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番外 アンナとジャン

 今日も今日とて私の怒声が高らかに響く。全ての原因は奴。

 そう、あの頭いいフリして本当はバカ野郎のいらん事言いの残念なバカである、ジャンのせい。

 なによ、なによ!なにが「よっ!いいお腹!」だ!この野郎!レディーのお腹をタッチしておいて、なにが「いいお腹」よ!

 まったくデリカシーのデの字もない最低男め!


 でも、確かにここのところみんなの結婚式で食べてたから、お腹がちょっと出てきたというかフニっとしてきたというか……。そっとお腹を触ってみると贅肉の感触。

 私はため息をついて、仲良し4人組として記念に描いてもらった肖像画を見る。

 この中じゃ、私が一番チビで綺麗じゃない。

 ブリジット様は言うまでもなく美人だし、カトリーヌは儚げ美人で、むかつくけどカミーユは猫みたいな美人。私はというと、これがため息をつかずにいられない。目はまん丸くって、お世辞にもアーモンド型じゃないし、顔の輪郭だって丸っこい。

 私だってできるならブリジット様みたいな綺麗な顔になりたかったし、カトリーヌみたいに背が欲しかった。

 はあ……。

 どうして私ってば、こんなに丸っこいのかしら。

 ジャンだってそりゃお腹を叩くわよね。デリカシーを一旦おいとけば。


「よー、お腹の具合はどう?」


 自室のドアを開けてそんな失礼な事をいうバカ野郎に私は全力で辞書を投げつけた。


「うおっ!あっぶねえな、オイ!」

「なによー!!どうせ太ったわよ、バカー!!」

「バ?!この……。ああ、そう。そんな事言うの」

「なによぅ」

「せっかくケーキを持ってきたんだけどなー」


 そうジャンが手にしてる箱は、私の最愛のケーキ屋さんの最高で至高のチョコケーキ!!!!!

 私は駆け寄って、箱に手を伸ばしたが、あっさりジャンにかわされ、最愛のチョコケーキは遥か彼方の天井にある。身長差め!


「デブには食べさせられないなー」

「な!なんですって!?」

「なんだよ、自分で太ったって言ったんじゃないか」

「うるさい!」

「いってえ!!」


 ジャンは足を持って、ぴょんぴょん跳ねている。

 ザマアミサラセ!! 

 レディをデブとか言った罰よ!

 私はジャンの手から箱を奪って、ベッドにダイブして座った。私のベッドはふかふかでポンポン跳ねられるので、とても楽しいのだ。ほんの少しだけふかふかすぎて寝心地が悪いのだけど、それはそれ。

 箱を開けて、私は早速食べた。

 このケーキのなにがいいって、手でつまめる一口サイズなところ。一口サイズだけど、ちゃんとホールサイズ。さいっこう!

 私がパクパク食べてると「買ってきたのは、俺だぞ!」と言ってきたので、私はちゃんと淑女らしくお礼ッ申し上げた。

 ジャンは床に座って「ねえ、俺のは?」と聞いてきた。


「しょうがないわねえ」

「しょうがないもなにも、俺が買ってきたんだけど」

「はい」

「……一個かよ!」

「しーらない!この際、ぶくぶくに太ってやる」

「ま、待てよアンナ!あの、そういうのはやめた方がいいんじゃないかな!健康に悪いしさ!」

「ふん!」

「し、心配して言ってるんだぜ、俺」

「本当?」

「本当、本当」


「だって、嫁さんがデブとか嫌だもん、俺」とにこやかな顔で言ってきた。

 私は奴の食べようとしているチョコケーキを口に無理やり詰め込んで「じゃあ、別の人と結婚すればいいのよ!ガリガリの!貧弱な!美人さんと!もう知らない!」と部屋から飛び出した。

 お父様が「アンナ、どうしたんだい?!」と言ってくるが、知ったこっちゃない。

 なによ、なによ。結婚しようかって言ってきたのは、そっちじゃない。なによ、本当はいやいやだったんだ!絶対!

 私は御者を呼び「ブリジット様のところ!」と高らかに言った。



ブリジット様のお家の扉が開き、殿下とブリジット様が私を見て「あらあら」と微笑んだ。


「どうしたんですか?また喧嘩?」

「結婚前に喧嘩などよくやるな」

「悪いのはジャンなんです!」

「あらあら……」

「いつものパターンか……」

「私のこと、デブって言うんですー!それで、それで、こんなのと結婚したくないってー!ワアアアア!!!」


 私はブリジット様に泣きついた。

 ブリジット様は綺麗な白い手で私を撫でてくださる。優しいわ、ブリジット様……!

