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私と殿下は婚約者同士ですし、クラスも同じですが、常に一緒に行動しているわけではありません。
殿下には殿下の生活があり、私には私の生活があるのです。人間関係だってそうです。私は、サロンを開いたり、お呼ばれに預かったりしますし、殿下は公務や、生徒会としてのお仕事があります。
なので、いつも一緒というわけではありません。たぶん、授業とご飯の時だけ一緒です。
一年の頃、あの私にべったりの殿下が、あっさりと離れる様を初めて見た級友たちは、とても驚いていました。 そして、ああいうのは普通、どこまでも一緒でなんならヤンデレぎみなはずだ、という主張をその場でいただきました。
残念ですが、このゲームは平凡です。性癖だって平凡ですから、殿下はヤンデレではありません。あんなハイスペックポジティブ系俺様バカになったのは、私が教育を失敗したからです。実際は、もっと冷静沈着で紳士の中の紳士だったはずですし。口調だって、俺ではなく私でしたし、高笑いなんてするキャラではないのです。
まあ、いいでしょう。そこらへんはもうすでに過去のこと……。今更です。
今日は、私がサロンを開くのでその準備をしています。とても小さいサロンですので、そんなに時間はかかりません。食堂の方達に、つまめるお菓子を余った材料で作っていただき、開く部屋に華美にならない程度にお花を飾ります。それと、ちょっとだけお掃除。これは大事です。
そんなにはしょっちゅう開かないようにとしているのですが、人のお話を聞くのが好きな私は、戒めていてもついつい開いてしまいます。
そんなおかげで、王族が開くための個室を学園からいただいてしまいました。今日は、そのお披露目会です。本当に小さなお部屋で、キングサイズのベッド一つで、ぎゅうぎゅうになるようなお部屋なのです。私の好みを言っていいと言われたので、心休まる空間にと淡い色を使いました。
自分でいうのもなんですが、センスがいいです。
鼻歌交じりでお部屋を整えていると、パティシエの方達がお菓子を持って来てくださいました。
お礼を言って、我が家から持ってきた透し彫りのお皿に盛り付けていただきました。お皿と一緒に持ってきてくださったのに、申し訳ないなあといつも思います。
申し訳ない顔をしていると、初老のパティシエ達は「この皿は、運ぶためのものですから、いいのですよ。運ぶ時も美しく。そのためだけです」とニコニコ言ってくださるので、少し胸がホッとします。
サロンを開く約束の時間になり、ご令嬢達がやってきました。
爵位は特に関係なく、学園側から抽選で選ばれた令嬢7人がいらっしゃいます。それにプラスして3人は、私がご招待したお友達です。
にこやかに挨拶をし、お部屋を褒めていただき、最近の流行や、文学、それから政治についてお話をします。まあ、もっぱら私がお話を聞き回転させる、謂わば司会のような役割をしているので、そんなにおしゃべりはしません。
「そういえば、廊下で殿下が初めてみる顔なんですけど、女性と一対一でおしゃべりされていましたわ」
「まあ、そうですの?殿下ったら、モテモテですわね!」
「え?あ、ええ……、そうね」
「まあ、カトリーヌ様、実際は性格に難がありすぎて、おモテにならないと突っ込んでくださってよかったのに」
「ほ、ほほほ……!そんな、恐れ多いわ!ねえ、アンナさん!」
「ええ、そうですわね、カトリーヌさん!それよりも、私も見ましたけれど、貴族にしては少し…なんといいますか、ねえ」
「平民っぽいんですのよ、ブリジット様」
「まあ!いやだわ、ミレーユさんったら!口が悪いわよ」
「ごめんあさーせ!まったく、アンナさんは真面目でらっしゃいますわねえ」
「なんですって?」
「ふふふ、あら、ごめんなさい笑ってしまって。いいんですのよ。私、ちっとも気にしませんわ。
もしかしたら、その方は平民の方のお友達がいっぱいいる方かもしれませんわ。ハッ!もしや、殿下に、平民の不平不満をお伝えになさって……!?どうしましょう。殿下に伝えたところで、どうにもなりませんのに……」
「そういうことではありませんわよ、ブリジット様!」
「そうですの?カトリーヌ様?」
「ええ、そういうのではなく。あの、なんだか少しそういうのではないような気がするのよ、私。具体的には言えないけど……。ミレーユさん、お分りになる?」
「あら、私だってわからないわよ。でも、そうねえ。もしかしたら殿下のことを好きになった……、とかかもしれませんわね」
それを聞いたほかの、お部屋にいらっしゃる方々がピタッとそれぞれのおしゃべりをやめてしまいました。
私の様子を伺ってらっしゃるのでしょう。
