5.サイゾーとネコとミラクルメロン
今日は、二話更新です。
「メロン。知ってるじゃろ? ここのメロンは『ミラクルメロン』と呼ばれている人気商品なんじゃ。ほら、立派なものじゃろう? 」
サイゾーは馬から降りると、メロンを一つちぎりマンゴスチーンに手渡した。
「メロン‥」
マンゴスチーンは馬から降りて、それを両手で受け取った。
その実は赤ん坊の頭程の大きさがあり、ずっしりと重く、よい香りがした。
‥この香りは知っている。もっとも、普段見慣れているのは、食べやすいように切られた形だったが。
「メロンがこんな風になるとは知らなかった‥」
ついぼそりと呟いてしまった。
何となくだが、果物とは樹になっているイメージがマンゴスチーンにはあった。そして、マンゴスチーンの故郷、七の国は気候が年中寒冷で、おおよそ果物が育つような環境ではなかった。
ただ、リンゴだけが短い春先に実を結び、人々はその白い花が咲くと春の訪れを喜び感謝した。
「‥そうか、王子様というものはそんなことも知らないんだな。その様子だと切ったメロンしか見たことがないんだろう? 」
再び馬に乗って、サイゾーがちょっと眉根を寄せる。しかし、すぐに
「まあ。案外そうかもしれないなあ」
と、妙に納得したような顔をした。「でも」
「生産者がいて、農作物がある。消費する側も、生産現場をもっと知る必要がある、そうわしは思うんじゃけどな」
サイゾーがぽかりぽかりと馬に乗って熱く語り始めた。マンゴスチーンはメロンに両手を取られて馬にも乗れず、腕に手綱を引っかけると、馬を引いてその後を走って追いかけた。平野の向こうに大きな岩が見えた。どうやら洞窟になっているようだ。
「そもそも‥」
洞窟から人が出てきた。若い娘のようだ。娘がサイゾーの姿に気付いて手を振った。サイゾーはそれに気付いていない。
‥もしかして、さっき言っていた娘さんかな? 私と同じ位の歳なのかな? 何となくもっと小さい子供だと思っていた。サイゾーさんって若そうに見えるから意外だな。
マンゴスチーンは、そんなことを考えた。
ぽかり、ぽかりとサイゾーの馬は進む。マンゴスチーンもその後を追う。娘はそれをずっと洞窟の前に立って待っていた。
娘の近くにサイゾーの馬が来たとき、娘はまず、サイゾーの後ろにいる見かけない青年に軽く会釈した。マンゴスチーンも会釈を返す。サイゾーはまだ馬から降りない。相変わらず農業について、熱弁をふるっている。
走るのは流石に疲れた。マンゴスチーンは、足を止めてサイゾーを見た。
「お父様。お客様が困ってらっしゃるわ。早くお家にお連れして休んで頂かないと」
なおも言葉を続けようとするサイゾーを優しい声がたしなめるように遮った。
「ん? 」
サイゾーがやっとその声の主に気付き、娘を見た。
「おかえりなさい。今回は早かったですね」
「おお、チサか。留守の間変わりはなかったか? その‥、母さんの様子だとか」
マンゴスチーンに話すより少し穏やかな口調でサイゾーが言った。
「いいえ、何にも」
チサのその口調が今まで話していた口調より少し冷たく聞こえたのが、マンゴスチーンには少し気にかかった。
「そうか‥」
サイゾーが馬にまたがったまま言って、ため息をつく。
「ところでお父様、その方は? 」
マンゴスチーンは改めて「チサ」と呼ばれた少女を見た。
肩を超えるくらいの長い亜麻色の髪で、深い緑色の瞳がいかにも優しそうに見える美しい少女だった。ほっそりとしていて、背もあまり大きくない。
‥サイゾーさんとはあまり似ていないな。お母さん似なのかな。
と、マンゴスチーンは思って、改めてサイゾーを見た。サイゾーは黒に近い栗色の髪の毛を長く伸ばして、麻ひもで後ろに一つにくくっている。意志の強そうな太い真一文字の眉毛の下の瞳は薄い茶色。毎日ドラゴンで飛び回っているせいか、肌は小麦色を通り越して浅黒い。麻の服から出た腕や足は太く、肩もがっしりしている。しかし、身長はあまり高くなく、チサとサイゾーの身長差はあまりない。ギュッと固まった岩の様で、如何にも屈強な戦士のように見えた。