 ブリジット様に手を引かれながら、私は何度となく来たブリジット様のお部屋に入る。

 私はチビで少しだけ勝気だったものだから、男の子や女の子にからかわれてきた。小人とか妖精ちゃんとかチビ助とか、もうあらゆるチビに関する言葉をいただいていた。

 そんな中、ブリジット様だけが社交辞令だけで接してくれたのだ。

 皆が私をお子ちゃま扱いする中、ブリジット様だけが同い年の貴族令嬢として接してくれた。それがとても嬉しくて私はブリジット様について回るようになった。

 ジャンには「ひよこかよ。ぴーちゃんって言ってあげようか?」なんて言われたが、いいもんね。ブリジット様は優しいし綺麗だし子供扱いしないんだもん。


「とりあえず、おすわりになってください」

「スン……、ありがとうございます」

「いいえ、いいんですよ。ふふ、久しぶりにアンナ様と会えて嬉しいわ。今、メイドにお茶を持って来させますね」

「お気遣いを……」


 優雅にブリジット様は微笑まれながら、殿下の口にマカロンを放り込んでいく。

 さすがですわ、ブリジット様!!


「お父様かジャン様に行き先をいいました?」

「……あっ!」

「モゴモゴ……、どうせ行く場所などたかが知れてるわ。どうせ適当な頃にくるだろ。ブリジットおかわり!」

「はいはい、殿下。あーん」

「んまい!」

「それで、ジャン様と喧嘩して私のところにすっ飛んでこられたんですね」

「はい!だって、だって、誰かに言っても「また〜?どうせすぐ仲直りするでしょ」で終わっちゃうんですもん!」

「まあ、それはそれは。とりあえず、言いたいことをお言いになってください」

「ありがとうございます!あのですね、ジャンが……」


 私は結局ここに来るまでの顛末を全部話した。

 ブリジット様は茶化すことなく聞いてくださり、殿下はどんどんマカロンを消費した。そういえば、殿下って結構な量をお食べになるけれど、どうして太られないんだろう。

 考えていたことが声に出ていたらしく「ふはははは!その疑問が出るのも当たり前よな!」と殿下が急にハキハキと喋り出した。

 ブリジット様はにこにこしながらお茶をのみ、私はやってしまったなと思った。


「まあ、俺のこのパーフェクトなプロポーションが保たれるのは、俺がそもそも美しいというのもあるが、これはたゆまぬ努力ゆえ!プールで泳ぎ、兵と共に走りながら本を読み学習し、さらに学習してカロリーを消費するのだ。そして、食べ物も大事だ。肉!卵!野菜!野菜!果物!肉!そう、このパーフェクトプロポーションを作るのは俺の努力もあるが、俺が食べている食にも秘密があるのだ!ふははははは!!!

教えて欲しいか?教えて欲しいだろう?うーん、わかるとも!

俺はとても慈悲深く、そして度量も広く、一人だけで秘密を抱え込まぬ天晴れな男!貴様に1週間、特別に!そう!!とても、とてつもなく特別に!!!ブリジットの友人だから、ものすごおく特別に我がプロポーションの秘密を教えてやろう!ふはははははは!!うわーっはっはっはっは!!!嬉しいだろう?ありがたいだろう???

ここで頭を擦り付けて賛美してもいいのだぞ、俺を!」


 さあ!と言わんばかりに目を輝かせる殿下に向かって私は「ありがとうございます、殿下。光栄でございます」と言った。殿下は満足そうに頷いて「一瞬、紙とペンを借りるぞブリジット!!」と叫んで机に向かわれた。

 ブリジット様はそれを目で見送った後「紙に書いて、渡されるおつもりですわ」と私にウィンク。

 こういうお茶目なところも素敵ですわ、ブリジット様!!


「でも、アンナ様はちっとも太っていませんわ。むしろ細いくらいです。ウエディングドレスのためにダイエットでもされてるのでは?」

「そうなんです。皆の結婚式で色々食べちゃってたので、ダイエットを一応してるんです!でも……」

「アンナ様、食べてらっしゃらないでしょう。顔色が悪いですよ」

「え!?いいえ、私、元気ですよ、とっても!」


 一応、チーズのひとかけらとか野菜とか食べてるし……。一食だけだけど。


「本当に?食べてらっしゃるならいいですけれど……。殿下もとってもわかりにくいですが、心配されていますわ。さっきのあれこれは、アンナ様の体力や栄養が足りているのか心配で「きちんとした食事と運動をさせて健康にする」とおっしゃられていたんですよ」

