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 一体なんだって、私はヒロインを安心認定していたのでしょう。

 彼女は、とても精神がタフでお強い方でした。クラスが違うからでしょうか、殿下の高笑いも知らず、幻滅もされていません。それに、授業が終わった瞬間にやってこられるので、生徒会長として殿下がお世話しなければならず、私と殿下はちっともお喋りができません。

 食堂でも、なんの恐れもなく「一緒にご飯を食べませんか?」と可愛らしくにっこりと笑い、結局、隣で食べあう事もなく、お互いに机の端で食べる事に……。殿下の高笑いがないと、少しだけ寂しい気がします。

 仕方がないので、放課後、寮の王族専用の部屋でお喋りをしています。

 ですが、私も殿下も忙しい人間です。放課後なんていうのは、案外、予定が詰まっていて、お喋りなんてものの数分で終わってしまうのです。ヒロインさんのマリナさんが来てからというもの、一番お喋りのできるお食事の時間に、お喋りができないのです。甘く見過ぎていたのかもしれません。

 他の攻略者の婚約者である友人三人は、そろそろ牽制をすべきではと言ってくれます。他にも、級友の方々にも、そろそろ彼女にしっかりと言い聞かせるべきでは?とおっしゃる方もいます。

 ですが、殿下はやはり国の物であり、私一人のものではないのです。それに、下心満載であったとしても、私も国母である妃にいつかはなる身。この程度、見逃さなければならないと思うのです。

 実際は、少しだけ妬けますが、ここは我慢です。ああして民と交流し、話を聞く事も大事なお仕事ですもの。


「ブリジット、あの娘が来る前に言っておく。今日のランチは解放せずに、一緒に食べよう。ゆっくりとな」

「まあ!本当ですの?嬉しいわ、殿下」

「俺も嬉しいぞ、ブリジット!!!」


 ニコニコといつもに増して、輝く太陽のような笑顔を殿下は、私に向けました。笑顔が輝いてらっしゃるわ。

 私もそれに微笑んでいると、教室の外から「殿下ー!」と、呼ぶ声がします。その声がした瞬間、少しだけ教室の温度が下がった気がします。殿下が無表情からの、対外的笑顔になったからでしょうか?それとも、クラスの方々が、それぞれしかめっ面をしたり、乾いた笑みを浮かべたりしたからでしょうか?

 とにかく、クラスの温度が下がったのは、確実な気がいたします。

 殿下は、私に聞こえるか聞こえないかの声で「すまん」と、断りと謝罪を入れて、ヒロインのマリナさんの元へ向かっていきました。

 級友の一人であるジュリー様が「いいんですの?」と心配そうに言ってくださいましたが「今日は、席を解放せずに、二人で食べれますから」と安心してもらえるよう、できる限り穏やかに明るく言いました。

 それを聞くと、ジュリー様は「まあ!それはよかったですわ!」と手を叩いて喜んでくださいました。

 他の級友の方も、一様に喜んでくださいました。そんなに喜んでくださるなんて、嬉しい限りです。なんて、人の心に寄り添え、共感し、感動できる素晴らしい方々なのでしょう!この国は、やはり安泰ですね!

 私がホクホクと殿下の代わりに、同じクラスにいるミレーユ様にそう言うと「ブリジット様、それは少しだけ違いますわよ」と微笑まれました。

 一体なにが違うのでしょう……。


「いいこと、ブリジット様。あのね、みんなが喜んでいるのは殿下が最近、奥様であるブリジット様とろくにゆっくりとお喋りができてなくて、わかりやすくイライラしていたからですのよ。特に男子寮でなんか、暴君ぷりが大暴走してらっしゃったようだから、より嬉しいのね」

「まあ、殿下が?イライラしているところを表に出すだなんて……。しっかりと言い聞かせますわね。王たるもの、表立ってイライラを表してはいけない、と。あと、それから私は殿下とまだ結婚していませんわ。奥様じゃありません」

「そういうことじゃないわよ……。あー、とにかく、そういうわけでブリジット様と殿下が仲良くお喋りしてくだされば、殿下の不機嫌と八つ当たりを被らずにすむっていうので喜んでるんです。言わなくてもいいでしょうけど、殿下のご機嫌とり、よろしくお願いしますわね、ブリジット様!」

「ええ、任せておいて。私ほど、殿下のご機嫌とりと扱いが上手い人間はいませんもの」


 そうにっこり微笑むと、安心したらしいクラスの皆さんは、ほうっと胸をなでおろされました。そんなにイライラしている殿下が怖かったのでしょうか?まだ、段階でいうと10段階中、4段階目ですのに。

 昔は、顔や雰囲気にすぐに出る方でしたが、これも私の教育の賜物。そして、私のよいしょの賜物として、我慢強く、そうそうイライラを表に出さないようになられました。

 これが、本当に8段階目くらいであれば、低い声で誰彼見境なく、的確に痛いところを突いていくようになるので、まだまだ優しい方なのです。ですが、慣れていない方には毒だったのでしょう。

