたい。……ではこれの複写をお願いしようか」

 羊皮紙数枚とインクの壺、羽を渡された。

 これが羽ペンというやつか、と悠は少し感動する。小説やドラマなどの中でしか見たことない羽ペンを自分が使うとは、と感慨に浸っているとイーリスに変な顔をされた。

「どうしたんだ?確かに今時羽ペンを使うのは珍しいかもしれんが」

「初めて使うので感動してしまって」

「そうか。最近は万年筆が流行って来ているんだが、私は羽が好きでな。そう言ってくれると嬉しい」

 そう言ってころころと軽く笑った。

 普段使っていたボールペンよりも硬く、カリカリといった音が部屋に響く。心地よい。

 最初こそ手間取ったが、慣れると羽ペンでの書き物はとても楽しく感じられる。

 イーリスは満足げな表情で、羽ペンを使う悠を見てから自分の仕事へと戻った。


「少し、聞いてもいいですか?」

「構わんが、なんだ?」

 先ほどの疑問を抑え切れなくなった悠はイーリスに問う。

「なんでそんなお若いのに貴族の当主を引き継いだんですか?」

 一瞬だけ寂しそうな顔をした気がした。手も止まっている。悠は少し後悔した。

「すみません、お嫌でしたか…?」

「それくらいなら話すさ」

 一つため息をつき、続ける。

「半年ほど前まで母上が家長だったんだ。……だが、病気でな。治る見込みもなく、亡くなってしまった。家と家族を守るために、私は当主を継いだわけさ」

 ――――ぽつりぽつりと、水が滴るようにに言葉を紡いでいた。

「大変だったんですね。今後もお手伝いできることがあれば、僕でよければ、是非させてください」

「ありがとう。君はいい奴なんだな」

 そう言って、少しだけ、本当に少しだけ、悲しみの色が混ざった笑みを浮かべた。

「いい奴なんかじゃありませんよ。放っておけないだけで、ただのお節介焼きです」

 二つの羽ペンで書き記す音が部屋の外まで響きつつ、陽はゆっくりと落ちていく。



  * * *



 ローブを買ったものの、どうしても慣れないようで四、五日もすると悠はスーツを着込んでいた。ネクタイをきっちり結び、ベルトを締め、ボールペンを内ポケットに挿す。

「やっぱり着慣れたものが1番ですよ。何より喝が入る」

 などと供述している。


 それはさておき、今日は一人で街へと繰り出した。やはり一度は市場を見ておきたいのだ。

 食糧事情が困窮(こんきゅう)しているとはいえ、首都であるからには市場は活気がある。

 八百屋の主人が叩き売りをする声が建物によってこだまし、溢れた小麦のおこぼれにあずかろうと鳥が集まり、怒号や喧騒に満ちている。

 注意して観察すると、其処彼処(そこかしこ)に値切りを強請(ねだ)ったり購入を悩んでいる姿がある。値切り交渉や悩む事はいつものことなのだろうが、店主や客の様子からいつもと異なるという予測が立つ。

 隣国との関係悪化のせいだろうか。もしくはそれによって噂が広がっているのだろうか。

 ――――何にせよ話を聞いてみるのが1番早いだろう。

 小麦の袋を脇に積み重ねている店主に営業スマイルを作って話しかける。

「こんにちは。売れてます?」

「ん?あぁ、あんまりだな。どうしても仕入れ値が上がっちまって」

「やっぱり農産物は高騰(こうとう)してるんですね」

「最近じゃ他国との取引も上手くいってないっていう噂もあるしな。こっちも大変だよ」

「なるほど、そうですか。ありがとうございます。じゃあこれで買える分だけください」

 そう言って銅貨3枚を渡す。

 受け取った店主は顔をしかめた。

「これじゃあ一握りぐらいしか買えないがいいのか?」

「ええ、構いません」

 もともとサンプルとして使う予定の悠にとって量は必要ない。

「まいど。次はもっと沢山買って行ってくれよ」

 親切にも小さな麻袋にいれてくれた。受け取り、店を離れる。

 やはり物価が上がっていたようだ。早急に解決せねばならない。

 民衆の生活を楽にするためにも、提言する政策は農業改革にしよう。そう決めた悠だった。




 そして期日。準備は万端だ。悠にとっての戦いが始まる。

自分の力量を試すためとは言ったものの、興が乗ってしまいどんどん書いてます。

しばらく完結させるつもりはありませんのでどうぞよろしくお願いします。

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