多分、その平民っぽい方というのは、ヒロインのことでしょう。そういえば、今日がそのイベントなる日でした。これから、少し騒動があるのかしらと、私は微笑みの中でため息を心の中で吐きました。
私は「まあ」と、第一声を放ちました。
「それは良いことです。殿下は、この国の王になるお方ですもの。好かれないよりも、好かれる方がいいですわ。それに、私だけの殿下ではありません。ディミトリ第一王子は、この国のものです。国民のもの。私はたかだか、一介の臣民ですもの。
ふふ、それに、人を好きになるのに理由は必要ありません。好きなら好きで良いのです。私は咎めませんわ。好きなだけなら」
「さすがブリジット様。殿下に愛されてるから言えるのね」
「ミレーユ!でも、そうですわね、信頼し合っていて羨ましいかぎりですわ……、本当。はあ……」
「まあ、ため息なんて……。アンナさんは、なにか悩みがお有りになるの?私でよければ、力になりますよ」
「本当ですか!あの、実は最近、婚約者のジャンとよく喧嘩してしまうんですの。本当は、素直になればいいと思ってはいるんですけど、なんだか、こう恥ずかしくってできませんの……。どうしたら素直になれるでしょうか……」
「あらあら、大丈夫ですわ。言葉で素直になれない分、行動で素直になればいいんですのよ。それで、喧嘩はどういったきっかけでよくなさるの?わからないうちに喧嘩になってらっしゃるの?」
「ええ、そうなんです、気づいたら喧嘩していて。なにが原因だったかは、わからないんです……」
「あら、ただ単にお互い素直になれなくて、罵り合ってるだけじゃない」
「まあ、そうなんですの?カトリーヌ様、第三者からのご意見を」
カトリーヌ様は、ふっと笑って「いいわ!こういうデバガメって大好き!」とおっしゃいました。
元気でよろしい。私も元気になっちゃいます。
「アンナさんは、素直になれなくて、受け取った言葉にそのまま返してしまうのよ。チビには、童顔、と返されて喧嘩になるの。正直、ただのじゃれあいですわ」
「そう、喧嘩するほど仲が良いということですのね。ふふ、いつか素直になれます。今はお恥ずかしいのでしょう?そうであるならば、なおさら行動でお示しになられたらよいのです。信頼という言葉は一つしかないですが、種類や、やり方はたくさんあります。
あなた方だけの信頼というものもありますわ。頑張ってくださいね。いつか、あなた方が素直に笑いあえる日を待っていますね」
「ブリジット様……、ありがとうございます。行動で示す。それもちょっと恥ずかしいけど、頑張ってみますわ!具体的になにをしたらいいのですか?」
「それはもちろん一緒にいるということが一番です。喧嘩しても、絶対にそばを離れない。それだけで、いいのです。私と殿下も、昔は喧嘩をよくしたものです。ですが、決して殿下のお側を離れずにおりますとね、少しずつ態度が軟化していき、最後にはあちらが折れます。毅然とした態度で横にいればいいのです」
「なるほど……。それだけなら、私もできますわ!それよりも、ブリジット様と殿下も喧嘩なさるのね」
「ええ、しますのよ。昔はしょっちゅうでしたわ。なにせ、根性が曲がっていて、人の褒め言葉を湾曲して、正反対に受け取るし、それを嫌味ったらしく伝えてくるものですから、正直大変でしたわ。ムカムカする気持ちを一生懸命鎮めて、私が大人にならねばと受け流し、時にぶつかり……。
そして、知らぬ間に、あんなことに。教育を間違えました……」
そう、私が落ち込んでいると皆さんが「そんなことありませんわ」と慰めてくださいます。良い人たちばかりで、私は嬉しい。ありがとうとお礼を言い、他の皆さんに悩みはないかお聞きしました。すると、色々なところからお悩みがあり、私のサロンは、いっとき、お悩み相談室と化しました。
さて、先ほどから、私とずっとおしゃべりしている3人。
アンナ様、カトリーヌ様、ミレーユ様は、何を隠そう攻略者たちの婚約者です。謂わば、メインの悪役令嬢の私の手下といった立場です。ですが、私は別に部下なんて欲しくないので、お友達として過ごしています。初めて会って、きちんとおしゃべりしたのは学園が初めてですが、すぐにお友達になれました。嬉しい限りです。
殿下にもとても喜ばれました。
それと同じくして、殿下も攻略者たちとお友達になられていて、私は「よかった、殿下にお友達ができて!」と大喜びしました。おかげで、友人大切、たくさんできるとブリジットが喜ぶから、俺が一番偉いけど人類皆友人、というようになりました。
基準が変ですわよ、殿下。私が喜んだからって、そこまでしなくてもよいのに。
いえ、それは良いのです。これは、私のお友達の紹介です。
一番背が低く、子リスのように愛らしいアンナ様は、公爵令嬢で宰相の息子であるジャン様の婚約者です。ジャン様は攻略者とあって、頭が冴えていて、とてもキリリとした男前なお顔をなさっています。
