だったら殺してしまおう
夥しい数の死体が転がっている。
全て馬鹿だというのが、唯一の救いだった。
そして、僕の家を焼いた火は延焼を続け、辺り一帯を火の海としてしまっている。
勿論、火を消しに来た馬鹿は両手両足の指では到底数え切れないくらいだったが、その全員が全員、死体として転がっている。
何故、死体になってしまったのか、そこは分からない。
まあ、馬鹿がどれだけ死体になってしまおうとも、馬鹿の死体に縁のある日を過ごしている僕にとっては、割とどうでも良い話だった。
家でロルフの帰りを待っていなければならない僕は、すでに原形を留めていないくらいに燃えてしまった家の前に立っている。
暫くの間、誰も姿を見せない。
遠くで避難を呼びかける声は聞こえるが、どうせ、馬鹿の一つ覚えだ。
周囲が火色に染まってしまうかと思われた矢先、凄まじい豪雨が何の脈絡もなく始まる。
空には雲一つなく、それが天候の仕業でない事は明らかだった。
やがて、雨は霧になる。
そうして、視界の先、霧の中からぼんやりと人の形が出来上がる。
「ラザファムよ…」
誰だろうか、当然、知っているわけがない。
馬鹿の見分けなんてつかないからだ。
「矮小なるラザファムよ、我が力の前に跪け」
「お断りだ。馬鹿に膝を屈するなど、阿呆のやる事だ」
「案ずるな、貴様は我が力に屈するだけだ、貴様の意思は問わぬ」
「お断りだ。馬鹿が馬鹿みたいに馬鹿げた事を言ってのけても、馬鹿が馬鹿である事には何らの馬鹿みたいな馬鹿もない」
「我が名はトビアス、全てを覆う組織の頂点にして無二」
聞こえた瞬間に忘れてしまう。
馬鹿の名前など、憶える瞬間すら無い。
「馬鹿は馬鹿であるという事だけが、唯一の存在意義だ。自分に名前なんてあると思うな、馬鹿ですと自己紹介して媚びへつらうように笑っていてくれ」
「我は大気を自在に駆使す、我が術中に囚われた貴様にもう為すべき何物もない」
霧が纏わり付く。
そのせいか、全身が重い。
ただ、これではただの水芸だ。
どれだけ偉そうな御託を並べ立てたとしても、服を濡れさせて気持ち悪くさせるだけの馬鹿さ加減だけは拭いきれない。
一歩、また一歩、ゆっくりと歩みを進めていく。
「何故、動ける?」
何故って、僕は歩いているのだから、止まっていたりしたら驚きだ。
馬鹿の眼前に達した僕は、拳を振り上げた。
「我を傷付ければ、貴様の大事な小娘が、…死ぬぞ」
考えてみる。
そして、一瞬で考え終わる。
なるほど、流石に馬鹿の死体に縁のある日だ。
振り上げた拳を軽く払う。
どうしたわけか、眼前の馬鹿は会心の笑みを見せていた。
不思議な事もあるものだと思う、僕はただ、傷付けたら駄目なら傷付く前に即死させようと考えただけなのに。
いや、馬鹿にしては珍しく、同じ結論に達してしまったのかもしれない。
正解を出した僕に対する賛辞の笑み、それだったのだろう。
首が捻じ曲がって有らぬ方を見ている馬鹿を一瞥し、少し首を傾げる。
いつの間にか、霧が消えていた。
ロルフはいつ帰ってくるだろう…。




