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イケメン王子とメロンな親父  作者: 大野 大樹
一章 憧れは、憧れのままが一番幸せって話
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6.今のサイゾー

 マンゴスチーンが目を覚ますと辺りはまだ薄暗かった。遠くで鳥の鳴き声がする。

 まだ朝が早いのだろう。横で、サイゾーの家族はまだ寝ている。

‥もう目が覚めてしまった。昨日は結局あの後もいろんな事があって、よく眠れなかったから、あんまり寝た気はしないな。

 マンゴスチーンは、ごろりと大きく一度寝返りを打って、隣で寝ていたサイゾーの岩のような背中を見た。その隣にはネコとサイゾーの娘たち、チサとモモとミチが寝ている。チサが長女で、次女がモモ、三女がミチ。

チサの妹たちは、見たこともない地からきたマンゴスチーンを珍しがって食事のときは質問攻めだった。

一番下の妹のミチは特に活発で、何にでも興味津々だった。初めて見たときこそは恥ずかしがりもしたものの、マンゴスチーンが自己紹介した後くらいにはもうマンゴスチーンにすっかり慣れていた。父親と同じ茶色い目をした愛嬌のある子だ。聞けば八歳だという。

「七の国ってどれ程遠いの? ここから三の国より遠いんでしょ? 私、小さい頃お父様のドラゴンに乗せてもらって三の国に行ったことあるんだよ。三の国行ったことある? お魚がいっぱいなんだよ」

とか、マンゴスチーンも知らないことを逆に教わったりもした。

「お魚は、ここでも取れるけど、釣りして採れるお魚だけじゃなくって、船で遠くに採りにいったり、見たこともないような網を使ったり仕掛けをしたり。凄く面白そうだったよ」

 と、これにも興味津々だったようだ。

‥そうか、三の国は漁業の国なのか。

マンゴスチーンは納得した。


ミチが七の国について最も興味を持ったのが雪だった。

「雪ってどんなの? お空からどうやって降ってくるの? 溶けるってどういうこと? 冷たいって、おうちの井戸の水とどっちが冷たい? 井戸の水、明日汲んであげるね。冷たくっておいしいんだよ」

 と言われて、マンゴスチーンは困った。

‥雪‥説明しようと思ったら難しいな。氷の細かい物っていうのも違うし。そもそも氷もあるだろうか? 

と考えたが、結局分からなかった。

 真ん中の妹のモモは十四歳。ミチがマンゴスチーンに話しかけだしてもなお恥ずかしがって、父親の影に隠れていたが、やっと慣れた様だ。妹を間に挟んで、マンゴスチーンに話しかけてくるようになった。亜麻色の髪で緑色の瞳をしていたが、この子の顔立ちや雰囲気も父親に似ていた。

「メロン、もっと食べて。お父様のメロンは美味しいでしょう? 以前は六の国でお父様が買ってこなくちゃ食べられなかったけど、今はいつでも食べられるから。それにね。お父様のメロンの方が美味しいの」

 モモが、はにかみながら話すと、

「お母様も好きなんだよ」

 とミチがネコにメロンを食べさせる。

 ‥え! ネコにメロンはあげていいのか!? というか、食べるのか?!

 マンゴスチーンははらはらした。

 ‥しかも、やっぱりこのネコを母親と呼んでいる。

「ほらほら。マンゴスチーンさんは疲れてらっしゃるんだから。今日はもう寝ましょう」

 と、チサが打ち切ってくれなかったら、質問攻めはまだ続いただろう。

 ‥私には女の子の兄弟はいないから慣れないなあ。三人姉妹ってのは、ああいった感じなのかなあ。なんというか、賑やか‥。



 マンゴスチーンは三人兄弟の末っ子だ。歳が離れているせいか、マンゴスチーンには優しく、賢く頼りがいのある兄たちだった。

 ‥でもあんなに、みんなでワイワイという感じでは無かったな。兄さんたちは大人で、私だけが子供という感じで。‥私は兄さんたちに甘えっぱなしだったな。それに、今回は勝手に決めて飛び出して来たから。‥心配しているだろうな。母さんも。

