番外 カミーユとエミール
エミールはちょっとだけ頭が足りない。
人が良すぎる。それがいいところだって人は言う。
毎日、ニコニコヘラヘラ、こっちが何を言おうとも「お前は面白いなあ」だけ。そんなことってくれるのエミールさんだけよ、なんて母は言う。私もそう思う。普通だったら、少しばかり付き合いを見直すもの。
私が中々ドレスを決めなくても「待つ、待つ」と笑って言うし、決めたと思ったら「やっぱりやめた」とやめても「そっか」で終わる。別に構って欲しくてやってるわけじゃないけど、従順すぎてつまんない。
「結婚の1日前にそんなふくれっ面されるとさすがの俺もちょっと傷つく」
「そうなの」
「それだけかよ。で、なにがご不満なんだ?」
「別になんでもないわよ。こういう日があるもんなのよ、女の子って」
「ふうん、女の子って大変だな」
「明日の結婚式、とりやめない?」
「それはダメだ。待つのも甲斐性だって言っても、さすがにもう待つのは嫌だぜ、俺」
「なんでさ」
「こんな顔でも男だからだ。いいな、式は明日。それ以外はありえねえかんな」
そう言って、彼は部屋から出て行った。
なによ、遊びに来たのはそっちのくせに勝手に出て行って。
「ふんだ、もうしらない」
私、不機嫌よ。
お嬢様、お茶が入りましたよ、なんて言う執事に向かって「うるさいわね!一人にして!」と言う。
「エミールさんが出て行ってしまったからですか?」
「違うわよ。あなた何様のつもり?」
「いえ、ただの人間です。今ならエミールをおよびできますが」
「いい」
「本当によろしいので?」
「いいのよ、あんなバカ」
「やはり、お嬢様は不機嫌であらせられるようですね。どうです?ドアの外からポットがまでなら聞けますが」
「だから、何様よ、あなた。別に話すことなんてありません。鬱陶しい、下がりなさい」
「……では」
そうして、執事は下がって行った。
明日が式なのに、嫌な気分!
私は、机の上に置いてあるペンをとって、やつへの不満をありったけ書いたありったけかくと、紙の20枚になった。それから、これを持って庭先に行って燃やせばいい。少しだけスッキリする。
ドアがノックされる「お嬢様、お菓子が届きましたが」と先ほどの執事が言う。
「一人にしてと言ったはずだけど」
「ですが、お嬢様宛にお菓子が来ましたので」
「後で受け取るわ」
「すぐに受け取ってもらわないと困るものです」
「じゃあ、入って机の上に置いたら、さっさと出て行って」
「承知しました」
私が、不満を書いた紙を文机の上に置いていると、不躾に執事は「それはエミールさんへの不満ですか?」と聞いて来た。
「そうよ」と答えてやった。すると、執事は「へえ」とやはりムカつく態度でそういった。
「あなたに関係ないでしょう。置いたらさっさと出て行きなさい」
「それの内容を教えてもらったら」
そう言われてカッときて「解雇するわよ!」と振り向けば、執事だと思っていたのはエミールでニヤニヤしながらこちらを見ている。
「悪趣味ね」
「そうか?俺は結婚相手の声がすぐに分からなかったお前の方が悪趣味だと思うぜ?」
「お嬢様、お茶が入りましたよ、なんて言われたらわかるわけないでしょ」
「はっはっは!まあ、そうかもな!」
「なによ、帰ったふりして」
「してないぜ?俺は一言も帰るなんて言ってない」
「でも出て行った」
「これ、忘れてたからよ。イチゴタルト。それよりも、そんなに俺への不平不満があるのか。傷つくなあ」
「ふん、これでも少ない方よ」
「そんで、それをどうするんだ?俺に封筒で送ってくれるとか?」
「バカ言わないで。これは庭で燃やすの」
「なんだよ、燃やすのか」
燃やすわ、としっかり言えば「じゃ、燃やしたら言うんだな、それ」と言う。ばっかじゃないの?言うわけないじゃない。言ったところで直らないとこばっかだもん。顔とか。
なので、べっと舌を出してさっさと部屋を後にする。メイドにマッチの用意を頼んでいる間「それで芋を焼こうぜ」なんて言ってくるので、芋もあれば用意することにした。なんでそんなに芋が好きなのかしら、この人。
「じゃがバターって美味しいよなあ」
「庶民くさ……」
「俺は庶民的なのが好きだぜ?まあ、いい。とにかく、それを燃やして、俺に不満を言う。これでおしまいにして、明日はすっきりさらっと結婚しよう」
「残念ながら、不満を言ったところで直らないのばっかりよ」
「顔?」
「そう」
「顔だけでその枚数?」
「そうよ。書けば書くほど出てくるの。並んでて姉妹に間違えられた時のこととか」
「それを言うな。俺もあれはトラウマなんだ」
「髪が短くても、間違えられるし」
「安易な案だったんだ、アレが。俺は悪くない」
彼はああだこうだと言い訳をしまくる。その間にマッチをすって火をつける。そのついでに芋も入れる。もちろん、ちゃんとくるむものでくるんで。
その間も、彼は自分の顔についての不平不満を言いまくる。だいたい、同じ不満を持っているらしい。
結局、燃え尽きてから彼の大好きなじゃがバターを食べ、部屋に戻ってお菓子も食べた。
「そんで、結婚式はどうしますか、お嬢様」
「どうって?」
「明日やるかって」
「バカね。本当に頭が足りないんだから」
「はっはっはっは!申し訳ない!」
「バカなんだから」
「それが聞けて安心した。そんじゃあ、俺は帰る」
「イチゴタルトは?」
「全部お前の」
彼は額にキスをして帰って行った。
本当にバカなんだから。私は窓に映った自分の顔を見てなお笑った。
あなた、幸せそうよ。