「まあ……」

「わかりにくいですが、渡された紙を見ればわかりますよ」


 ブリジット様は優しく微笑んで私の腕をそっと撫でた。


「きっと、言葉が悪かったんでしょうが、ジャン様も心配しすぎで逆のことを言ったんですよ。大丈夫、アンナ様はとても綺麗だし可愛らしいですよ。本当の本当に」


 お母さんのようにブリジット様は私に言った。それから驚くべき速さで書き終えたらしい殿下が紙束を持ってきて私に渡した。早く書いたわりにとても字が綺麗だ。


「いいか、全ては食と運動。そして、質のいい睡眠によって成り立っている。1ページには基本的な栄養素のことが書いてあり、2〜4にはその栄養素をとればどういった効能があるのかというのを書いてある。5ページを見てみろ。食材一覧だ。ここから選べ。どういう組み合わせがいいだの、どういった風に栄養を偏らせずにとるのか、と言ったものも書き込んである。まあ、料理を作ることはないだろうが、適当に作りかたも書いておいたぞ!

そして、こっちが運動の方だ。俺が週5日やっている運動を女性用に軽くしたものがこれだ。体を引き締め、体力が作られること請け合いだ。もちろん長く継続してやることこそがその第一歩だ。なんの変わりもないように見えて、3ヶ月後にはあら不思議!引き締まっているのだ!

それから、小さなものとして睡眠や風呂に生活の雑学、刺繍のことも書いてある!」

「うわあ……」

「ふはははははははは!!!!すごさに「うわあ」しか言えないのもしょうがない!許すぞ!ふはははははは!!」

「これを全部ですか?」

「馬鹿者。お前のような凡人が俺が毎日していることをできるわけないだろう!俺を誰だと思っているのだ。貴様が仰ぐべき君主であるぞ!そんな俺と同じことができるわけないだろう。そもそも、それは参考程度だ。全部やれるわけがないのだから、地道に一つずつやっていけ。凡人にはその遠い道こそが一直線の近道なのだぞ、分かっているのか?」

「はい、申し訳ありません」

「そもそも、そうやって全然食べてないような腹をしてるからいけないのだ。食って運動しろ。俺のこのパーフェクトプロポーションはな、食事と運動と睡眠によって成り立っているのだぞ」

「殿下、あーん」

「むっ!急な優しさ!受け止めたい!」

「はい、あーん」

「んまい……!」


 ブリジット様はニコニコしながら殿下の口にクッキーを運び、殿下を黙らせ「ね?」とでもいうように、私に笑いかけ、急に開いたドアの方をみて「あらあら」と笑われた。


「ばかやろ!探しただろうが!」

「ジャン……」

「最近、食べてないっていうから、もしかしてそこらへんでバテて倒れてんのかと……」

「心配してくれてたの?走って来たの?」

「え。あ、そ、それはだな!」


 ジャンが口を開こうとした時、クッキーを食べ終わったらしい殿下が「素直に!!」と叫ばれた。それにビクついたジャンは「そうだよ!!悪いか!!」と真っ赤な顔で叫んだ。


「ジャン……!」

「うるせー!こっち見るな!」


 ぷいっとジャンはそっぽを向いた。

「ジャン様、迎えにこられたのですね?」とブリジット様が謎の圧を出しながら、ジャンに聞いた。私はちょっぴり期待しながら、ジャンを見つめた。

 ジャンはこっちを向いて私を見て「……帰るぞ」と手を差し出した。


「うん!」


私はジャンの手をとった。


「急に外に出ていったりすんなよ。そんな……その顔色でさ。ちゃんと食べろよな」

「うん」

「ケーキ、まだあるからさ……」

「うん。帰ろ」

「ん」


 玄関から出て馬車に乗り込むと、殿下と抱きかかえられたブリジット様がかけて来て「これを忘れるとはけしからん!!俺からの賜り物だぞ!大事にしろ!!」とあの紙束を渡してくれた。


「なんです、これ?」

「ふははは!それは俺自らが書いた、栄養バランスと運動方についての書類だ。これをお前もちゃんと読んで、隣のレディを健康でいさせるのだぞ。ちなみに俺のブリジットは健康長寿だ!そして、俺も健康長寿!多分、一緒に死ぬ!」

「ははは……。殿下、ありがとうございます。これは大事にします」

「家宝にしろ」

「はい!それじゃあ、そうします。それじゃあ、殿下、また!」

「ああ、式でな」

「ブリジット様!また来ますねー!」

「まあ嬉しい!いつでも来てくださいね!」


 私たちはお二人に手を振って別れた。

 ジャンは窓の外を見ていて、こっちを見もしようとしない。

 でも、手がつながったままで私はこっそりクスクス笑った。

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