 これからは、殿下のイライラメーターの管理もしなくてはならないようです。私、疲れて倒れちゃいます。まあ、そんなに柔ではないので、倒れませんが……。



 やっとランチです。

 今日は、久々に二人だけのランチなので、お互いに嬉しくて浮かれてしまいます。私たちが喜び合っているのと、殿下のイライラが治るということで、クラスの方々は、私たちがマリナさんに捕まらないよう、どうにか立ちふさがり、時間稼ぎをしてくれることになっています。

 皆さんが時間かせぎをしている間に、私たちはなんにも煩わされることもなく、食堂に行き、二人きりでご飯を取るのです。

 なんてありがたいことなのでしょう。今度、お礼になにかを差し上げなければなりません。殿下は、そういうのをしないでしょうから、私が代わりにするのです。これも、私の務めです。

 そんなわけで、私と殿下は難なく教室を出て、食堂の席にすっと座ることができました。

 いつもならばすぐに解放するのですが、それもないので、食堂にいる生徒の皆さんは「ああ、今日は二人だけで食べたいデーなんだな」と理解して、一切近づいてきません。こうやって、周りが阿吽のように理解してくれる環境があるなんて、素晴らしいことです。

 久しぶりに私は殿下の隣に座りました。

 本来なら向かい合った方がいいのでしょうが、今日はいいのです。

 私がニコニコと、殿下と声をかけようとした時、あの寮の時のように「殿下!」という愛らしい声が後ろから響きました。

 ええ、ヒロインさんです。マリナさんです。殿下は、思いっきり乾いた笑みを顔面に貼り付けました。

 彼女の後ろでは、様々な令息、令嬢が驚いた顔をしたり、恐怖で固まった顔をしたりと面白い百面相をそれぞれしています。

 マリナさんは、それにちっとも気がつかずに、私を無視して殿下に近づき「一緒に食べましょう!」と机にトレーを載せました。

 ああ、殿下、穏便に……。穏便にですよ、私はちっとも怒っていませんから、どうぞ穏便にお願いします。


「マリナさん。すまないが、今日は婚約者のブリジットとだけで食事を取るから、他へ……」

「え?でも、他の席、いっぱい空いてますよ?なんでダメなんですか?」

「王族専用の席だからだよ、マリナさん。今日のところは他の方ととってくれ」

「そんな……!私、殿下と一緒に食べたいのに……。どうしてもダメなんですか?」

「申し訳ないが」

「私だけでもダメですか?婚約者の方とも仲良くしますから」

「申し訳ないが、特例を作ることはできない。いつもは『解放』ということで、皆と食事をとっているが、本来はこうやって王族のみ別個の席で食べることとなっている。今回は申し訳ないが、他の方ととってくれ」

「でもぉ」


 そう、どうしても食い下がっていくマリナさんの言動に、だんだんと殿下の笑みが深くなって行きます。これは、めちゃくちゃイライラしている証拠です。仕方がありません。今日は思い切り甘やかしてあげましょう。

 殿下は、にっこりと笑い、あのゲーム本来の殿下のように「マリナさん、私は王族だから、たまにはこうやって威厳と差を見せなければならないんだ。わかってくれるね?」と優しく言い聞かせました。

 それに、マリナさんもやっと「はい、わかりました!じゃあ、明日は一緒に食べましょうね!」と去っていきました。私を若干睨みつけて。

 殿下は、完全に去って行ったのを認めてから、いつもの殿下になりました。

 ですが、今日は大きな声ではありません。完全に疲れてらっしゃいます。これは、思った以上に重症です。完全回復に数日はかかりそうです。

 今度のおやすみに約束していた二人きりのお食事をお願いするとしましょう。

 私は、そっと、多分こっちを見つめているマリナさんを刺激しないよう、見えない位置で殿下の腕をそっと触りました。疲れた顔の殿下は私を見て、私は殿下ににっこりと微笑みかけました。

 そうして、やっと殿下はいくらか元気を取り戻したようで、へにゃりと口の端を曲げて微笑まれました。


「殿下、お疲れ様ですわ。あそこまで押せ押せとは、知りませんでした」

「うむ。これも学園長に生徒会長として、面倒を見るように頼まれたせいでな……。許せ、ブリジット」

「ええ、もちろん。殿下はよく頑張ってらっしゃいます。さすがは殿下ですわ。どんな仕事も全力で。そんなこと、誰にでもできることではありません。殿下だからできるのです。かっこいいわ」

「ふはは……。そうか、かっこいいか。そうか。ならば、もう少し頑張れそうだ」

「それは良かったです。でも、もし潰れそうになったら、いつでも私に寄りかかってくださいね。私は、そのためにいるんですもの」

「ブリジット、お前は本当に私の太陽だな。天使、聖母、好き……」

「私も殿下が、大好き。本当は少し嫉妬してましたのよ、彼女に。だから、前言ってくださった二人きりのお食事、とても楽しみにしてます」

「ほ、本当か!そうか!ならば必ず行こう!個室だぞ。もちろん個室だぞ!大いに俺は甘えるぞ、ブリジット!良いな?」

「もちろんですわ。私も、殿下に甘えちゃおうかな……」

「……グッ!さすが俺の嫁、愛い。実に愛い!どんと好きなだけ俺に甘えるが良いぞ!」


「嬉しい!」と言いながら、そっと殿下の肩に自分の肩を触れさせました。それだけでも、殿下の機嫌は、大分よくなるのです。単純……、とは言いませんが、扱い安くて大変ありがたいです。


