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「助けて、姐さん!母上!ブリジット様!」
「まあ……」
学園が用意してくれた部屋のお掃除をしていたら、攻略者たちがわんさと押しかけてこられました。
一体どうしたというのでしょうか。なぜか、みんな疲れた顔をしています。
とにかく話を聞かないことには、なにも始まりません。
この部屋付きの使用人におもてなしの用意を頼み、彼らをソファーに座らせてあげます。こういう相談事というのも、国母にならんとする者の勤めです。姐さんだの、母上だのと呼ばれたことは無視します。
彼らとは、同い年です。
男性陣がさめざめと背中を丸めているのを、情けないと思いながらもお茶を勧めながら「それで、どうしたんですか?私でできることがあればしますわ」と微笑みかけてあげました。
こうやって微笑んでおくことで、悩みを打ち明けやすくするのです。殿下のおかげで、こういうことが上手くなった気がします。
そのおかげか、早くもワッと顔を覆って、男の娘系男爵令息のエミール様が「聞いてくださいよ、ブリジットの姐さん!俺はねえ、俺は、もう辛くてたまらねえんですよ!」と嘆き始めました。
「あらあら、まあまあ。どうしたんですか、エミール様」
「それがもうね!あの、知ってますか、マリナ嬢を!」
「ええ、存じていますわ。その彼女がどうしたんですか?殿下にお熱のはずですが。もしや、殿下になにか?」
「よくそんなサラッと殿下にお熱なんて言えるな、姐さん!いや、なに、殿下にはなにもないんですけど。いや、なくもない、いや……。とにかく!マリナ嬢のおかげで最近カミーユが冷たいんです!俺はなんにもしてないのに、いつも以上に毒が強い!」
「どういうことです?私、カミーユ様からエミール様のお話を聞いていませんわよ?」
「まじかよ……。ダメだ、怒ってる。完全に怒ってる……。俺、なんにもしてないのに……、酷い、死ねる」
「まあ……」
ドヨドヨと湿り気を帯びた暗いなにかを背負いながら、エミール様は撃沈されました。
お可哀想に……。
見た目は綺麗目可愛い女の子みたいだから、とてもかわいそうに見えてしまいます。実際は、全然そんなことはなく、根明ですのですぐに浮上しますから大丈夫でしょう。
ですが、撃沈されているので他の方に話を振ることにしました。
きちんと順序立てて喋ってくださりそうなのは、宰相の息子であるジャン様ですが、ツンデレですので婚約者関連ではてんで使い物にならない木偶の坊。ここは、騎士系美少年の公爵令息のミシェル様に振るのが一番でしょう。
「それで、なんとなく想像はつきますけど、どういうことですの、ミシェル様?」
「最近は殿下が生徒会で忙しく構ってもらえないらしく、なぜか、私たちに話しかけるようになりまして……。まあ、それくらいは、いいんですよ。私どもも紳士ですから、女性の寂しさくらいには寄り添いましょう。ですが、中々に押しが強く、積極的で、勘違いされそうな発言や行動をされるものですから、婚約者との距離がぽっかりと……。それに、彼女のおかげでカトリーヌと話す時間もなくなってきていて…」
「それは大変でしたわねえ。お菓子、どうぞお食べになって」
「ありがとうございます。ええ、実に大変で……。カトリーヌは、まだ、他の二人のようには怒ってもいませんし、若干呆れられてますが、そこは、まあ、いいとして……。問題はこの二人でして」
「ああ……」
「エミールは、根が明るいですから彼女の押しに素直に頷いて、あれこれ案内したり、べったりされてもさりげなく断ることもないでしょう?それで、カミーユ嬢が怒っていて話してもくれないし、ツンとされてるそうで。そこに油をそそぐかのごとくマリナ嬢がくるものですから、さらに面倒になってましてね」
「うっ……!だってよ!一応、転校生だぜ?優しくしてあげるもんだろ!それに、あんなに積極的だとは思わなかったんだ。殿下にお熱っぽかったしさ。あ、すみません、姐さん」
「いいえ、いいのよ。それで、一番重傷なのはジャン様ね?どうせなにかダメなことでもおっしゃったんでしょう?」
「グッ……!!!」
