迷惑な書き込み
夏は猫も杓子もホラーな話で、という事なので便乗してみました
ネット掲示板を読み漁っていると、時たま性質の悪い書き込みに出くわす事がしばしばある。気色悪い不幸話がつらつらと書き込まれていて、最後に同じ文章を他の掲示板にコピペしなければ、いついつあなたに不幸が訪れるといったものだ。当然そんな使い古された子供だましにひっかかる程、俺は馬鹿ではないし暇でもない。ただこの日、出くわしたハタ迷惑な書き込みはちょっと変わっていて、なんだか惹かれてしまった。内容はこうだ。
<皆さん初めまして。突然ですが私は後三日しか生きていられません
何故かというと私は十万人に一人の奇病にかかっていて医者から宣告された余命があと三日で終わるからなのです
今日まで長い闘病生活を送ってきました
この病気にかかる前の私はクラス一の美人で通っていて、自分でいうのも何ですがすごくモテてました
でも今は長年の抗生物質の投与のせいで髪の毛は一本残らず抜け落ちてしまい、頬も痩せこけて
クラスのアイドルだった頃の面影は全くありません
身体の方も生きているのが不思議な位痩せてしまい、冗談抜きで骨と皮です。まるでミイラみたいです
こんな化け物みたいな私だから誰も寄り付かなくなりました
熱心にお見舞いに来てくれていた男子も、親友だと思っていた女友達も皆いなくなりました
そして、とうとう医者も両親もあきらめてしまいました
でも私は生きたいです。もう一度、昔の私に戻って恋がしたい、青春を取り戻したいんです
そこで、これを読まれたあなたにお願いがあります。私を助けて下さい、他に頼める人がいないのです
お礼はします、私が助かったなら必ず
やり方は簡単です。この文章をコピーしてあなたがよく目を通す掲示板に貼り付けて下さい
一回だけで構いません、この方法は古代エジプトの魔を払う儀式だそうです
馬鹿馬鹿しいと思うでしょうが私にはこの方法しか残されていないのです
お願いします、本当にお礼は致します>
と、このようにコピペしないとあなたが不幸になる。ではなく私を助ける為にコピペして下さいとなっている。歳末助け合い、赤い羽根募金のようなノリである。だが、やってる事は一緒、新手の悪戯。迷惑で邪魔なのは前者の不幸の手紙と全く同じである。ただ俺は次から次へとよく考えるもんだと感心して、その日は笑って流した。
次の日、昨日とは違う掲示板で例の文章に出くわした。おお、新手のチェーンメールは結構頑張ってるな。・・・・・・と思ったのだが昨日とはなんか微妙に文体が違う。ようく読んでみると昨日は三日と書かれていた箇所が二日になっている。
カウントダウンしてやがる。手がこんでる、他にも生きたいという文章が連呼されていたり、最後の方に意味不明なカタカナで何か書かれていた。作者が新たに書き込んだのかな? そう思って俺は気にもとめなかったが。
<皆さん初めまして。突然ですが私は後二日しか生きていられません
何故かというと私は十万人に一人の奇病にかかっていて医者から宣告された余命があと二日で終わるからなのです
もうすぐ私は死んでしまうというのに誰もお見舞いに来てくれません
当然ですね。こんなミイラみたいになった私に会いにきてくれる人なんている訳ないです
死ぬのは怖い、生きたい、本当に生きていたいんです
そこで、これを読まれたあなたにお願いがあります。私を助けて下さい、他に頼める人がいないのです
お礼はします、私が助かったなら必ず
やり方は簡単です。この文章をコピーしてあなたがよく目を通す掲示板に貼り付けて下さい
一回だけで構いません、この方法は古代エジプトの魔を払う儀式だそうです
馬鹿馬鹿しいと思うでしょうが私にはこの方法しか残されていないのです
お願いします、本当にお礼は致します・・・・・・マカオネガリエニシワ>
そして次の日、いつものように掲示板に目を通しているとちょっとした異変に気付いた。あちこちの掲示板に例のチェーンメールが貼りつけられているのだ。
おうおう、馬鹿な奴らが大勢いるな。そんな事してなにが楽しいんだか・・・・・・ん? また書き込みの内容が変わっている。いや、正確には更新されていると言った方が正しいのだろうか。
一昨日からの書き込みがコピペされているのなら古い文章があってもいい筈だが、俺が目を通す掲示板には全て更新後の文章しか無かった。少し変だな、と感じた俺はとりあえず本日更新分の書き込みをコピーして自分のパソコンのファイルに貼り付けておいた。
<今日で私の命が終わります。お願いします、私を助けて下さい
髪の毛も、眉毛も、まつげさえも無くなってしまった私。こんな醜い姿になっても私は生きたい、生きたいです
死ぬのは絶対に嫌。なんで私が死ななきゃいけないの?
