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 ごきげんよう、皆さん。悪役令嬢です。ええ、悪役です、一応。

 今日は、殿下の「どうしても一緒に勉強したい」というわがままに付き合っています。あんな暴君で、残念な言動を繰り返す殿下ですが、ハイスペックには変わりありません。

 昔は、よいしょでわからないと言っていたのですが、今では、本当にわからずに教えてもらっています。少しだけ悔しいですが、これも自分の教育を間違えたせい。

 甘んじて、この悔しさをバネに精進する所存でございます。

 さて、お勉強の間は静かでいるかというと、そうでもありません。

 殿下は、ハイスペックポジティブ系俺様バカに付け加えて『空気の読めない』がつきます。実際は、わざと読んでいなかったりするのですが、それは本当に本当に偶にです。ですから、実質、殿下は空気が読めません。

 静かにしてれば、サラサラ金髪で憂い顔の美男子です。

 喋れば、暴君俺様バカ。ああ、この世はなんと切ないのでせう……。


「先生よ、それはおかしいぞ」

「ほう、何故でしょうかな、殿下」

「うむ、法は俺である。法が俺であるならば、そも学ぶ必要があるのだろうか…。ハッ!法を作るためには、学ぶひつようがある…。あるではないか!!あるぞ、先生!続けよ!」

「ええ、わかったようでなにより。それでは…」

「それよりも先生よ。俺は、悩みがあるのだ、聞いてくれ」

「あー、はいはい。なんですかな、殿下」

「そう、この俺とて悩みはあるのだ。確かに俺は素晴らしい人間、パーフェクトで世界になくてはならない男、そう!世界が欲し、世界が愛する俺!ではあるが、人間ゆえに悩みがある。それは、この横に座る我が嫁、ブリジットについてだ。心してきいてくれ、先生」

「はいはい」

「ブリジットがいると、集中できそうで出来ないのだ!かっこいいところを見せたい一心で頑張るが、横でふわふわいい匂いさせている、優しく麗しく可愛く優しいブリジットがいると集中できないのだ!どうしたらいいだろうか…」

「殿下。それは恋の悩みですな。一生、悩むものです、考えぬが吉。それでは、再開しますよ」

「うむ、続けよ」


 そうして、静かになったかと思うと、また「先生!」と授業を止めるのです。

 大きくため息を吐いて先生は「なぁんですかな、殿下?」と、どうでもよさそうに、気だるげに聞きました。仕方がありません。殿下は空気が読めない、俺様イケイケどんどんやろうなのですから。

 先生は、大きな声でなんでもないことを言っている殿下を無視して、私の方を見ました。ああ、ついに私の出番です。最終殿下お世話係こと、私です。

 私は、そっと、殿下のお袖を引いて「殿下…」と囁きました。

 大きな声の殿下には、囁き声が効果的です。不思議ですね。普通、囁き声なんてあの大きな声にかき消されそうなのに。


「どうした、ブリジット」

「私、殿下が静かに勉強してる、知的なお姿を見たいです」

「……、ブリジットよ。俺はいつでも知的だ」

「ええ、そうですわね」

「そして、ブリジットよ。気になったことは、その場で質問した方が効率が良いではないか!人間はすぐに忘れる生き物。ゆえに、すぐに聞かなければ質問しようと思っていたことを忘れる。ならば、その場で聞くのが一番良いことは自明の理。だから、静かにするというのは難しい」

「確かにそうですわね、殿下。でも、私、殿下がいっぱいお聞きになるから、質問しづらくて…」

「そうであったのか!!なぜもっと早くに言わない!ブリジットよ!俺は、お前のことを心の底から愛しているが、千里眼を持っているわけではないから言わないとわからないぞ!さすがの俺でも!さすがの!俺!でも!!だが!安心しろ、ブリジット。そのうち、言わずともわかるようになってみせるとも!愛の力でな!ふははははは!恥ずかしいことを言ったが、俺の美貌をもってすれば恥ずかしくないのだ!ふははははははは!!!では、先生!続けよ!俺は、ブリジットが質問できるよう静かにしているぞ!後で、質問ノートを持参するから覚悟しろよ!ふは!ふははははははは!!!!」

「はい、ありがとうございます。それでは、授業を再開しますね」


 今度こそ、しっかりと授業が始められた先生は、ほっと一息つけたようでよかったです。殿下は、大変口が回る方ですからね。黙らせるには、私が言うか、口になにかを放り込むかしかありません。