胸を押さえたかと思うと、ジャン様は急に泣き始めました。ガチ泣きです。男泣きと言っておきましょう。
ですが、こんな情けない泣き方を男泣きと言っていいのでしょうか?ですが、彼の名誉のためにも男泣きとしておきましょう。
私は対面しているソファーから立ち上がり、ジャン様の背中を撫でて差し上げました。まるで、泣いているおこちゃまをなだめているような心地がします。
私は、ママだったのでしょうか……。
「ジャン様、情けないですわよ。ほらほら、もう泣き止んで。はい、ティッシュ」
「ブフー!ぐす、ありがとうございます、ブリジット様……。グッス!アンナ……、ウッ!」
「あらまあ、もう、仕方のない人ですね。ミシェル様……」
「本当にすみません。こいつがバカだったんです、本当……。ご迷惑をおかけして」
「いいえ、良いのです。こうやって殿下のご友人が、私なんかに悩みを打ち明けていただいたこと、嬉しく思います。私は殿下の婚約者です。この程度迷惑だとも思いませんよ。殿下の昔の癇癪や今の高笑いの暴走に比べれば、どうってことありません。さあ、悩みを言ってください。お力になりましょう」
「ブリジット様、まじ母上!」
「それな。……じゃなくて、エミール!こら!本当、すみません。バカが」
「いいえ、気にしませんわ。ミシェル様も大変ですね。さあ、お茶でも飲んでゆっくりと落ち着けてください。それに、母上というのは、いずれ殿下と結婚し国母になる身。ある意味正解ですから、お気になさらず。どうぞ、好きなだけ母とお呼びください。あ、その場合は、殿下のことをパパと呼んでくださいね!その場合はママですね、私は。うふふ」
「そ、それは、ちょっと……。いや、それよりもこのバカですよ、うん!ジャンとアンナ嬢が、喋ってる時にやってきたマリナ嬢とアンナ嬢を比べてしまいましてね。あろうことか、マリナ嬢の方が女性らしくて可愛げがあるなんて言い出しまして、アンナ嬢に言い返される間もなく「え〜!そんなことないよぉ!でも、嬉しい!」なんて言われて、飛びつかれたらしく。さらに言い訳もすることもできずに、冷たい目をされながらアンナ嬢去って行かれ、今現在に至っているのです」
「まあ……。自業自得ですわね。一番かわいそうなのはジャン様じゃなくて、アンナ様ですわよ」
「ウグゥ……!!!嫌われましたかね、俺……」
「まあ、愛想くらいはつかされて変じゃないと思いますわ、普通なら」
「ガッ!う、あ……、俺、終わった。骨は空にまいてくれ……。うっうっ……、だって、だって、そうすれば、だって、アンナともっとおしゃべりできると……。いや!あんな可愛くない女こっちから、願い下げだ!うっ、アンナ……」
ダメだ、こりゃ……、と私とミシェル様は同じ表情をしました。
とりあえず重傷のお二人は、好きなだけ泣かせておくとして、浅い傷は一応あるでしょう、ミシェル様にも現状はどうかお聞きしておきましょう。彼は、少し我慢しすぎるきらいがありますからね。不安と悩みはできるだけここで吐き出させてあげた方が良いでしょう。ここには、あのマリナさんもこないでしょうからね。
「それで、ミシェル様はなにかありませんの?」
「え?あの、私ですか?」
「ええ、悩み、不安、その他諸々、愚痴も含め吐き出すものは、吐き出してしまいなさいな。このお二人より、絶対に情けなくもなにもありませんから。もちろん、ここで起こったことは内密にしますわ。このブリジット。秘密を守ることに関しては、とても自信がありますのよ!」
私の言葉でなにか決心をされたのか、その場で立ち上がり「それでは、お言葉に甘えて……」と彼はすうっと息を吸い込みました。
「婚約者のいる男に媚び売ってんじゃねええええええ!!!!!迷惑だ、馬鹿野郎ーーー!!!!!」
そう叫んだ彼に、私と二人は驚いて固まり「彼は大丈夫なのだろうか、色々と」と心配になりました。
しかし、ミシェル様本人はスッキリなされたのか、とてもいい笑顔で「急に大きな声を出してすみません」とおっしゃられました。
色々とお聞きしたいのは山々ですが、私はそっと「いいえ、お気になさらず。ここは、防音加工ですので」と安心させることを言っておきました。私ったら、とっても優しい……!