「ブリジット……。今日の予定は、全部キャンセルしてもいいと思うか?」

「内容によりますわね」

「たいした内容ではないのだ。先生方にも、別段、特別なものを頼まれているわけではないし、生徒会も今のところ早急に片付けねばならない要件はないからな」

「本当ですの?」

「む……、俺は嘘はつかないぞ、ブリジットには!いつでも正直だぞ!」

「ふふふ、そうでしたわね。では、私もキャンセルして、ゆっくり過ごしましょう?」

「ふはははは!楽しみだ!なんだか、味のなかったランチが急に美味しく思えてきたぞ!」

「殿下が元気になったようでなによりです。いつも頑張っている殿下には、大好物のプリンを贈呈いたします。あ、一口だけはくださいね」

「もちろんだ!一口とは言わず、もっとやろう!もちろん、あーんでな!ふはははは!」

「まあ、嬉しい」


 段々と大声で高笑いをする普段の殿下に戻ってきました。

 こうして、端から見ても仲が良いところを見せれば、あのマリナさんと言えど諦めるでしょう。多分、きっと、そのはず……。さすがに諦めますよね?さすがに押せ押せでタフなヒロインさんと言えども。


 私たちは、久しぶりにゆっくりと楽しく平和に食事をとれました。殿下が、立ち上がって教室に帰ろうというところで、ハッと気がついたように座り直し、卓上のベルを鳴らしてコックを呼ばれました。

 一体、どうしたというのでしょうか。せっかくだから、お腹いっぱい食べる気なのでしょうか。

 私が不思議に眺めていると、やってきたコックが「なんでしょうか、殿下」と堂々とした面持ちで出てきました。

 さすがに2年間も殿下に呼び出されていません。最初の頃は、心配そうな伺う視線をしていたものですが、殿下の喝と演説じみた説教のおかげで、こうも堂々としたコックになったのです。

 それを思うと、なんだか成長した我が子か生徒を見つめるような気持ちになります。


「よし、お前を信頼して言うぞ。誰にも言うでないぞ、よいな」

「はい、もちろんです。なんでしょうか?」

「ふむ。実はな、あそこに座っているストロベリーブロンドの可愛らしいご令嬢がいるだろう。こっちを見つめてる令嬢だ」

「……ああ、わかりましたぞ、殿下。あんまりにもまっすぐと見ているので、すぐにわかりました」

「彼女に、できる限り複雑で量の多い料理を出してくれ。俺からだと言って、いらないと言っても食べさせよ。なんなら「俺が好きなものだから食べさせてやりたかったのだ」とか言ってたと言ってもいい。とにかくだ。俺とブリジットが食堂から出るまでの間、その料理の説明をして、彼女が俺に喋りかけないようにしてくれ。せっかく平和でいい気持ちで食事を終えられたのだ、最後の最後で、嫌な気持ちになりたくないからな。できるな?」

「もちろんにございます。それにしても、面倒なご令嬢に好かれたようですねえ。ハハハハ!」

「不敬!だが、今回の仕事といつも旨い料理を提供しているから、特別に許す!」

「寛大な御心に感謝を……」

「良い。ああ、それと料理が完成する間、少しだけデザートを余っていたらもらえるか?ブリジットの分をもらったのでな、彼女の分を」

「はい、わかりました。それでは、殿下、すぐに持ってまいります。それと、料理もすぐに」

「うむ!では、下がるといい。今日のランチも良い味であったぞ!ブリジットも舌鼓を打っていた。褒めてつかわす。歓喜に咽び泣きながら、この言葉を受け取るといい!ふはははははは!!」


 そう高笑いする殿下にぺこりとお辞儀をし、私にも「すぐに持ってまいりますね」とおっしゃってから、キッチンへと戻って行かれました。

 私と殿下は、すぐに出てきたプリン二つをゆっくりと、それはもうゆっくりと食しました。彼女の料理が出るまで、ゆっくりと……。そして、彼女の前に、豪華で量の多い肉料理がコックの手で運ばれて行きました。わたわたとしている彼女を尻目に、私と殿下は早足で、彼女と説明しているコックの横を通り過ぎました。

 マリナさんは、何度か「殿下」と呼び止めようとしていましたが、コックの説明のおかげでそれが遮られ、なんとかなにもなく教室に戻ることができました。

 きっと、今頃彼女はあの料理と悪戦苦闘していることでしょう。お昼が終わるまでに食べられるといいのですが……。まあ、殿下のご厚意であれば、きっと許されることでしょう。頑張って食して欲しいものです。

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