1.新しい住人
あの時、四の国から連れて来られた家具職人は結局マンゴスチーンのベッドを作り終わった今でも一の国にいる。マンゴスチーンの友人の家職人たちからもベッドの注文があったりと、仕事が結構あるからもあるが、何よりものんびりした島の暮らしが合っている様子だった。ただ、サティは「新しい服が欲しいな」と時々街の暮らしを懐かしんだのだが。
マンゴスチーンが七の国から連れてきた家職人たちは、山裾にそこらの木で掘っ立て小屋を作り暮らしていたが、暑さにやられて仕事は遅々としてはかどらず、結果、家の建設計画は難航していた。
進まないのは、しかし、暑さばかりが原因でもなかった。
手に入る材料が、今までと全く違ったのだ。
まず、七の国の主要な建材である石材がない。‥山にいけば岩場はあるのだが(※山頂の例の魔女が住んでいるといわれてた辺りに丁度岩がむき出しになっているところがあるように見える)山から石を掘ってきてそれを加工する者がいない。
マンゴスチーンもそのことは失念していたらしく、気付いた時には職人たちと共に頭を抱え込んだ。
寒い七の国は木で作った家ではなく、石造りの家が多かった。それも、鉱山の採掘時に出た要らない石をレンガ状に加工して積んだ家だった。石と石の隙間を泥で埋めて、隙間風が入らない様に作られていて、そして、窓も小さい。主に光取りが目的の窓がついているだけだ。
窓には分厚いガラスがはめられていたが、はめ込み式で、開けるという感覚はなかった。
隙間のない『要塞』。それが、七の国の家の特徴だった。
しかし、サイゾー島での家は涼しさが求められる。七の国の家づくりとは、まったく条件が違うのだ。
「石の家では、風が抜けないんじゃないか? 」
と考えたり。
「でも、案外涼しいかもしれないよ。石はひんやりしているし。窓を大きく取って風が通るようにしたらいいんじゃないか? 建てる場所さえ考えたら‥ほら、人口の洞窟だと思えばいいんじゃないかな」
全く違う気候でそれにあう建築を考えられる程経験を積んではいない若い職人ばかりだ。さりとて相談できる親方はここにはいない。
「木の家はどうだ? 」
との意見が出た時、偶然通りかかったサイゾーが
「ここは、時折大きな台風が来るから、木の家は飛ぶぞ。だから、わしは洞窟に住んでおる」
と、教えてくれた。といっても、七の国出身者には台風経験者はいない。マンゴスチーンも、台風など名前を聞いたことがあるだけだ。
「台風‥風が吹くんだろうけど、それはどの位の強さなんだ? 本当に、木の家は飛ぶのか? 」
職人たちは首を傾げた。
ますますわからなくなるばかりだ。
「それでも、このあたりは海から随分離れているから、台風だといって飛んだりはしないよ。もっとも、飛んだらまた作り直すだけさ。特に荷物があるわけではないし。あんまりひどい風の時は非難するんだけど、今まで非難したのは一度だけさね」
島唯一のパン屋のおばさんがからからと笑った。
おばさんの家は、山裾の職人たちの掘っ立て小屋の近くにあり、この家の屋根は木で、壁は藁を粘土で固めて作られていた。骨組みは、竹で作られているらしい。竹は、山の中に入ればいくらでもあった。
職人たちは、日々のパンを分けてもらう代わりに、おばさんの家の屋根を直すことを請け負った。
「昔は、家職人もいたんだけどねえ。何しろ仕事がないから。それに、この通りここには何もないだろ? 若い子には退屈だよねえ」
おばさんがパンを竹の駕籠に入れてくれながら言った。竹のかごは昨日日用品店で買ってきた。
否、買ってきたのではなく、対価としてもらってきたが正しい。
日用品店の親父は、家職人が来たことに喜んで、さっそく家まで訪ねて来て、軒を作ってほしいと頼んだ。その対価としての、竹かごなのだ。他には、木で作った食器一式と桶を付けてくれた。これらは、日用品店の親父の手作りらしい。交換で手に入れたらしい麻のシーツは、
「必要だろ? これからも世話になるだろうしおまけだ」
と、好意でつけてもらった。
その心遣いが嬉しくて、軒を作って、古くなった小屋を直しておいた。今では、すっかり仲良くなって、足りないものなどの相談にも乗ってくれる。
「この島には、他にも人が住んでいるんですか? 」
トールの問いに、おばさんが頷く。
おばさんと一番に親しくなったのは、職人たちで一番年少のトールだった。トールは、背も一番小さい。今話しているおばさんとあまり背の高さが変わらない。