それぞれ思い思いにスッキリ吐き出したのか、まあ、若干一名を除きますが、入って来た時よりも幾分か顔色がよくなっています。
私も少し安心しました。
「それでは、皆さん、スッキリされたようなので本題ですが……。私に、なにをしてほしいのですか?力になるとは言いましたが、どういう力の添え方ですの?」
「できれば、彼女に控えるようにと言っていただきたいですね」
「あ!あと、ミレーユ達との仲も取り持ってもらえたらすごく嬉しい。ミシェル達以外は、微妙に冷戦状態なんだよな。つら……」
「ウッ、アンナ、うぅ……。俺が悪かったけど、お前も粘れよ……!」
「そうですね、一番は仲を取り持っていただけたらと。男は女子寮に入れませんしね。唯一、お互いの寮内で会える男女は王族関係だけですし」
「それから、マリナさんも中々にすごい人でさ、カミーユと話す時間が取れないようにしちゃうんですぜ?すごいバッドタイミングにやってきて、話しかけるもんだからその余裕がないんです」
「ああ、確かにそれが一番の悩みでもあり、ジレンマのようなもので。紳士として、淑女……なのかはわかりませんが、女性を無下に扱うことはできませんし。困ったものです」
私は、若干一名除く、皆さんの話を頷きながら聞きました。
なるほど、ヒロインのイベントに巻き込まれて時間がとれないのですね。
多分、学園祭イベントに向けて一生懸命攻略している最中なのでしょう。平凡なゲームらしく、学園祭イベントでどのルートに入るか確定します。逆ハーレムなのか、個人ルートなのか。
そういったところはマリナさんの起こすイベントごとに顔を出して見ているわけではありませんし、むしろ見てないですし、実際に起こっているのかもわかりません。
ですが、始業式を間違えたり、殿下に案内してもらったりとしているあたり、着実にイベントは起こっているでしょうから、多分、学園祭に向けてで間違いないでしょう。
一応、それぞれどんなイベントがあるかは把握していますが、全てに私が顔を覗かせても仕方ありません。それぞれの婚約者同士が乗り越えなければならない問題でしょうし。それに、彼らは彼らです。冷たいようですが、どういった道を歩もうと、私には関係がないことなのです。
まあ、殿下に関係あるなら、全力で潰しにかかりますが……。
ですが、あの殿下がそうそう婚約破棄を言い渡す事はないでしょうし、もしもゲーム的何かの補正か、抑止力的ななにかがあっても殿下な跳ね返しそうですし、きっと、大丈夫でしょう。
とにかく、考えに耽るよりも、まずは、目の前の迷える子羊達に希望の光を見せることが先決です。
私は、机を扇で軽くトントンと叩き、静粛にするように求めました。良い子の諸君……、若干一名はすすり泣いていますが、大人しく口を閉じてくれました。
「あなた方のしてほしいことはよくわかりました。一応、こちらからマリナさんには注意をしておきましょう。それから、アンナ様、カトリーヌ様、カミーユ様に関しても、こちらから話してあげます。そちらへの情報は殿下によろしくしておきますわね」
「さっすがブリジットの姐さん!ありがとうございます!」
「いえ、これくらいいいんですよ。それにマリナさんには、常々、寮の監督生としても貴族の一員としても、少し注意をしなければと思っていたので良い機会です。それに、切れなかった踏ん切りが切れましたわ。なので、こちらこそありがとうございます、皆さん」
「なにを言いますか、ブリジット様!一番感謝しなくてはならないのは私たちですよ!」
「まあ、ふふふ……、いいのよ、本当に。とにかく、皆さん、せっかくだからお茶とお菓子全部食べて言ってくださいな。私、一人では食べ切れませんもの。男性も疲れたりした時に甘いものはお効きになるんでしょう?殿下がそう言ってましたわ!さあ、召し上がれ」
「ブリジット姐さん、まじ、母上……。ありがてえ、いただきます!」
「では、ありがたく。ほら、ジャン、ブリジット様のご好意だぞ。甘いものでも食べて元気を出せ」
「そうだぜ、ジャン。正直、アンナさんとお前の喧嘩なんて、今に始まったことじゃねえだろ。とにかく、今はどうしようもねえんだ!食え!泣いた分、食え!な!!」
「う、あ、あり、ありがとぅぅぅううう……!で、でも、俺、あれ、別に、アンナなんて、なんとも思ってねえし、別に、そういうのじゃないし……」
「おうおう、わかってる、わかってる。諸々含めてわかってる!だから、泣くな!甘いもんがしょっぱくなったら、世話ねえぜ。ほら、ティッシュ」
「ありがとう……。俺、全然、元気なんだぜ、ほら、本当に……」
「おう、そうだな!それよりうまいな、この焼き菓子!な!」
「そだな……。ありがとうございます、ブリジット様……」
「いいえ、皆さんが美味しそうに食べてくださって嬉しいです。作ったコックも喜びますわ」
「そうですか。では、コックに美味しかったとお伝えください」
「ええ、必ず。食べ終わったら好きに帰ってくださいね?」
そう言うと、各々から感謝の言葉が伝えられて、私は少し照れました。
こうやって人の助けになることは大変喜ばしく、良いことです。情けは人の為ならず……、巡り巡って、きっと、いつか私や殿下のためにもなるでしょう。一見暴君風味な殿下のためにも、私はその逆の穏やかで優しい妃になるのです。
お菓子を食べ終わった彼らは、各々帰って行き、きっと、今頃、各自イベントに巻き込まれているのでしょう。
私は、彼らの健闘を祈りながら、お部屋のお掃除を再開しました。




