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突然ですが、実は私、悪役令嬢です。
ええ、突然なんだと、まだ始まってもいないのに急だと、そうおっしゃりたいのはわかります。でも、その前にどうしても言っておかねばならないと、私の心が言うのです。
なので、もう一度言います。
私、悪役令嬢です。
さて、この自己紹介で勘のいい人たちはお分かりでしょうが、そうです、私、乙女ゲームに悪役転生した者です。
いえ、転生と言っても少し違いますが…。なにせ、自分、転生というには、前世の記憶なんぞというものがからっきしないのです。ええ、本当。
では、なぜ自分が乙女ゲームの登場人物で、しかも、悪役令嬢だとわかっているのか…。それは、私も純粋に謎です。きっと、オンギャーと生まれ落ちた時に、よくわからん知識が神様に添えつけられてしまったのでしょう。なんてことする神様でしょうね!それじゃ、ストーリー通りに進まないわよってんですよ!
おっと、失礼。そんな神様への愚痴と恨み言は良いのです。
ここからは、しっかりとした紹介。そう、なあなあではないしっかりとした紹介です。
まずは、私が転生らしきものをした、この世界の紹介からです。
我々が住む、舞台となっている国は、フルール王国と言います。
ああ、なんと美しきフルール王国よ。白百合のような白亜の宮殿に、エメラルドの森、ダイヤの湖、真っ赤なルビーな恋人達!おお、これがかのフルール王国!と、歌われる程度には美しい国です。
そんな美しい国で、これまた美しい男性達とキャッキャッウフフと、恋愛模様を繰り広げる、乙女チックでお花畑な物語です。はっきり言って、あまりにも平凡。物語もありがちな学園もの。出てくる攻略者のラインナップも、平凡。王子に、宰相の息子、騎士系美少年な公爵子息、男の娘系の男爵子息に、先生、他国の王子、何故か老執事…といったもの。
そして、悪役令嬢も平凡でありがちです。自分で言うのもなんですが、王子の婚約者で、公爵令嬢、高飛車、高慢、根性曲がりの腐れ外道。そしてなにより、無駄に美人。そうです、万人いれば万人振り向く無駄に整いすぎてる容姿を持っているのです。もちろん、最後は断罪されて国外追放です。ひどい。
それでは、ヒロインはというと、こちらも普通です。清純潔癖、可愛く、純粋で素直で、ちょっぴり夢見がちだけど、努力家。人の心に寄り添える優しい女の子。こちらも、もちろんキャラクターの誰かさんと結婚したり、逆ハーしたりします。
ちなみに彼女は、平民から伯爵になり、学園に途中入学してくるテンプレっぷりを見せてくれます。
ゲームとしては、さして特徴などなく、本当にただのイケメンを愛でるだけの物語です。
もちろん、キャラはそれぞれ、つけ入れるだけの弱みと闇と鬱を持っていますよ。
そんな、ふっつーのゲームですが、ただ『美しさ』という点だけを無駄に追求したらしく、ストーリーはそっちのけで有名画家やイラストレーター、レジェンド級の漫画家やアニメーターを集めに集め、人気声優を同じ役に何人か取り揃え、同じストーリーだけど、絵と声が全部違うよ!と、いう不思議な商法で大儲けしたゲームです。
たぶん、レビューには「ストーリーは正直普通だけど、あそこまでボリュームがあると買わざるを得なかったです」と書かれていることでしょう。会社はどれだけのお金を出したんでしょうね。
まあ、そこらへんは置いときましょう。我々、うら若き乙女には不要の心配です。
さて、そんな普通のゲームの普通の悪役令嬢として、転生(?)した私は順当に王子の婚約者になり、とりあえず、彼が大きくなってから、付け入られる隙、もとい、憂いとなるらしい自己評価と自己肯定の低さを直すことにしました。
正直、そんなことしなくてもいいのですが、さすがに国外追放を、着の身着のままさせられるのは辛いですからね。やってやりましたとも。無駄に褒めまくり、一生懸命、殿下をよいしょしましたとも。
王子であるから、この程度、出来て当たり前と褒められないところを「さすが、殿下!すごいわ!私なら、そんなことできないのに、すごい!」と褒めちぎり、もっと上を目指せと褒めもしない剣術の先生の代わりに「まあ!そんなことができるの?すごいわ!頼りになる!かっこいい!素敵!きっと、先生は、殿下がもっとできると期待してるから、あんなことおっしゃるのよ。愛ですわ、殿下!」と言い、出来が悪いと叱られ、失敗したりする座学では「殿下!ここがわかりませんわ。まあ!わかりやすい!さすが殿下ですわ。きっと、私は殿下より頭が悪いですけど、殿下がこのまま頑張ってくだされば、安泰ね!やったー!私、殿下の婚約者でよかった〜!」なんてことをしました。
そのおかげで、今、殿下は、立派な脅威のハイスペックポジティブ系俺様バカになりました。
何故だ。何故、そうなった……!