大きな目をくりくりと動かして愛想よく、よく笑うので、歳よりずっと幼く見えたが、マンゴスチーンたちと同じ年だ。七の国にいるとき、そそっかしくていつも失敗をしてばかりのトールは親方に叱られ、その事で同じく職人である父親に注意されていた。話を半分にしか聞かない(※不真面目で悪い奴なわけではない。ただ、注意力と集中力が著しく欠如していたんだ)性格のせいで、作業効率も上がらなかったし、一向に技術も向上しなかった訳だが、同時にずん、と落ち込むことも無かった。
趣味は、伝書鳩を育てること。今回も旅に同行させて、道中鳩に道を教えていた。今も肩にちょこんと鳩を乗せている。
「多くはないけどね。私たちの夫婦と、竹の籠やなんかを作って売っている日用品店のおじさん。麻のシーツや洋服をこしらえている女の子。おじさんの日用品店においてあっただろ? ああ、シーツを貰っていたね。あれだよ。‥まあ、女の子って言っても、もう四十過ぎてるのかな‥。それからサイゾーさん家族。あとは、何年か前にふらりとやって来たサドさん。魚を取ったり、野菜を育てて暮らしているよ」
職人たちが頷く。
「なにせ、特に何もない島だからね」
おばさんがもう一度繰り返す。
だけど、トールはそれに頷くことは無かった。
「何もないのは、‥俺たちの今までいたところですよ」
とは、‥マンゴスチーンに悪いから言葉にはしなかったが。
別に、マンゴスチーンが悪いのではない。だけど、七の国を批判することは、王様を‥王族を非難する様で気が引けた。
何もないのは、‥七の国の気候と土壌のせいだ。
何もないが、寒さに震えることのない生活。
七の国にいたときは、冬がとにかく怖かった。庭の小さな畑も、何もかもが凍る寒さが。パンを買おうと店に走ると、痛いような寒さで体がすくんだ。だけど、買わないわけにはいかない。買い物に行くのは、いつも一番役に立たないトールだった。
岩ばかりで痩せた土壌には、ろくに作物も育たない。だから、食料は殆ど輸入で賄われていた。船で六の国から運ばれてくるジャガイモが主食で、僅かな青物を自国の農地で育てていた。だから、土も凍る冬になったら、青果店の店先からは、野菜も果物も減り、六の国からの輸入野菜であるわずかなジャガイモや玉ねぎしかない。だけど、その輸入野菜も海が凍る冬の間は入ってこない‥。
ドラゴンでの輸送なんて、高くて頼めるものでもなかったから、国に僅かにいるドラゴンに乗れる兵士王族所有のドラゴンで六の国に食料を購入しに行くこともあった。勿論王令なのではあるが、王族所有のドラゴンなんて、‥恐れ多くて俺だったら頼まれても絶対嫌だ。
七の国の冬は、ひもじくって、寒くって‥辛い。
「ここは、いいところですね」
思わず、噛みしめる様に呟いたトールに、おばさんは少し驚いた顔をした。
「そうかい? 」
首を傾げるおばさんに、トールは大きく頷いて見せた。
「七の国は、寒さが厳しくって、冬には食べるものもなかったから。‥吹雪に覆われて外に出られない日は、仕事にも出られなくって、しまいにはパンを買うお金にも困って、残ったジャガイモを家族で分け合って、部屋の片隅で固まって‥寒さに震えていました」
トールの話におばさんが涙ぐむ。
「ここには、何もないけど‥食べるものだけは、あるからね。魚を釣ったって、野菜を育てたって、何をしてでも食べることだけは困らないでいられるからね」
トールは微笑んで頷いた。
出来ることなら、家族を呼んでここで住みたい。
職人たちは皆そう思った。親思いの年長者ハッチは、自分の年老いた両親を想った。職人である父親(ハッチの父親も、トールの父親同様、家職人。職人の子供は職人になることがやっぱり多い)も、もう高齢だ。そろそろ引退させてやりたい。だけど、七の国では自分はまだまだ二人を養っていける給料はもらえていない。七の国は食費など生活費に加え、光熱費が多く掛かる。でもここなら‥。そんなことを真剣に考えた。
「俺たちは、‥ここにきたばっかりだけど、ここが大好きになりました。‥本当にいいところだと思います」
そういったのは、ハッチだ。
「そうかい? ‥いや、そうさね。‥そうだろう? ま、とにかくあんたたちが来てくれて、街も明るくなったよ。いい子たちだし、ここに残ってくれたらうれしいね」
と、涙ぐんだ目を服の裾でごしごしこすり、またからから笑う。明るいおばさんだ。
若者の増加で島はかってない程活気に満ちて、暮らしは向上しており、サイゾーは元々の住人たちと共に、そのことを喜んだ。