そんな可愛いとかっこいいペアなお二人は、ツンデレとツンデレの、ツンデレカップル。よく喧嘩してらっしゃいますが、お互いに好きあっているのは分ります。
よく「俺は、別にあんなチビ、好きじゃねえ!」とジャン様は言っていますが、お顔が真っ赤だったりしてちっとも説得力がありません。ですが、アンナ様はその言葉を真に受けます。真面目だからでしょうか。
そうして2人は喧嘩したり、傷つき合ったりしながらも、絆を深めてらっしゃいます。
なんだかんだでお似合いなお二人です。
線が細くも、気が強く頼り甲斐のある肝っ玉母ちゃんのようなカトリーヌ様は、侯爵令嬢で騎士系美少年の公爵令息のミシェル様の婚約者です。ミシェル様は、騎士を目指している柔和な紳士です。攻略者の中でも、一番穏やかな性格をしてらっしゃいます。
お二人は、ゲーム内でも儚げな美人同士のカップルと描写されています。見た目は儚げですが、どちらとも精神的にもお強く、機転がきき、大方、なにがあってもお互い大丈夫だろうと変なところで信用しあっている友人のような関係でいらっしゃいます。
別に結婚しなくてもいいんだけど、と言っておきながら、お互いにお互いと結婚する未来予想図を考えています。さっさと、結婚でもなんでもすればいいのです。
きっと、落ち着いた家庭をお持ちになるのでしょう。
この三人の中でも、一番弁が立ち、跳ねっ返りで毒舌だけど、見た目はとても可愛らしい小悪魔なミレーユ様は伯爵令嬢で、男の娘系男爵令息のエミール様の婚約者です。エミール様は、本当にお顔はとっても女の子なのですが、中身は作中一の男前でいらっしゃいます。
どんな毒舌を吐かれても、笑って「さすが、面白いことをいうぜ」と受け入れていらっしゃいます。なんとも度量の大きな人です。
そんなお二人は、嫌い合うでも、友達同士というのとも違う、恋人同士のような雰囲気でいらっしゃいます。もしかしたら、色々と一番進んでらっしゃるかも……。
いえ、無粋な推測でした、やめましょう。
とにかく、私と殿下は、このように素敵なお友達がいるのです。
ヒロインがどういう方で、どういう道をお進みになるかはわかりませんが、この素敵なお友達を悲しませることを、決して起こさせないようにしよう、と笑い合う友人を見て思いました。
サロンを終え、自分たちの宿舎に帰ると、殿下が女子寮の前で待っていらっしゃいました。
私は、友人たちがいるのを忘れて「殿下!」と声をあげようとしました。ですが、それを遮るように後ろから、同じく「殿下!」という可愛らしいお声が聞こえました。
思わず振り返ると、ストロベリーブロンドが揺れていました。
そうです、ヒロインさんです。思わず「まあ」と口に出てしまいましたが、彼女は気にした様子もなく、殿下に向かっていきます。
一緒に歩いている三人は、なにも言いませんが複雑そうなお顔をしてらっしゃいます。私を気にしてでしょうが、大丈夫ですよ。王族は、こんなこといくらでもありますから。そのために私と殿下は幼少の頃から、お互いの信頼関係を築き上げてきたのです。
可愛らしい声で殿下とおしゃべりしている方は、私たちに気づく様子もありません。
殿下は私をちらっと見て、ミルクを飲む子猫を見るような目で微笑みました。私も、駆けてくる子犬を見るような気持ちで微笑み返しました。この程度で充分なのです。
私は、そのまま、彼女に「ごきげんよう」と挨拶してから寮に入っていきました。ヒロインさんも、私たちにキョトンとした顔をした後「ごきげんよう」とおっしゃいました。
ええ、それ程度でよろしいのです。
寮内の談話室に、三人に連れられ直行し「いいの?」と迫られました。
確かに先ほどのヒロインさんは、さすがの押しの強さでしたが、殿下は真っ先に私に反応してました。だから、全然いいのです。
私は、少し怒っている三人をなだめすかし、納得させました。
「そこまでおっしゃるなら、いいですけど……」
「でも、あそこまで積極的な方は初めてではない?」
「見てなかったのかしらね、入学式」
三人はそれぞれお喋りをして、不思議ねーと言い合っています。
普通なら、入学式と食堂の私と殿下を見て、殿下への憧れは減り、割いる場所がないと気づくのです。
ですが、彼女は入学式を間違えてしまったうっかりさん。そのおかげで、担任である攻略対象の先生とお喋りすることができるのです。
そして、そのおかげで会長である殿下が駆り出され、学校を案内してもらうという風になります。
なので、私という存在を彼女はまだ知りませんし、殿下の俺様バカっぷりも未だ知りません。ああ、知らぬが仏とはこのことです。
彼女の憧れはきっとガラガラと崩れ落ち、殿下を攻略する事は諦めるでしょう。
安心ですね。