誰が馬鹿なのか
「俺も馬鹿というわけか、ラザファム?」
その大男は、馬鹿のくせに普通の馬鹿とは違い、簡単には殺せなかった。
「ラザファムさん、止めて下さい!どうして、ロルフさんと戦っちゃうんですか!」
この馬鹿にも名前はあるらしい、どこかで聞いたような気がするが、思い出せないから馬鹿は馬鹿で充分だ。
それにしても、どうして殺せないのだろう。
僕が馬鹿を殺せないなんて、どう考えたって間違っている。
「ラザファム、考え直せ。お前では、俺を殺せない。相性が悪すぎるんだ、お前と俺は」
「お断りだ。馬鹿が馬鹿みたいに馬鹿げた事を馬鹿面で馬鹿そうに言うのは、僕を馬鹿にしているとしか思えないな」
「本当だな。そうだとしたら、俺はお前を馬鹿にしてるよ」
馬鹿が笑う。
その時、何か引っ掛かりを感じた。
この笑い方は他の馬鹿とは違っていて、でも、目の前にいるのは馬鹿なのだ。
少し軋む。
変だな、妙だな、オカシイな。
「ラザファムさん、本当に止めて下さい!ロルフさんですよ、貴方が殺そうとしているのは、あのロルフさんなんですよ!」
モニカが腕にしがみ付いてくる。
ロルフ、ロルフ、ロルフ。
知らない、聞いた事なんてない、誰だ。
モニカが何を言いたいのかは分からなかったが、賢い彼女の言葉が理解できない自分がどうにも愚かに思われた。
「ラザファム、お前の超攻撃は俺の超即応を上回れない。まあ、それは俺も同じだがな。超即応で殺せないのなんて、お前くらいなんだぞ」
超攻撃、超即応。
よっぽど、超が好きなのだろう、馬鹿丸出しだ。
「一応、言っておくがな、超攻撃に超即応なんていう名前を付けたのはお前だからな。俺はちょっと馬鹿みたいだな、と思ったんだがな。お前がいたくお気に入りだったから、敢えて言わなかっただけだぞ」
「僕を馬鹿に加えようとするな、馬鹿が。お前が名付けた超攻撃で、お前自慢の超即応を叩き潰してやる」
「珍しい事もあるものだな。ラザファムが馬鹿の言葉を憶えていられるなんて」
流石に、途惑いを隠せなかった。
この馬鹿の言う事は馬鹿のくせに、実に正しい。
どうして、この僕が馬鹿の言葉を記憶する事なんて出来たのだろうか、何かが狂っている、何かが間違っている。
では、何かとは何なのだろうか。
「僕は…」
この馬鹿を殺してはいけない。
何故だろうか、そんな妙な事を思ってしまう。
「君は…誰なんだ?」
この僕が馬鹿に何を問い掛けているんだ。
「ラザファム、お前って奴は一度でも馬鹿だと思ってしまった相手を二度と普通には認識できない。だから、俺が誰かなんてお前には関係ないんだ。俺は馬鹿なんだよ、お前にとってはな」
僕には分からない、分からなくなっている、分からなくなってしまった。
こんな状態で、モニカを守ってやれる自信がない。
情けない話だが、僕は1人でこの街を離れなくてはならない。
それを口に出そうとした時、そんな情けない僕を遮るように、周囲が喧騒に包まれ始める。
馬鹿が次々と姿を現す、群れてくる馬鹿の群れ。
「ロルフの兄貴、俺はもう限界だ。その馬鹿をここで殺っちまいましょうぜ!」
馬鹿の中の馬鹿が馬鹿に提案する、馬鹿げている。
「ラザファム、みんなは俺が説得する。お前は逃げろ」
僕が逃げるだって?
何故、この僕が馬鹿に囲まれたくらいで、逃げなければならないのか。
僕に背を向けて、大勢の馬鹿を説得し始める馬鹿を見ながら、僕は笑って言う。
「お断りだ。ロルフ、僕が馬鹿を相手にして逃げるわけないだろ?」
そうして、僕は油断しきった馬鹿の背中から胸を一突きした。
同時に、気付いた。
ロルフって、何だ?
崩れ落ちる巨体を見つめながら、泣き叫ぶモニカを見ながら、周囲の馬鹿が殺到してくるのを眺めながら、僕は絶望に暮れた。
「ロルフ…。友達の事を忘れて殺してしまうだなんて、僕は本当に馬鹿だなぁ…」
僕が今まで殺してきた馬鹿達にも名前があって、それぞれの人生があって、ロルフを失ってしまった僕と同じように、誰かが喪失感を味わっていたのだろうか。
ロルフの死体が踏み付けられ、モニカが突き飛ばされて、僕の中で感傷と呼ばれる類の感情が一瞬ですっ飛んだ。
さあ、今日は馬鹿の死体に縁のある日だ…。