1.時間という変化。
夏が終わったある日、牧場のオーナーであるジョセフ老人がサイゾー宅にやって来た。
「わしももう歳じゃから、牧場を引退して息子が住む二の国に行こうと思うんじゃ。サイゾーさんには長い間、世話になった」
ジョセフが、サイゾーが勧めた茶を飲みながら言った。
二人が座っているのは、連れて来た家具職人がつくった洒落たダイニングセットだ。このところ、サイゾーの家も徐々に家具が充実してきた。
もともと、ここは十分な空間がある。
ここは、常夏というわけではないが、年間を通してずっと暖かい。だから、冬の寒さに備えて食料を蓄えたりする必要がない。暖かな布団を用意する必要もない。
洞窟の入り口には、ドアもない。
寒さ防止に隙間風を遮断する必要はないし、この辺りに他の家もないから騒いだところで周りに迷惑を掛けるという事もない。
虫も、「あれ、いつの間にか噛まれてた」とかいう様な大きさの虫は出ない。(一の国は暑いので他国より、虫も大きい)
「虫だ!! 」
と、そこらの棒を構えて戦わないといけないレベルの大きさのものが、偶に‥ほんの偶に出る。
それを倒すのは、一家の『お母さん』だ。
獲物として人間を襲ってくるわけではないそれら虫は、ただ、「噛まれると痛いし」「何より、気色悪い」という理由で、お母さんに撲滅される。
結構撲滅に苦労をするわりに、食べられるものでもない。
「あ、俺、別に気になんないからいい」
っていう人は、討伐せずに
「どっかに、いけ」
と煙でいぶして追いだす。火をかざした位でも、逃げてしまう。‥実はどうってことないレベルの「厄介者」。
ただ、沢山の足があり見た目が気持ち悪いばかりか、噛まれると痛いし、毒がある「センチピー」(←ムカデの超巨大版)や、伝説の魔物「吸血鬼」の異名を持つ「モスキー」(←デカい蚊)や、「忍び寄る黒い死神」の異名をもつ「フライ」(デカいハエ)や毒を持つ虫の「スコーピー」(デカいサソリ)や毒のある「スパイダ」(←デカい蜘蛛。毒のある奴だけが駆除の対象で毒のない分は駆除の対象にならない)は害虫として本気で駆除される。
巣が見つかったら、協力して討伐に行く。
虫本体による被害に加え、病原菌を巻き散らすものもいる。
モスキーやフライは、それに加え、あの音が安眠を妨げると嫌われている。
「辛抱たまらん! 」
夜だろうが、一家のお母さんは棒を片手に飛び出して行って、数分後ちょっと血で染まった棒を持って帰ってくる。
不思議と、あれはお母さんの仕事だ。虫自体強いわけでもないし、‥ちょっとしたストレス解消なのかもしれない。
あと、お父さんの方が、虫が苦手な人が多いというのも、ある。(多分幼少期に夜中に目が覚め、血で染まった棒を持って帰って来て暗がりに‥ちょっと高揚したような顔で立つお母さんを見てしまったトラウマとかがあるんだろう。女の子は、そんなトラウマがあろうが、多分‥気力で克服することが多い)戦いに勝つと、ついちょっと悪い顔になりますよね。
食料になる獲物はお父さん。虫はお母さん。これが万国共通のパターン。(七の国は寒すぎて虫は少なかった)
サイゾー家は、家族全員が虫ハンター。
チサとハナは棒で、モモはこの前自作したブーメラン型の武器で、ミチは一発で虫を仕留める凄い投石スキル。そして、サイゾーは大型のナイフ(片手で一刺しだ)で、マンゴスチーンは小型のナイフ(ミチと同様投げる。その後回収)だ。両者、虫を見ることもなく無表情で瞬殺(多分あまり好きじゃないんだろう)
殺した死がいはドラゴンの餌にしたり、乾かして粉々にして肥料とかにも使います。
脱線した。
‥兎に角、サイゾーの洞窟は広い。ダイニングセットを置くくらい、どうってことない位、広い。
ってだけの話。
「え! ジョセフ‥島を出るって‥」
サイゾーは驚いて椅子から立ち上がった。
「待ってくれ! あんたがいないと牧場はどうなるんだ! 待ってくれ‥せめて後任者に引き継いでからにしてくれ。その‥息子はどうなんじゃ? 二の国から呼んでくる‥というわけにはいかんのか? 」
「あいつにはとても任せられない。あいつには体力がなさすぎる。二の国から帰ってこないじゃろうし。それに‥」
ジョセフが首を振る。
「それに? 」
サイゾーがジョセフを見る。
「後継者ならおる。わしもそんな無責任なことはせん」
ジョセフがきっぱりと言った。
「誰ですか? 」
二人のただならぬ雰囲気を見かねたマンゴスチーンが、ジョセフの隣の椅子に座りながら聞いた。サイゾーのこんな慌てる姿を見たことがない。驚いた、というのもあるが、こんなに興奮していたんじゃまともな話もできない、と思ったのだ。
「ココじゃ」
ジョセフは、サイゾーとは反対に終始落ち着いていた。
「何処! 」
サイゾーがジョセフに食って掛かる。
「いや、マンゴスチーンが連れてきた青年のココじゃ」
「ココが? 」
と、今度驚いたのはマンゴスチーン。
確かにココにジョセフを手伝ってほしいと言って、ココは今までジョセフの手伝いをしてきたのだが、あくまで補助的なものだ。一人だけで出来るだろうか。マンゴスチーンは心配になった。
心配顔になったマンゴスチーンに、ジョセフは大きく一度頷いて見せると