自殺したいって人だっていっぱいいるのに、生きたい私が死ぬのは間違ってるよ
まだ貼り付けをしてくれてないアナタ。お礼の方が先ですか?
お礼をしたら私のお願いを聞いてくれますか?
ねえ、私、本当に死んじゃうんだよ・・・・・・マカオネガリエニシワ>
お礼って何の事だろう? 最初から気にはなっていたが、どうせ馬鹿が書き込んだひまつぶしの一文だ。オチなんて無いに決まってる、そう思って気に留めないようにしていた。だが内容が更新されてゆくのを目の当たりにすると嫌でも気になってしまう。
それから今日の書き込みに関しては、一昨日からの文章を読んでいる人だけをターゲットにしたような内容で、かなり簡潔な書き込みになっている。その辺もなにか府に落ちない。ただ、この文章が明日ネット上で更新されていたら、と思うとなんだかわくわくする。いったいどんなオチを用意しているのだろう。
だが同時に、書き込み主がもし本気だったらと考えると、あまりにも気の毒だ。だって誰もこの書き込みに対してレスを返していない。俺がマジレスしてやるべきだったのかと考えると少し憂鬱になる。
あくる日、仕事で普段より少し帰宅が遅くなった俺は着替えも済まない内にパソコンの前に座り、例の文章を探し始めた。もう気になってしょうがない。
例の書き込みはすぐに見つかった。見つかったが、あれ? 昨日のままだ。・・・・・・まあ当たり前だ。というか拍子抜けだ、てっきりオチがあると思ったのに残念だ。それとも本当に死んでしまったのだろうか。
もやもやした気分であちこちの掲示板を覗いてみるが昨日と何も変わっていない。そうだ、他の奴らはこの書き込みの事をどう思っているのだろう。試しにアンカを打ってレスしてみようか。
「馬鹿は死んだか?」「お〜いオチはどうした」などと書き込み、反応を見てみる。すぐにレスは返ってきた。・・・・・・と、思ったら、なんだよURLだけか、一言でいいから何か書いてけよ。まあとりあえず気になるので飛んでみた。ユーチューブだ、何だろ、これ?