優しく、心配性な母の顔が浮かんだ。

 ‥私がドラゴンで遠出するのをいつも心配してたっけ。

 まだ疲れの残る体を起こしてみる。

 ‥さすがに疲れたな‥

それとも、この寝床があまりにも固くて、かえって疲れたのかも。とも思った。

なにせ、マンゴスチーンは王子様だ。城にいるときは、ふかふかの布団の敷いてあるベッドで寝ていたが、ここにはそんなものはない。地べたに麦藁を(もっとも、麦は育てていないから、たぶん長い草かなにかを干したものなのだろう)重ねて、それに麻の布をかぶせただけの寝床だった。

‥本格的に住むんだったら、寝床は改善しないとな。羊を飼っているんだから、羊毛も採れるだろうに。羽毛布団とはいかないけれど、羊毛を布団に入れれば‥。

 うっかりと、前向きに一の国生活を考えている自分にマンゴスチーンは驚いた。

‥一生帰れないわけではない。帰ろうと思えはすぐに帰れる。道だって分かるわけだし。

と、自分の状況を確認する。

しかし、今すぐ逃げ出したいほど、ここが嫌なわけではない。美しい景色も暖かい気候も気に入った。メロンも美味しかったし、皆も優しい。なにより、サイゾーからまだ何も学び取っていない。それに‥。ふと、チサの顔が浮かんだのを、マンゴスチーンは頭を振って否定した。

「散歩でもしよう。こんなに明るいんだから」

 マンゴスチーンは小さく呟いて起き上がると、そっと寝床を抜け出した。


 ‥七の国だったら、日が昇りきってもこの明るさとあまり変わらないかもしれないな。

 そんなことを思いながら、マンゴスチーンはまだ薄暗い洞窟の外に出てみた。微かに波の音が聞こえ、メロン畑が目に入って来た。

 メロン‥

 そうだった。ここはメロン大国だった。しかも、サイゾーは自分に何かをさせようとしている‥

一体何だろう。何かおそろしい‥。


「悲願って何だろ」


 目の前に広がるメロン畑を見ながら、マンゴスチーンはため息をついた。

 ‥一体なぜついて来てしまったんだろう。

 自分の決断に、もう後悔をしている。

「すみませんね」

 いつの間に来たのか、チサがマンゴスチーンの後ろに立っていた。年の割に大人びた表情と話し方をする。きっと、幼い頃から父親がいない間ずっと母親を助けて二人の妹の面倒を見てきたせいだろう。

しかもその母親も今はいない。あのネコが母親だなんて、やっぱり信じられない。もしかしたら死んでしまったことを妹たちに言えないからあんな嘘をついているのかな。

 ‥辛いだろうに、しっかりしている。

 マンゴスチーンは胸が熱くなった。

「驚かれたでしょう? この島と父が想像してらしたのと違っていたから」

 マンゴスチーンは苦笑しながら頷いた。

「昔の父は、多分マンゴスチーンさんが想像されているようなドラゴンマスターだったんだと思います。‥もちろん、見たことはありませんが」

 マンゴスチーンに、コップに入った水を差しだしながらチサが話し始めた。マンゴスチーンがそれを受け取る。

 冷たい。昨日聞いた「井戸の水」だろうか。

「戦が始まれば、あっちにこっちに飛び回り‥。いいえ。普段の日だって、家族を顧みずドラゴンばかり。ドラゴンの岩場に行ったっきり、家にいることはありませんでした」

 その横顔にはサイゾーを非難する表情が浮かんでいて、同時に凄く辛そうだった。

 マンゴスチーンは心が締め付けられる気がした、が、同時にさっきのチサの言葉が気になった。

「サイゾーさんはここにずっと住んでらっしゃったんですよね? 」

 チサの話を遮ってマンゴスチーンが聞いた。

「え? ええ」

 チサのさっきの話は、雇われドラゴンマスターとして世界を飛び回っていた時代のことだろう。サイゾーは一人で仕事を受けて一人で仕事をしていたのだろうか?