 まあ、口になにか放り込めるのなんて私しかいないので、結局、全部私…。

 いえ、それは良いのです。

 このお勉強は、王族特別授業。要は、王族のために必要な教養を詰め込むだけの簡単なお仕事です。殿下は、ポジティブ系俺様バカと言えど、ハイスペック王子。最初から言っているように、顔もよければ頭もよろしい方なのです。それが、どうしてこんなバカっぽいのかなんて聞いてはいけません。私の心に何かが、グサグサ刺さります。主に教育という面で。

 そんな、バカっぽいと言えどハイスペックな頭をお持ちな殿下は、この授業もサッと理解してしまいます。理解しているからあんな質問をしているのか、というと違います。

 彼は天然です。話を聞かない、空気を読まない。本当に、空気を読まずに、ただ、頭にふと浮かんだだけというのを、考えもなしに舌からコロンと出すのです。

そのおかげで、何度、私が恥を忍んで殿下を時折しかり、おやつを与えたり、どうにかこうにかごまかしたりとしてきたのでしょうか。ああ、かわいそうな、私。教育を間違えた、というよりも無駄な知識をつけてきやがりました神様を恨みます。


 さて、授業が無事に終わり、殿下は早速、先生の元へとかけていきました。

 元気です。少年のようです。ええ、少年です、気持ちがまだまだ。本当なら、あの紳士で思慮深い王子が出来上がってたはずなのに。いえ、いいんですけども、少し残念といいますか、なんといいますか。まあ、殿下が健やかなのでよしとしましょう。


「ブリジット!」

「はい、殿下」

「そういえば、明日から学校だと忘れていた!」

「まあ…」

「俺としたことがしまったぞ!先生に質問していたら、急に聞かれて焦ったわ、全く!このじじい!余計なこといいやがって!」

「殿下、そんなことを言ってはいけませんよ」

「ふははははは!!!!……すまん」

「わかればいいのです。殿下は頭がいいんですから、すぐにわかってくださって嬉しいです」

「そうであろう!!そうであろう!俺が頭がいいのは、天地創造の頃からの理!なぜなら、俺だからだ!ふふははははは!なんでもかんでも理解しちゃう、己の頭脳が素晴らしすぎて、取り出して永久保存させたいくらいよ……」

「殿下ったら、私が寂しいじゃありませんか」

「ああ、ブリジットは剥製展示か、ホルマリン漬けで保存するぞ、安心せよ。俺は、ブリジット教を作るぞ」

「おやめください、殿下……!」

「それよりも、ブリジットは、学園の準備をし終わっているのか?」

「それよりもでは。…いえ、いいのです。ええ、もちろんですわ。ええ……」


どうせ殿下が忘れてて、私が手伝わされるのがわかっていましたからね。数日前に、完璧に終わらせてありますとも。

私、えらい。そして、殿下は3年生なんだから、しっかりなさって…。お願い、私のためにも。


「さすがはブリジット!俺の嫁!ふはははは!では、俺の準備も頼むぞ!あ、重いのは俺が持つ。何故なら、俺は男で、ブリジットはか弱く可憐で愛らしく優しい女性だからだ!まあ、俺は紳士だから当たり前の行為だがな!うむ!さすが俺!」

「ええ、さすが殿下」

「ふは!ふははははははははははは!!!いくぞ!ブリジット!!そしてさらばだ、先生!授業、ありがとうございました!ふははは!俺から礼を賜るとは、おそろしき男よ!」

「先生、ありがとうございました」


 先生は、私たちを孫でも見るような慈愛に満ちた……、というより多分、あれは生暖かい幼稚園児の仲良し男女を見るような目で、見送ってくださいました。ああ、殿下、大人になりましょう…。色々、そう、色々。

 殿下にがっちりと手を握られて、私は当たり前のように殿下の部屋に通され、殿下が学園に持っていく荷物の用意をし始めました。

 普通の王族ならば、使用人にさせるのでしょうが、この殿下は「用意は自分でする!なぜならば、俺は自立した男だとブリジットに証明してみせるためだ!自立した男はかっこいい、渋い。きっと、ブリジットはますます俺を好きになるに違いない。まあ、俺がブリジットから、これでもかというほど愛されているのは当たり前なのだが。なぜならば、俺だから!ふははははは!!!」と、いう高笑いと共にそう宣言したためなのです。