錆びて動かなくなった門。一つ残らず割られた窓。植物の蔦が這う母屋。使われなくなったであろう施設。これは? ・・・・・・病院っぽい、廃病院だ。
視点は割れた窓ガラスの内の一室にどんどん近づいてゆく。病室の中は空になった注射器や点滴パックが散乱していて、ところどころに赤い染み広がっている。
そしてぽつんと一台だけ置かれたベッドの上には一人の患者らしき影が腰掛けていた。
ううっ、影がこちらを向いた。ひどくくぼんだ眼でじいっと、こちらを見つめている。こいつは・・・・・・間違いない、例の書き込みの女だ。げっそりと痩せていて髪の毛も、眉毛も、まつげも無い。書き込みの内容と完全に一致している。
かなり怖い、これ以上見るのはやめた方がいい。そう思ったが女が何か言ってきた。もう少しだけ見る事にしよう。
「・・・・・・なんで貼ってくれないの? アナタが貼ってくれないから私・・・・・・私」
なんだ? これは俺に言っているのか? 初めてだ、こんな現実離れした感覚。ネットの向こうにいる人間と直接対峙しているような不思議な感覚。
「やっぱり、お礼が欲しいんだよね。分かった、アナタだけ特別ね」
そう言うと女は身体を起こしベッドの上で膝を立ててきた。次に俺を見つめながら、薄い病院服の腰紐をゆるりと解いていく。おい、まさか「お礼」ってこういう事だったのか。俺は緊張と興奮が入り混じった精神状態で、その映像から目が離せなくなっていた。薄い服をはだけ、ついに女は裸体をあらわにする。
「う・・・・・・」
酷い、俺の想像以上に女の裸体は見るも無残なものだった。あばらが浮きあがり、乳房のふくらみなど全く無い。胴回りは極限まで細くなっていて、身体のあちこちが紫色にうっ血している。少しばかり期待した女体の持つ曲線の美しさなど、かけらも無かった。
「来て・・・・・・」
女がなまめかしい目つきで俺に呟く。そして画面をつきぬけ女の手が伸びてきたような感覚に襲われた。
「うわああああああああ」
次の瞬間、俺は恐怖のあまり大声をあげてパソコンの電源を落としていた。ふう、ふう。こんなの、手のこんだ悪戯だ。誰だ、通報してやる。只じゃおかない。少し落ち着きを取り戻した俺は、もう一度パソコンを起動する。いらいらしながら立ち上がるのを待つがなかなか起動してくれない。
コンコンコン
うひぃ、誰だよ、こんな絶妙なタイミングで・・・・・・。得体の知れないノック、いや、空耳かもしれない。怖いし面倒なので俺はしばしの間、息を殺して様子を伺ってみた。
「宅急便です」
事務的な野太い男の声。なんだ、びびり過ぎだな俺は。こんな性質の悪い書き込みに釣られて震えあがって。とりあえず女でもないし、・・・・・・なんか、一気に現実に引き戻されたような気分だ。
「はい。今出ます」
と、返事をしてはみたものの・・・・・・普段ならこんな事はしないのだが、心に少しばかし恐怖心を残していた俺は、ロックを外す前に覗き穴で確認してみた。
ん? ずいぶん華奢な配達人だな。帽子を被って下を向いてるから顔は確認できない、でもまあ運送業者の格好はしてるし荷物も抱えてる。いや、待てよ、荷物を抱えている腕・・・・・・やたらと細くないか。異様に細い、まるでミイラみたいだ。
「・・・・・・!」
や・ば・い、そして確信した。ユーチューブの女だ! 間違いない、魚眼レンズだから多少ゆがんで見えるが、あきらかに男じゃない、女の体形だ。それに加えてあの骨と皮だけの今にも折れそうな腕、どう見ても、さっき見たユーチューブの中の女に違いない。
ドクドクドク・・・・・・無理やり押さえこんだ俺の心臓がまた爆発しそうな程に鳴りだした。危険だ、開けてはいけない。でもどうすればいい? うげっ、女が顔を上げた。髪の毛も、眉毛も、まつげも無い。やっぱり・・・・・・あの女。
「・・・・・・宅急便・・・・・・でぇす」
語尾が甲高い女の声に戻っていた。そして血走ったその眼で俺を見上げ、覗き穴に目を押し当ててきた。その瞬間、俺の押さえていた理性がブッ壊れた。
「ぎゃあああああああああ」
俺は大声をあげて玄関から飛び退いた。どうすればいい、どうすればいいんだ。そうだ、女の願いをかなえてあげればいい。掲示板にあの文章を貼り付ければ、きっと帰ってくれる筈だ。思えば悪い事をした。苦しんでいる女の為に一分もかからないコピペ作業くらいやってあげれば良かったんだ。女の書き込みを哀れだと感じたのに何故、協力してあげられなかったんだ。ああ、俺はなんて心の狭い男だったのだろう。
ガチャガチャガチャ
女がドアノブを必死になって回している。早くしなければ、パソコン、パソコン。あっ、そうだった。さっき乱暴に電源を落としたから・・・・・・ちゃんと起動しているだろうか。こんな時に一から起動させなきゃならないなんて事になったら洒落にならないぞ・・・・・・うわあああ!