「ああ。彼はマンゴスチーンというんだ。わしの弟子になりたいというから連れて来た。なんと七の国の王子様なんだぞ。ええと、歳は‥ん? 十九歳? チサより二つ年上だな」
サイゾーがチサにマンゴスチーンを紹介した。マンゴスチーンが軽く会釈する。
「まあ! 」
チサが驚いて背が高いマンゴスチーンを見上げた。横に並んでいるサイゾーの頭は、マンゴスチーンの肩辺りにあるのだが、何といっても遠近法か? と思う程顔の大きさが違う。改めてマンゴスチーンの顔を見たチサは、マンゴスチーンが今まで見たことがない程男前なので、思わず赤面した。
金色の短く切られた髪はよく手入れされて絹糸のよう。淡い青い瞳は涼やかで、姿勢がよく佇まいも上品。着衣も仕立ての良い明らかに上等な布で織られている。その様子は、何もかもがチサの周りにいる「気がよくって、おおらかな人達」とは違った。
チサは王子様なんて今まで他に見たことは無いが、こんなところにいていい人種ではないこと位分かる。
「‥そんな方をお連れしてよろしかったんですか? 」
チサが眉根を寄せる。
「よいかどうかは‥彼が決めることだ。わしはこの若者には、ドラゴンマスターの才能があると見た」
悪びれた様子もなくサイゾーが言った。
「え! 」
マンゴスチーンの表情がぱっと明るくなった。たったその一言で今までのサイゾーへの不信感が総て消えた。
もともと単純な性格なんだ。
「でなければ、こんなところに連れては来ない。ドラゴンとの信頼関係、ドラゴンを操舵する無駄のない動き。あれには、センスを感じたね」
ちら、っとサイゾーがマンゴスチーンを見る。マンゴスチーンの嬉しそうな横顔を確認すると、さらに続けて
「しかも、初めてだっていうのにあの距離を飛ぶことが出来たんじゃ。センスに加え、体力もある。聞けば、毎日飛距離を伸ばすためにドラゴンで飛んでいるというじゃないか。根性もある。更に、見た目はこの通り華奢じゃが、筋肉はあるし」
褒めてマンゴスチーンの不満を逸らそうとしているのは、チサの目には明確だったが、ぽーっとなっているマンゴスチーンはそれに気づかない。
マンゴスチーンは自分の今までを認めてもらったことが何よりもうれしかった。サイゾーを信じてついていこう。そう決心した。
チサは、幸せそうなマンゴスチーンに、これ以上何も言うまい。と思った。
「七の国まで行かれていたのですか? 」
チサがサイゾーに聞く。
「いや。六の国だ。今シーズン最後の配達にな。もう季節的に六の国にはメロンを持っていけないからな。行くまでに腐ってしまう。マンゴスチーンのことは、宿屋の親父からドラゴンに興味がある若者がいるって聞いていたから、一度会ってみてやろうと思ってな。会ってみたら、たまたま王子様だったってわけだ。あの分だと、宿屋の親父もマンゴスチーンが王子様だって知らないぞ」
面白そうに言うサイゾーに
「そうですか」
チサは興味なさそうにそうとだけ言った。しかし、サイゾーはそんな事にはお構いなしだった。そして、
「二人いれば、出来るかもしれんからな。あの悲願の‥一日で七つの国全部にメロンを届けることが‥」
サイゾーの口調に熱がこもった。
それを聞いたチサの顔色が少し変わったのを、マンゴスチーンは見逃さなかった。
「そうなんじゃ。一人で行かなくてはいけないとは言われていなかったのじゃよ」
チサの顔色が更に悪くなった。
そんなチサの様子に気付く様子もなく、サイゾーは誰に話しかけるともなく自分の考えを噛みしめるように呟いている。
‥メロンを七つの国に一日で何だって? 二人って、サイゾーさんと私ってことか? 何をやらされるんだ?
マンゴスチーンには訳が分からなかった。