 なんていう宣言をしやがったんでしょうね、このバカ王子は…。

 おかげで、私がお母さんのようにちまちま用意するはめになっているのです。どうして、婚前の男女が同じ部屋にいて、何故、なんでもないのに下着を見なければならないのでしょう。そして、どうして殿下は恥ずかしげもなく「それは着心地がいい」だの「それは、勝負下着というものだな!どうだ?かっこいいか?そうだろう!かっこいいだろう!さすが、俺!センスの塊!ふははは!」と言ってくるのでしょう。

 虚しいというより、なんだか敗北感を感じます。

 あれ、私、殿下のママだっけ?いえ、婚約者のはずです…。


「そうだ、ブリジット。プレゼントがあるのだ」

「なにゆえ、今…」

「ブリジットがいるからだが?さあ、中身はなんだと思う!」

「ええと」

「ふははははは!正解は、ネグリジェだ!かわいいぞ。この前のナイトガウンは、ちとおばさん臭かったからな。俺なりの優しさだ」

「ま、まあ、ありがとうございます、殿下」

「ふはははは!まあ、いいのだ!下心も込みゆえな!ワックワクであるぞ!」

「まあ、殿下ったら、ふふふふ…」


私は、箱から取り出した白くて清楚で可愛らしいフリルとレースのたっぷりしたネグリジェを抱きしめて笑いました。

殿下は笑う私を、目尻を柔らかく下げて、ミルクを舐める子猫を見るような目で見つめます。そういうところは、バカ王子らしくなくて少しだけ私はどぎまぎします。

それをわかっているのか、殿下はそのまま私を手をぎゅっと抱きしめて「さすが俺の嫁、天使…」とつぶやきました。

殿下は、私を神格化しすぎだと思うのです。


「やはり、俺の嫁は天使であったか…。いや、わかっていたことだがな!」

「殿下は、私をなんだと思ってらっしゃるの?」

「俺の嫁だな」

「まあ…」

「かわいい!愛いぞ、ブリジット!愛い奴め!さすが俺の嫁!さすがすぎるぞ!ふは!ふはははははは!!!」

「うぐ、殿下……、つよい、ちから、う、よわめて……」

「しまった。許せブリジット。愛の重みと強さだ。いや!!違うぞ!愛の重みと強さになれば、ぺちゃんこだ!これは愛の重みと強さではなく、あれだ。ええと、とにかく、愛い!その気持ちだ、ブリジット!」

「そうですの。それより離してくださいな、用意ができませんわ」

「むう……」

「そもそも、殿下。婚約者とはいえ、未だに結婚してない淑女に、こういうことをさせるのはどうかと思いますわ」

「だが、断る!!何故なら、この空間!そして、なによりブリジットが俺のために色々用意してくれているあたりが、なんとなく夫婦っぽい!故に!やめない!」

「自立してるところを見せるとか言っておいて……。情けないですわ、殿下」

「ふっ、ふははははははは!!なにを言うか、ブリジット!俺は自立した立派な男だ!本当に!そうして用意をしてもらっているのは、俺の愛、そして、なによりも許されている証拠としれ。こうやって行動で示しているのだ。俺はブリジットをなにより信頼していると」

「殿下……」

「俺をここまでの男にしたのは、ブリジットの力があってのことだ。まあ、俺は元から才気あふれる天才で、パーフェクトなジェントルマンであったのだがな!それとこれは別として、ブリジットが一緒に励まし、褒めてくれたおかげだ。俺はお前がいなければ、なにもできない」

「殿下……。それは、ちょっと重いというより、面倒臭いですわ。できることはやっていただきたい」

「ふははははは!良いぞ!やる!それ程度も出来ぬ情けない男ではないからな!ふはははははは!!ところで何を入れればいいのだ!!わからん!わからんぞ、ブリジット!やれ!」


 殿下……。やるって言った矢先に。

 まあ、どうせ、今、手伝ってもらって、あれがどうこう言われたら、時間がかかるもの。

これで良いのです。

 別に、これだから、俺様王子は……、なんて思っていませんとも。ええ、決して、こいつこの野郎だなんて令嬢らしからぬこと思ってませんとも。

 とにかく、殿下は、そこで大音量スピーカーになっていてください。サクッと用意を終わらして差し上げますからね。

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