「・・・・・・!」
パソコンの画面にあの女の顔が張り付いて止まっている。一時停止で止めたような映像に足ががくがくと震え、頭の中が真っ白になった。なんでこんな事が起きてるんだ、それにあの女、笑ってるよ。恐怖に打ち震えている俺の情けない姿をあざ笑っていやがる。
ガチャリ
な、なんで・・・・・・どうやってドアを開けたんだ。もう駄目だ。殺される・・・・・・逃げよう、とにかく逃げるんだ。どうやって、窓だ、窓からなら逃げれる。幸いな事に俺の部屋は二階にある、二階から飛び降りたくらいでは死ぬ事はない。そうだ、そうしよう。
ズサアッ
痛てててて、あちこちすりむいたが大丈夫だ、動ける。どこに逃げる? 交番、交番まで走ろう。そう決めて走りだす前に二階の俺の部屋をチラッと見上げてみた。見てる、あの女が俺の事をじいっと見てる。躊躇なんかしていられない。俺は裸足で駆け出した。
数時間後、警官を同行させて俺は自分の部屋に戻ってきた。が、不思議な事に扉には鍵がかかっていて開かない。幻覚? すぐにその言葉が浮かんできた。鍵を開けて部屋の中を隅から隅まで調べた。誰かが入った形跡など微塵もなかった。パソコンだって起動直後の状態でなんの問題もない。問題があるのはやはり俺の頭なのだろうか?
数日後。俺以外の指紋を採取する事が出来なかったと報告を受け取った。やはり俺は精神に異常をきたしていたのだろうか? ネット掲示板のどこをどう探しても例の書き込みは見つからない。コピーを貼り付けたファイルも無くなっている。そのかわり差出人不明のメールが一通届いていた。「確かにお届けしました」と、だけ書いてある。何を届けたというのだ、まったく。俺は頭がおかしくなっているんだ、ほっといてくれ。
あの忌まわしい出来事から数ヶ月過ぎた。俺は今、病院のベッドの上にいる。そう、あの女が届けに来た「お礼」とやらは、どうやら女と同じ病の事だったようだ。俺はものの見事にあの女の呪いに引っかかってしまった訳だ。十万人に一人の奇病? 笑わせるな。抗生物質の投与? そんな事しなくても俺の髪の毛はあっという間になくなったよ。日に日に痩せ衰え、もうじき死ぬのがハッキリと分かる。これは呪術だ。そうとしかかんがえられない。
医者だってさじを投げている。助かる見込みなどないのだ。そしてこの状態に置かれてやっとあの女の気持ちが理解できる。誰か俺の代わりに、この不幸を受けろ。もうね、悪意しか生まれてこないわけよ。のうのうと生きてる奴らに俺の苦しみを分け与えてやりたい、そればっかり考えてる。あの女が文末に意味不明なカタカナで書いていた言葉「マカオネガリエニシワ」これがあの女の本音だった訳で、並べ変えると「オマエ ガ カワリ ニ シネ」になる。最初から悪意丸出しだったって事だよな。
憎しみってのは連鎖するんだな。俺は今どうやってこの不幸を伝染させてやろうか思案している。あの小娘にだって出来たんだ、俺はもっと凄いやり方でやってやるよ。見てろよ、おまいら。見てろよ・・・・・・。
いかがでしたでしょうか
「これって何てリング?」という声が聞こえてきそうですが
チェーンメールという題材を選んで書き進めたら結局、最後はこうなっちゃいました
厳しい評価をお待ちしております