 通常、ドラゴンマスターを雇うのは、ドラゴンマスター協会にドラゴンマスターを要請して、協会から派遣されるのが一般的だ。

 その窓口となっているのは二の国だった。

「ドラゴンマスターは二の国にしかいないのだと思っていました」

「そうなのですか? 」

 チサが首を傾げた。

「二の国は資源もなく、土壌が悪く農作物も取れないから、広い土地を利用して昔からドラゴンを飼育してきたのです。そして、必然的にそれを調教して操舵するドラゴンマスターが現れて、現在ではドラゴンマスターのほぼ総てが二の国に集まっているといっても過言ではないともいわれています。その方が、都合がいいですからね」

「そのような話は、私は存じませんが」

 チサが苦笑する。マンゴスチーンは一度大きく頷いてから話を続けた。

「でも、この島はそうじゃない。農作物も作れそうだし、海産物も取れそうだ。生活していく上で不自由な島とも思えない。なぜ、サイゾーさんはこの島でドラゴンマスターをされていたのでしょう。それが不思議に思えて」

 チサは、やっとマンゴスチーンの言いたいことが分かって、大きく頷いた。

「もともと父も二の国で暮らしていたのです。二の国でドラゴンマスターをしていたと。私たちがまだ産まれる前のことですが。父の出身地は一の国だからつまりは出稼ぎですね」

「出稼ぎですか」

「そこで稼いだお金を一の国に住んでいた両親に送って‥。といって、一の国には貨幣がなかったから、生活物資を買ってきて届けていたと。そしたら、そのうち一の国の他の住人も父に買い出しを頼む様になったりして、そんなこんなで他の住人の人とも親しくなって、父はここに戻ってきた、と」

「そうだったのですか」

 やっぱりここは貨幣の習慣がないんだ。マンゴスチーンは密かに納得した。チサは頷いて「でも」と話を続けた。

「でも、父が一の国に帰ってきたのは、父自身に仕事が来るようになったってことが大きいのでしょうね。二の国に所属しなくても、仕事を取ることができたから。二の国に行ったり一の国に帰ったりするのは、大変だったんでしょうね。結局、二の国とはそれっきり」

「なるほど」

「祖父母は、一の国に帰って来たなら、父にドラゴンマスターなどやめて、一の国で結婚した母と一緒に地道に暮らしてほしいと願っていたらしいのですが」

 言って、チサは少し俯いた。

 だけど、サイゾーは相変わらずドラゴンマスターを続けていた。そして相変わらず留守がちだったんだろう。

「祖父母は今でも一緒に住まれているのですか? 昨日はお見掛けしませんでしたが」

 チサが首を振る。

「いいえ。私が生まれる前‥なのでしょうか。ドラゴンマスターの件でお父様と喧嘩ばかりだったので、家を出て行かれたとお母様から聞いたことがあります。私は会ったことはありません」

 つまり、喧嘩別れしてしまったわけだ。

「そうだったのですか‥」

「今頃どこにいらっしゃるのでしょう。こんなに狭い国だから、逢わないって訳がないから、ここにいる誰かがそうなのか、もしかしたら一の国にはもういないのか。‥心配だわ」

 そりゃあそうだ。逢わないってことはないだろう。もしかしたらもう既に‥。それを考えると心が痛む。

でも‥。

「そりゃあ、サイゾーさん程のドラゴンマスターとなったら、なかなか自分だけの意思でやめるということも出来にくかったというのもあったのでしょうね‥」

 サイゾーの気持ちや立場もわかる。

「なかなか‥大変ですね」

「ええ‥」

 頷いたチサの顔はどことなく寂しそうだった。きっと、父親がずっと家にいないで寂しい思いをしてきた時のことを思い出したんだろう。

「今でもサイゾーさんはドラゴンマスターを? 」

「いいえ。父は今、メロンを栽培して売りに行くことに必死‥夢中ですから」

 そう言った、チサは、やっぱり寂しそうだった。

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