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「おい。」
人気の少ない長い木製の廊下を、フラフラと歩く俺は、気分が良くない。なぜかと言うと…
「なぁなぁ!!何で忘れちまったんだ!?なぁなぁ」
ユアのしつこさがハンパないからだ。
俺はフェリスと一緒に頼まれた仕事(名簿にある6名の生徒を偵察し、仲間に引き入れよ作戦!)をしようと思ったのだが、あのバカ兄貴がフェリスを奪っていったため、渋々1人で生徒会室を出たところまでは、まだ良かった。しかし、いつのまにか金魚のフンのように付きまといながら俺の記憶のことやらリイナのことやら話しかけられ、耳にタコができるかと思ったくらいだ。
ちなみに、リイナはこの学校のマドンナ的存在らしい。黙っていればかなりの美女には間違い無いのだが、まだ俺がリイナから心を開かれた事はない。
「記憶のことなんざ知らねえよ!それより、今から偵察しに行くって言ったって、日が沈みかけてるぞ!!」
窓から見える景色。
夕焼け。小さく見える家々。
そろそろ学校も終わって帰宅の時間な感じだ。
「それもそうだったな!」
などとニヤニヤするユア。人が悪い訳ではなさそうだが…
バカである。
「そういえば、俺の家…どこ!?」
今気づいた。
確かに記憶喪失にとっての俺はフリードの家なんて知らないし、家族が居ることも知らない。どうする。確かに俺はリイナとの一戦から、気を失った後2日間ほど寝ていたと言うが。まじでどうしよう…
「お?フリードの家なら俺っちと同じアリア様の宮殿だぞ!」
元気よくぶちかますユア。
まてまてまて。どう言うことだ?俺とユアがアリアと同じ屋根の下で寝るだと!?整理しようにもどうも情報が足りない。
「何で!?え、王様じゃないよ?俺ら。」
「フリードと俺とリイナは、フレデリカ家の直属護衛だ!フェリスとフェリオスはジュエリア家だから、別だな!」
うーん。いまいちよく分からない。
「ってかリイナも同じなのか!!!」
先ほどアリアが言っていたような家系の話ではあるようだ。
フレデリカ家と、ジュエリア家と後2つ?3つ?よく分からないが、それぞれから王候補がいると言っていた。それで、それぞれに直属護衛部隊がいると…
「じゃ、じゃあ…俺の家はアリアの宮殿なの?」
「そだ。」
変な返し方に疑問を抱きつつも、俺は寝床を求めて宮殿へと向かった。ユアに聞いた通り、勧誘作戦は、今日だけでは無いらしい。締め切り期限とか明確に伝えないところがまた、アリアのドジっぷりが出たのだろうと、俺は思いつつ…
宮殿は、魔術学習院から徒歩10分くらいの意外と近い距離だった。というより隣だった。大きな校舎施設がいくつもある立派な学習院の門を出た後、高くて白い壁…というより、城砦とでも言うべきだろう高い壁がずっと繋がっており、その脇道をひたすらに歩くと、そこが宮殿の入り口だった。
玄関へと続く道は中庭の大きな噴水に沿って湾曲しており、その周りには青々とした芝生。所々に躍動感のある石像が数体飾られている。宮殿の建物は、たくさんの窓があり、建物の大きさを感じさせられる。まるで夢のような光景。どうだろう。アメリカのホワイトハウスみたいだろうか。あるいはアニメでしか見たことないような王様の家。土足で踏み入ることすら躊躇うような白が覆っている。
「何してんだ?早く行くよ。」
そう言って俺がポツンと門の前で立っているところをユアが催促する。
警備員みたいな人もいない為、セキュリティがどうなのかはよく分からないが、とりあえず俺はユアについて行った。
広い玄関先。
真紅の絨毯。
純白の壁。
高級の塊だった。長い廊下も凄く綺麗で、ユアに言われて着いた部屋は俺の部屋だった。
綺麗に整頓されたベットや机などが並べられているだけで、他に遊べそうなものはない。
そして、今夜は寝れるのか不安になるくらいの大きなベットだった。
「それじゃ!食事は時間になったら使用人が運んできてくれるし、食べたら外に置いておけばいい。あと、風呂は俺っちが呼びに来るから、待っててくれ!」
そう言って、どこかへ言ってしまった。
そして、至れり尽くせりな場所だった。
異世界転生といえば、西欧風と言うのは鉄板だと聞くが、俺にはあいにく西欧風という知識は乏しい。だからここが西欧風なのかは分からないが、はっきり言うと、本物の貴族になったような気分だった。
大金持ちが、別荘で使うような部屋が、俺のマイルームであることに、興奮が止まらない。
結局俺は、ユアが風呂に誘うまでずっと部屋の隅っこで膝を抱えていた。
風呂も案の定…というより予想の遥か上を行くような豪華なお風呂で、50人くらい入れるんじゃないかってなくらいの大きさだった。もちろん、誰もいなかったし、リイナとも会えなかった。
「んじゃ俺先に上がってんぞ。」
長風呂が得意じゃない俺は、フリードの体も同じようで、すぐにのぼせてしまった。
フラフラとした足取りで、俺は風呂のドアを開けた。
きもちいい。
風呂場から出た後の、ヒンヤリとした空気が気持ちよかった……のだが…
俺の目線の先に誰かがいることにようやく気づく。
真紅の髪。
ワインレッドの瞳。
私服に着替えたであろうラフな格好。
リイナだった。
「あわわわわ…へ、変態よ変態!!!」
リイナの見たこともない慌てっぷりで、尚且つ持っていた衣類を投げ付けどこかへ去っていってしまった。
俺の顔面に当たる衣類を悲しげに掴み取る。
俺の息子はついに女の子の目に触れてしまったと…言葉にならない気持ちだけが残る。
しかし、それだけではなかった。リイナが投げ付けた衣類。俺が右手に掴んだ衣類。薄いピンクの大きなブラジャーに、お揃いの柄のパンツ、白いフワフワとしたバスタオルと、薄いTシャツ。
「え?」
女性のパンツとブラが…俺の手元に…
あわわわ…どうしようどうしよう…
ユアにこの場面を見られたら、どう見る?完全に俺がリイナの下着を盗んだみたいじゃないか!
いっそのこと付けるか?
いや、流石にそれはやばい。逆に何故俺はその考えを思いついた!
じゃあ隠すか?
いや、あとあと見つかるのもまずい。
じゃあ…やっぱりタオルに包んで持ち帰るしかない。テイクアウトするしかない!
そう言って俺は濡れた体のまま一生懸命着替え、タオルに包んで事を収めた。
さあ。リイナにどう言えばいいのだろうか…
そんな一抹な不安だけが俺の脳を支配していた。