本来ならば、彼は、ハイスペックであることに変わりはありませんが、もっと冷静で紳士的な『ザ・王子様』になるはずだったのに。やはり、褒めすぎたのでしょうか。彼の憂いである、誰にも褒められず、常に神経を張り詰めなければならず、ナイーブで誰も信用できないなんていうところを無くすべく、褒めまくりよいしょして、私あなたを尊敬してますキラキラビームを放ちまくったからでしょうか。
いえ、それしかありません。
全ては私の選択ミスだったのです。
これさえなければ、私は王妃様とのお茶会で「あの子を褒めて、元気付け、共にいてくれたことは感謝してるわ。でも、少しやりすぎだったんじゃないかしら。あそこまでなるなんて」と、苦言を呈されることもなかったのに。
私は、今日もハイスペックポジティブ系俺様バカの、我が婚約者である第一王子ディミトリ殿下の面倒を見るのです。
「あ、ああーっ!殿下、おやめください。殿下!」
「ふははははは!!!俺の手作りのクッキーがそんなに嬉しいか、ブリジット!もっと食べろ!もっと食べろ!美味かろう!何故なら、俺が手ずから作ったからな!ふは!ふははははは!!!」
「美味しいです!美味しいけど、私はもっとバターをたっぷり使ったものが好みです」
「なに……、そんなに美味しいか!ふふふ、愛奴め。もっと食べろ」
「殿下、そんなに口につっこまないで…。話を聞いて…」
「食べるがいい!腹一杯!そう!!腹一杯!俺は、妻を腹一杯食べさせてやる程度の甲斐性を持っていると、わかっただろう、ブリジット!今すぐくるがいいぞ、嫁に!」
「殿下が甲斐性なしじゃないことは、充分すぎるほど充分に存じておりますから、そう、口にクッキーをつっこまないで」
「美味しいか?」
「おいひいでふ」
「ふはははははははは!!!」
「むぐぅ……!モゴ、仕方ない、モゴ。殿下、たくさん食べさせていただいたのでお返しです。はい、あーん」
「お、おお!ブリジット!さすが俺の嫁。優しい、美しい、優しい、聖母!まあ、俺が選んだ時点で間違いなどないのだが、ふははははは!さすが俺!そして、美味しい!さすが俺!」
「殿下、声量を落としてください…」
「何故だ?俺の声が聞こえて喜ばぬ民はいない。ならばこの美声!天下に轟かせるために大きくて悪いことはないだろう!ふははははは!さすが俺!民のことも考えちゃう賢王!さすが!俺!!」
「殿下、あーん」
「うまい!ブリジットから、もらうからさらにうまいのだな」
「あーん」
「あーん…」
「はい、殿下」
「お前は実に愛奴よ、ブリジット!好き!」
「はい、あーん」
やっと、静かになりました。この殿下、確かに美声ですが、声がとても大きいのです。正直、迷惑なくらい大きいのです。こうして物を食べさせている間は静かなので、ついつい物を作って持って行き、さらにそれを、殿下が喋る前に口に運ばなければならず、あーんというかの恥ずかしい行為をしなければならないのです。
そして、それをどう間違えてとったのか、それとも純粋にお返しをしたかったのか、殿下も自分で作って私に食べさせるようになったのです。確かに美味しい。でも、ああして私の口に詰め込んでくるのです、無理やり。お前は幼稚園児か!と、いいそうになったりもしますが、そんなこと言えば「そんなに、俺が愛くるしいか!子供は何人いてもいいな!」と、不思議な方向に行かれるので言えません。
ああ、それにしても、教育を間違えたました……。
なんで……、なんでこうなったの。