「あの子は、体力もあるし、根性もある。今まで仕事をさせてきたが、覚えもいい。あの子にも言ってあるんだ。わしの跡をついで牧場を守って欲しいと。そうしたら、早く仕事を覚えて将来は両親をここに呼びたいと言っておった。ここは暖かくていい国だから、と。いい青年じゃないか。ただ、ここには若い女の子がいないから、結婚して‥というのが出来ないのが可愛そうじゃが」
ゆったりとした口調で言った。友の事をよく言われてマンゴスチーンは嬉しそうに微笑んだ。
「ココには七の国に恋人がいますよ。私とも幼馴染なんです。なんだ、あいつそのことは言わなかったのか」
言って、「ココらしいね」と笑った。サイゾーがポンと膝を打つ
「ちょうどいい、すぐ呼ぼう。両親もその恋人も」
サイゾーの勝手な思いつきに、マンゴスチーンがちょっと眉を寄せて苦笑いした。サイゾーはいつも急なんだ。
「何処に住むんですか。今はココ一人だからジョセフさんの小屋で一緒に住めていますが、急に三人も増えるとなったら‥」
ジョセフも「それはそうじゃなあ」と腕を組んで首を傾げる。ジョセフの家は今まで一人暮らしだったので、一部屋しかない。そこにベッドが一つと簡単な調理場と二人掛けのテーブルがあるだけなのだ。調理場と言っても、パンを焼いたり鍋を駆けたりする小さな窯が一つあるのと、流しがあるだけだ。そのどれもが家族で住むには小さすぎた。
「マンゴスチーンが作ってくれるんじゃろ? 今、職人に教わって、手伝っているみたいじゃから。畑仕事よりは向いているかもな」
けろり、とした顔でサイゾーが言う。
以前、サイゾーがマンゴスチーンに畑を手伝わせた時のことを言っているらしい。あの時は、マンゴスチーンは初めての畑仕事で、てんで役に立たなかったのだ。今までしたことがないのだから仕方がないのだが、「今どきの若い者は‥」が密かに口癖になっているサイゾーはその時も「今時の若い者は、畑もろくに耕せない。やれやれ」と、言って教えるのを諦めてしまったんだ。
多分、サイゾーの予想を上回る下手っぷりだったんだろう。農業の「の」の字程の基礎もない王子様なマンゴスチーンに、サイゾーは「才能なし」とさっさと見切りをつけ、以来、マンゴスチーンは畑に近寄らせてもらえていない。目で見て付いて来いタイプの指導者であるサイゾーは、おおよそ「親切・丁寧な指導」からは程遠い。多分自分も最初は農業初心者で、まるでダメだったろうに、それはもうすっかり忘れてしまっている。
マンゴスチーンが作った家にココが住む。
後日、ジョセフからその話を聞いたココは「とんでもない! 」という顔をして
「いやですよ。マンゴスチーン様のつくった家なんか。マンゴスチーン様は雑でいらっしゃいますから」
と言った。と、ジョセフから聞いたサイゾーが面白そうにマンゴスチーンに知らせた。
それを聞いたとき、マンゴスチーンは家職人の友人たちと一緒にいたものだから、その友人たちの笑ったこと笑ったこと。
「確かに! マンゴスチーン様は雑でいらっしゃる! この前も、石を四角に切り出さなければならないのに、砕いてた」
ハッチが豪快に笑う。
「そうそう。力任せなんだよな。何事も。あんなに華奢に見えて、やたら力があるし。夏の間のレンガ造りで更に力がパワーアップした感じだし」
オウルが頷く。
「この前のドラゴンで屋根板落とし、は笑ったね」
と言ったトールも楽しそうだ。なんだかんだ言って、みんなマンゴスチーンが大好きなんだ。
「ああ、あの屋根の板を上空から置いたらどうだって言って、ドラゴンで持ち上げたやつね」
オウルがにやにや笑って言った。年下のマンゴスチーンは昔からよくこうやって三人にからかわれてきたのだった。(トールとは実は同い年なのに、だ)
三人が大人になって、マンゴスチーンに対して敬語を使うようになった今でもその関係は基本的には変わっていない。
「そうそう。案外うまくいくかも‥って見ていたんだけど、結局とんでもないところに屋根板が落ちちゃって」
と、トール。
「いやいや、家が壊れなかっただけましってもんでしょう」
最後はハッチがまた大笑い。
「‥‥」
黙り込むマンゴスチーン。
「でも。ココ達がここに住むのは、マンゴスチーン様もうれしいですよね」
トールが微笑んで言った。
「仲良しだもんな」
「そうそう」
「あのコンビじゃなきゃな」
家職人たちが頷きあう。
「だから、皆で作りましょう。マンゴスチーン様の家の後にはなりますけどね」
微笑んだオウルに、他の二人が頷きマンゴスチーンを見ると、マンゴスチーンも微笑んだ。
さて、仕事に戻ろう‥と、職人たちとマンゴスチーンが腰を上げ出したのを、サイゾーが制した。
「マンゴスチーン。ココを呼んできてくれ」
「家の件ですか? 」
マンゴスチーンがサイゾーを見る。
サイゾーは黙って首を振ると、
「いや。剣の修行をつける。マンゴスチーンとココに」
視線を落とし、常より低く真剣な口調で言った。
「え! 」
サイゾーの表情とは逆に、マンゴスチーンの顔がぱっと明るくなった。職人たちは、マンゴスチーンを残して仕事場に戻って行った。
「稽古をつけてくれるのですか! 」
「ああ」
サイゾーが頷く。顔は依然として固い表情のままだ。
「すぐ呼びに行ってきます! 」
マンゴスチーンは飛ぶように牧場に走った。




